第二話 目指せ、健康で文化的な最低限度の生活
「さぁ着きました。私達の暮らす異世界、現地呼称”アスターラント”です」
あの挨拶の直後、光に包まれ咄嗟に目を瞑っていると、気付けば全く知らない土地に転移していた
見渡す限り東欧のような大草原、木は点々とすら存在せず背の低い草々は青く茂っており、穏やかな澄んだ風が吹き付ける
そして遠方に見えるふたつの人影。ただそれは異様に大きく、遠近感が狂いそうだ
俺は操縦席に近づき、中で座る彼女へと問いかける
「なぁ、あれ見えるか?」
「どこです?」
「車体3時の人影だ」
俺がそういうと突如後ろで駆動音が鳴り響いた
見れば砲塔が三時方向へと指向しており、30mmの銃身が細やかに動いている
「あー…あれはゴーレムです。数2、距離1200。どうします?」
「ゴーレムってのは敵なのか?」
殺しますかと言いたげなトーンだったので、念の為に敵かどうかを問いただす
「敵です。体高20m弱の大型モンスターです」
「殺れるか」
「当然です。
言われた通り車体から駆け下り、両耳を塞いで口を開けつつ遠方のゴーレムを睨む
わずか数瞬の後、俺の右側から爆音と共に赤と白の弾幕がゴーレムへと伸びて行くと、数秒遅れの着弾音と共に火を上げて倒れてる
「まず一体。次、右の目標距離1100」
目を凝らしてよく見ると、倒れたゴーレムに反応してもう一体がこちらへ指向すると、ゆっくりと近づいてくる。だがしかし彼女は怖気付く様子もなく照準を合わせる
「撃ちます」
無機質な声色に続き放たれた第二射も真っ直ぐに伸び、2体目の上体を破砕し、ゴーレムは力無く草原へとうつ伏せた
ゴーレムの撃破を確認すると、砲塔が他の方向に回転した後、再び前方へと固定された
「周辺クリアです。状況終了」
「呆気なかったな」
「こんな物ですよ。デカくてノロい遠距離攻撃手段を持たないのなんか敵にもなりません」
硝煙を上げる連装機関砲を背景に、操縦席から彼女が顔を出す
「というか、なんで操縦席にいるのに砲塔が動かせるんだ?」
「あぁ、なんて言いましょうか。戦車系のゲームとかってやった事あります?」
「某サンダーとかW〇Tとかなら」
「あれと似た様な感じですよ。私は、自分一人で全部動かせる感じなんです」
「なるほどな…?ちなみに俺は乗れないのか?」
「乗れますよ。その場合は私が操縦士と車長を兼ねて、
「なるほど。つっても俺は
車体に腰掛け、メニューを開きながらそう口にする
「問題ありません。触れば全部理解出来ますから」
「ああっと……どういう事…?」
「席に座れば、操作方法とかそこら辺が頭に植え付けられます。最初のうちは頭蓋が破裂しそうなの痛みが数秒ありますが、実際に破裂はしないので大丈夫です」
とんでもなく恐ろしい説明を淡々と話され、些か戦々恐々となる
ただまぁこれから一切触りませんとは行かないだろうと言うことで、俺はメニューを閉じて車体の上を歩き、やがて砲手のハッチを開くと、中は狭くアナログとデジタルが同居していた
「覚悟キメろ朱山……死にそうなだけで死にゃしないんだ…」
そしてハッチの縁に手を掛け、足を曲げて中にはいると、既に起動された砲手サイトやFCSの類いが目に付いた
そして次の瞬間、猛烈な頭痛が頭蓋にヒビを入れる様に襲い来る
歯茎が痛むほどに食いしばったしばし後、ゆっくりと頭痛が治っていった
「くっそ……異世界来て早々激痛に悩まされるたぁな。参った」
「でも使い方は分かりましたよね」
「ったく。あぁ、まぁそれもそうだ。不気味だがな」
俺は急に理解できるようになった事へ若干の気持ち悪さを覚えるも、そんな事も気にせずFCSの調整に取り掛かる
「こっちは通常カメラで索敵する。FLIRは任せた」
「了解です。
「了解……ふう。さてどうするか」
俺は砲手席から身を乗り出して勘案する
具体的な目標も無く来てしまった異世界だ。何かするべきなのだろうが、何も思いつかない
「では装備を整えて街に向かいましょう。ここから西方20kmの所に中規模の街があります」
「行ってどうするんだ?」
「ギルドに登録します。ギルドに傭兵として登録出来れば、色んな仕事を受注できて、それを達成すればお金が貰えます!お金があれば衣食住を揃えられるので、まずそれを目標にしましょう!」
「つまるところ、”健康で文化的な最低限度の生活”を目指す訳だな。よし、そうと決まれば装備を召喚しよう」
「ゴーレムを2体倒しましたから、十分余裕はあるはずですけど、無駄遣いしないようにしてくださいね」
「分かってるよ。よーし、じゃあ気合い入れて行こう」
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さて練習がてらに色々と召喚し装備した俺は、少しばかり意気込み過ぎたのか彼女に若干引かれていた
