第27話 戦闘! ウェアウルフ

「結局現場に手掛かり無しか……こうなってくると、今のところ一番怪しいのは故人のしていた研究とやらだ。一度無理矢理にでも家を調べた方がいいだろうな」

「故人である科学者の家ですか……しかし、どうやって侵入するんです?」

 アルジャーノンがそう言うと、バーゲストは腕組みをして考え込んだ。

「実は御遺族が、墓を荒らされた事に対してうちに説明責任を果たせと言っててね。原因不明な以上こちらも答えたくてもはっきりできなくて、以前から少しもめてるんだ。それで、今度また遺族の家を訪ねる機会があるんだけど——」

「丁度いい。ついでになんとかして、俺達をまとめて連れて行ってくれるか」

 とんでもない事を言い出すディランに、アルジャーノンが声を上げた。

「ちょっと無理があるんじゃないですか? それに大人数でぞろぞろと遺族の元になんて……」

「なんとでも言いようがあるだろ。ちなみに、その間に故人の部屋へ侵入して調べるのはお前の担当だぞ、アルジャーノン」

「ちょっと何勝手に決めてるんですか⁉」

 驚愕に目を見開く彼に、ディランは平然と続ける。

「諜報は俺よりお前の方が得意分野だろう。人より身体能力が高い獣人な上に小柄だから、普通の人間相手ならまず見つかる事はない」

「そ、それは確かにそうですが……」

「じゃあ夜間に忍び込むつもりか?」

「それもそれでリスクがありそうだな……」

 私がそう言うと、バーゲストが唸りながら言葉を探す。

「うーん、なんとかできるかなぁ……例えば、とにかく会話を長引かせて私が遺族を足止めするから、その間に侵入してもらう、みたいな方法になるけど」

 四人で顔を突き合わせて悩んでいると、黒犬達とバレットの耳がピクリと反応した次の瞬間、森の奥から人々の悲鳴が聞こえてきた。

「なんだ?」

「あれは……ツアーが向かった西区画の方だ。森から魔物が出たのかもしれない、急ごう」

 駆けだした黒犬達に引っ張られ、慌てて踵を返したバーゲストについて走る。

 墓地の奥、普段は立ち入り禁止とされている貴族の廟へ繋がる大広間の柱廊から、先ほど見かけた観光客の人々が悲鳴を上げながら逃げ出してきた。

「助けて! 誰かっ、魔物が!」

「まずい、守衛! 民間人の保護を! 鴉で本部へ通達、西区画から魔物出現だ、他に負傷者がいないか確認して! 念のため、ディランはこのまま私と一緒に来てくれ」

「ああ……それはいいが、こいつらはどうするんだ。置いていくのか」

「そうだね、危ないから守衛たちと一緒に本部で待機——」

「私も共に向かう」

「いけません危険ですよレオン様!」

「何を言う、負傷者がいたら精霊の力で助けないと」

「はぁ……君子危うきに近寄らずって諺があるんだけどな」

「虎穴に入らずんば虎子を得ずとも言うぞ」

 器がでかいのかただの馬鹿なのかわからん、と大変失礼な事を言いながら先を走るディランは肩を竦め、その背後から無礼ですよとアルジャーノンが拳を振り上げ咎めている。

 悲鳴を上げながら逃げ惑う人々の集団を逆流するように柱廊の石畳を走り抜け、中心に巨大な追悼の碑が佇む開けた広場の先で、唸り声を上げる複数の魔犬のうちの一匹が、腰を抜かした若者に向かって飛び掛かるのが見えた。

「——っ、危な」

 思わず声を上げた瞬間、バーゲストと共に先を走っていたディランが水飛沫と共に姿を消し、魔物の頭上へ瞬間移動したかと思うと腕輪のような銀色の何かが袖から飛び出し、三節で固定されると間に水面のような柄が瞬く間に出現、そしてそのまま——掴んだ棍を振り下ろした。

