第20話 驚きの展開

 柊と蘭の二人に支えられながら着いた、榎木家。一年ちょっと来ていなかったけれど、前からずっと綺麗なままだ。


「ただいま〜」

「あーら、おかえり蘭! りゅうちゃんは大丈夫だった?」

「大丈夫じゃなかったよ」


 おばさんもいつも通り優しい。『りゅうちゃん』呼びは何度直してと言っても直してくれない。なんだかんだ気に入ってしまっているらしい。


「あらりゅうちゃん! 赤い顔して……相当熱がありそうねぇ」

「そんなことないよ」


 俺の額に手の甲を当てて悲しそうな表情をしたおばさん。何だか申し訳ない。

 俺からその後ろへと視線を動かしたおばさんは、まん丸に目を見開いたあと、パァッと顔を輝かせた。


「百合ちゃーん! 久しぶりね! 元気にしてた?」

「はい、お陰様で」


 礼儀正しい柊。ぺこりと頭を下げる姿も可愛い。緊張しているのだろう、心なしかまだ顔が赤いのは気のせいだろうか。


「りゅうちゃんと知り合いだったの?」

「はい、同じクラスで部活も一緒なんです」


 なぜか十分ほど立ち話をしていたおばさんはしばらく経って我に返って、「そうだ、りゅうちゃん熱あるんだった!」と言って俺を鷲掴みにして二階へと上がった。


 使われていない部屋を借り、過ごすことにした。


「じゃあ、今度こそ私行くね。本当にお大事に!」

「ああ」


 部屋の片付けから布団の準備まで、何から何までやってくれた柊は、一時間ほど経った後にそう言った。

 今度こそ本当に柊がここからいなくなるのか……そう思うと、贅沢な一晩を思い出して胸が苦しくなる。


 やっぱりあれは、贅沢すぎたんだ。


 柊がドアを開いて部屋を出ようとした、その時。

 彼女の身体がふらっと傾いた。


「柊⁉︎」


 自分の身体の状態なんて忘れて、柊に駆け寄る。

 間一髪でその身体を受け止めた俺は、一度彼女を部屋に座らせる。


 暑さで少し潤んでいる瞳。汗で額に張り付いた前髪。自分が倒れかけたことに驚いて動けない身体。


 俺は前髪をかき分けて、その額に手を当てる。

 もう片方の手は自分の額に当て、比べる。


 ……熱さは俺と同じくらい。ってことは、相当熱いってことだ。


「ごめん、柊。俺、風邪うつした」


 その言葉を聞いた柊は、これまでにないほど目を見開いた。


 ◇◆◇◆◇◆


「あちゃー。うつっちゃったか」


 蘭の部屋で苦しそうな表情で眠っている柊。


 あの後すぐにおばさんに言いに行ったら、柊の家族に「百合の体調が悪くて今のところ帰れそうにないから一旦預かる」という旨の電話をしてくれたらしい。


 柊は榎木家に迷惑がかかるからと言って何度も家から出ようとしたけど、その度にふらついていた。


 挙句の果てにみんなで無理矢理蘭のベッドに入れ込んだら、三秒も経たずに眠ってしまった。

 どれだけ疲れていたのだろう。


 俺が柊に無理をさせなければ、一晩一緒にいなければ、こんなことにはならなかったのだろうか。


「でも流星は悪くないからね?」


 俺の心を読んだように痛いところを突いてくる蘭。やっぱり、こいつにはいつまでも勝てる気がしない。


「……うん」


 布団で寝てなさい! というおばさんの忠告に耳を塞いでここまで来た。

 俺の体調より柊に体調の方が大事なんだから、しょうがないだろう。


「まぁでもよかったじゃん。百合と一緒にいたかったのは事実でしょ?」


 マジか、蘭は気づいてたのか。俺が前相談したのが百合だってことを。


「……本人がいるところで言うなよ」

「ハハッ、ごめん」


 全く申し訳ないと思ってなさそうなあっけらかんとした表情。

 今まで蘭にはいっぱい支えてもらった。だから、こいつには幸せになって欲しい。


 ——笑っていられるなら、大丈夫か。


「ね、流星も寝てきな。まだ熱あるでしょ」


 シッシッと追い払うような仕草をしてそう言う蘭。確かに、俺がずっとここにいると蘭にも風邪がうつってしまうかもしれない。


 そうしたら、榎木家全員に風邪が蔓延することだってあり得る。


「わかった」


 柊の隣にいたかったのは事実だけど、これ以上蔓延させたくないのも事実。

 彼女の幼い寝顔を目に焼き付けて、俺は部屋を出た。

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