「まぁ、そこまで装備整えたのはいいとして、なんで私まで…?」
「いやほら、何時でもどこでもBMPTが使える訳じゃないじゃん。自衛用にも必要だしね」
「だから
「ああ。あとこれも着ておいてくれ」
軍用のレインコートには大きな長袖とフードが着いていて、装備や素性を隠すのに最適な物だ
そして俺はVKBOのレイヤー5に”スメルシュ”チェストリグ、AK-12 Obr.2023に予備マガジン4本とRGD-5を4つ装備している
一応高校生ながらに家が太かったので、バイトの金と合わせて実物装備でサバゲーに行く事もあったので、これぐらいなら別段いつもと変わらない
なんならいつもは6B45か46なのでこちらの方が軽いかもしれない
「というか、このBMPTどうするんだ。隠し通すのは無理だろ」
「隠し通す必要があるんですか?」
「え?」
「傭兵として生きていくのなら、どの道銃火器の事は露見しますよ。それなら最初から、大っぴらにしても問題は無いでしょう?」
「そういうもんかね…」
「そういうもんです。とりあえず街の近くまで行きましょう」
彼女はそう言ってBMPTに乗り込み、慣れた手つきでエンジンを始動させる
俺もそれに続いて乗り込むと、FCSをチェックした後に再び顔を出した
「OK、運転は任せた。俺は周辺を見てる。準備はいいんだな?」
「はい、いつでも行けます!」
その答えに満足すると、砲手席から身を乗り出して右手を上げる
「前進準備━━前へ!」
「前へ!」
号令に合わせ手を振り下ろすとV-92-S2 V型12気筒ターボチャージド ディーゼルエンジンが鈍く唸り、ぐらっと車体が揺れて加速を始める
長い長い旅路の轍が、今ここに刻まれた
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地平線の向こうから現れた市街を視認すると、何か異様な雰囲気が見て取れる
BMPTに備え付けられた照準器の倍率を変更してよく観察すると、市街外周の建造物は破壊され、瓦礫の山が見えた
「停止準備━━停止。俺が先行して市街を調査する。君は後方800mから援護してくれ」
「了解です、指揮官」
俺は市街から5km地点でBMPTを停車させAKを手に外へ出ると、装備を今一度チェックし、さらに念の為AKの弾倉を確認し、チャンバーを確認して初弾を送り込む
すちゃっと軽い金属音が鳴り、あとは引き金を引くだけで5.45mmの暴力を振るうことができる状態になった
「見た感じ、市街外周はひどく廃れてる。火の手は見えないが、なんらかの要因で被害を被ったのは確実だろう」
「たしかに、酷い有様です。熱源は……いくつかの建物が燻ってますね」
市街地へと歩きながら、彼女からの報告を聞く
「俺としては、ありゃ戦闘の痕跡にみえるが…君はどう思う?」
「そうですね……市街周囲の状況から鑑みて、平野で戦闘、その後市街戦に突入した様に見えます」
「この世界の戦闘ってどんなもんだ?ファンタジーな敵が出てくるのは予想できるが」
街への道に乗り、周囲を警戒しながら進んでいく
後ろでは、BMPTが同じく道に乗り出し、距離を合わせる為に停車する
「基本的には野戦、というか会戦の様な感じです。市街戦に発展することは少ないので、恐らく魔物の襲撃を受けましたね」
「兵器はどうだ、やっぱり魔法があるのか?」
「武器や装備は基本中世的ですが、お察しの通り魔法があります。日常生活から戦争にまで幅広く使われ、威力は小銃から榴弾砲以上まで様々です」
「その魔法ってのは、誰でも使えるのか?」
「いえ、専門教育を受けた魔法使いでなければ日常生活以上の物は使えません。なので魔法使いは基本的に職業軍人や公務員の様な立ち位置です」
俺達がそんな会話を続けていると、次第に街までの距離が詰まる
そして比例する様に、異様な臭いが強く現れる
煤と煙の乾いた異臭に紛れ、鼻腔に張り付くような臭いが風に乗って流れてくる
そして俺がその異臭に顔をしかめ、〃嫌な匂いがする〃と口に出そうとした瞬間
俺達が向かう街の真反対から、地を揺らすような爆発と共に屋根よりも高い土煙が巻き上がった
「爆発!戦闘か?!」
「小さな爆発音、それに魔法の音も聞こえます!」
「俺を拾え!最高速で市街を西に迂回する!」
「了解です!」
速度を合わせていたBMPTは猛烈に加速し、俺がそこへデサントした後には60kmの高速で市街地に沿って進行する
その間にも交戦と思しき音は鳴り止まず、遂に火の手が見え始めた
「異世界転生して早々に実戦だ。頼んだぞ」
「おまかせを!」
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