 脳天を強打された魔物は悲鳴を上げる事もできず泡を吹いて気絶し、その巨体が地面に叩きつけられて宙へ跳ね上がる。

 素早く三頭の犬の首輪から鎖を外したバーゲストがGuardとコマンドを叫ぶと黒犬たちが飛び出し、三方向から若者を守るように取り囲んで魔犬に向かって吠えかかり、体高では劣る魔犬達は怯んだように後さずった。棍を振り下ろした勢いのまま宙でふわりと回転して華麗に着地し、武器を構えるディランの傍へバレットが駆ける。

「な、なんだあの魔物は」

「原生林に住む魔犬だよ。魔犬とは言うけど、実際の体の造りは爬虫類に近くて——いや待って、なんだか様子がおかしい……そこの君! 今助けるから、黒犬達から離れないで!」

「ひっ、まっ、魔物だ、たす、助け——」

 バーゲストが忠告したにも関わらず、こちらを視認した若者は泡を食う勢いで這いずってでも向かってこようとしたため、黒犬の注意が一瞬途切れる。おそらく、混乱して黒犬の事を味方だと認識できていないのではないかと思ったその時、森の茂みが揺れて方向と共に巨大な影が飛び出した。黒犬達を遥かに凌駕する、まるで熊のように巨大な体躯、白い体毛に爛々と血走る赤い瞳——狼だ。

 しかし、口から血の混じった泡や涎を垂らし、忙しなく息を吐いてはぎょろぎょろと辺りを見回す様は、極度の興奮状態に見えた。

「えっ、魔狼⁉ そんなはずは——」

 バーゲストの驚愕する声に反応し、狼が即座に牙を剥いた。弾かれたようにディランが飛び出し、こちらへ一直線に飛びかかってきた狼を側面から棍で殴りつける。悲痛な鳴き声を上げて弾き飛ばされた狼は樹に叩きつけられ、何度か空を藻掻いていたが素早く起き上がった。

 しかし、なんだか様子が変だ。前足でしきりに片耳を掻いては頭を何度も振る動作を繰り返し、血に塗れた唾液が飛ぶ。

「あの狼、先ほどから様子がおかしくありませんか?」

「まさか、狂犬病? 雨の国では清浄されたはずじゃ」

 混乱しているこちらを余所にディランが何事か指示を出すと、バレットがこちらに向かって駆けだしてくる。

 腰を抜かしたままの若者の足首を噛んだかと思うと、明らかに体格差があるにも関わらず猛然と砂埃を上げながらこちらへ引きずり始めた。

 犬型の魔物が多すぎて最早敵味方の区別がつかない男は、可哀想な事に悲鳴を上げながら地面に轍を残すままになっている。

「狼の相手は俺がするから、そいつを連れてお前らは逃げろ!」

「逃げろ、と言われましても——」

 そう言ってアルジャーノンが周りを見渡した。すでにこちらを取り囲む中型の魔犬達が唸り声を上げて近づいてきている。

「しょうがない、応援が来るまでは本部に向かって徐々に後退しよう。どちらにせよ、この魔犬達は放っておけないからね」

 Comeとバーゲストが指示を出し、黒犬達がバレットに続いてこちらに走り出す。飛びかかろうと身を屈めた魔犬に対して、剣を横薙ぎに払ったがあっさり躱されてしまった。動きが素早く、対処が難しい。しきりに狼の方を気にする素振りを見せながらも、魔犬が集団で距離を詰めようとした時だ、こちらを守るように取り囲んだ黒犬達がカチカチと歯を鳴らし、その鋭い牙の間から赤い火花が散る。

「Fire!」

 バーゲストの合図で、黒犬達が火を吹いた。すさまじい勢いの火炎放射に驚いた魔犬達が飛びさする。逃げ遅れ藻掻きながら灰になっていく魔犬を踏みつけ、口の端から残り火を吹きながら唸る黒犬が身構える。それを開戦の狼煙にして、次々と魔犬達が飛びかかってきた。何度か必死に剣を振っては躱し、切りつけるが死角から襲い掛かるように向かってくるので非常にやりにくい。

黒犬の背後に位置していたアルジャーノンが魔犬の牙を交わし、すれ違いざまに手にしていたスティレットで脇腹を刺した。血飛沫が上がり、一撃で肺を貫かれごぼごぼと血を吐いた魔犬は何度か立ち上がろうとしたものの力なく頽れ血泡を吹きながら痙攣する。

「犬は連携して狩りをする生き物だ、隙を見せないよう、特に背後に注意して!」

 バーゲストが指令を出しながら黒犬を操るが、魔物の方が数が多い。このまま素直に戦うのはまずいのではないだろうか。一匹一匹に時間をかけるのでは悪手だ、せめて一撃の火力を上げようと剣に魔力を伝わせ水が刀身を纏った時だ。その波紋を見た犬達が怯えた様に後退る。

「なんだ? 水が怖いのか……?」

「あっ、危ない!」

 アルジャーノンの悲鳴に驚いてそちらを向くと、寸前で弾くようにして狼の突進を躱したディランと、突進の勢いのまま木々をなぎ倒しても怯まず猛然と立ち向かう狼の様子が見える。

「なんつー馬鹿力だ……やっぱりこいつ、ただの狼じゃ——」

「ディラン! 水を使え!」

 こちらの指示が届いたのかどうなのか、噛みつこうとする狼の顎を跳躍して躱し、ディランは片手で印を組む。

「——顕現を許す、フォグ。奴を捕らえろ」

「御意。水牢を設置」

 着地したディランの背後に、錫杖を持ち、笠を被った僧兵の服装によく似た衣装の女性が揺らいで現れたかと思うと棍で地面を打った瞬間、激しい水流が狼の足元から噴き出し、瞬く間に包み込む。狼が逃れようともがくも脱出することはできず、泡を吐いて徐々に手足が動かなくなっていく。

 こちらを一瞥した笠の女性が手にした錫杖を鳴らすと、周りの魔犬達も一斉に同じような水牢に囚われた。断末魔も聞こえず犬達が地上で溺れていく。

「こいつだけたぶん魔物じゃないぞ、人狼かもしれない」

 狼を指してディランがそう言った時だ、意識を喪失した白い狼の体躯が徐々に縮み始めた。彼の言葉通り、骨格が変形し人の体に近くなっていく。

「人狼ですって⁉ なぜここに」

「森にいたなんて……脛に傷でもあるのかな。でも、ここに忍び込むなんて大したものだけど……」

 ではこれでようやく騒動が収まったのか、と皆で顔を見合わせていると、通路の方から守衛達の足音が聞こえてきた。

「主任! 無事ですか!」

「オイ、あっちで元気なワンちゃんが負傷者を引きずっているぞ!」

「待て! そこの愛らしいわんこ止まりなさい、お口に咥えたその人を放し……こらっ待ちなさい! 止まれ! ストップ! ちょっ、誰か——追いかけろ!」

「しまった、あいつにどこで止まるべきか伝えるのを忘れた」

 そう言ってディランが額を押さえている。おそらくあっちはあっちで大取物が行われているんじゃないかと思ったところで、アルジャーノンが水に包まれ溺死した魔犬の一匹を不思議そうに覗き込んでいるのを見た。

「どうしたんだ?」

「い、いえ、何も」

 死体を背で隠すようにして言い淀むアルジャーノンに首を傾げていると、ばしゃりと水が破裂し、犬達が次々と地に投げ出されていく。獣人型に戻った人狼の姿を見て、ディランとバーゲストが何やら話し込んでいる中、指輪に向かって尋ねた。

「ホーリー、あの人を治療できるか?」

「別にいいですけど……」

 人型で姿を現し、彼女が警戒しながら気絶した人狼に近づこうとする。

 ディランの傍らに控えていた謎の女性はホーリーを見ると口元を袖で隠し、聞こえるように呟いた。

「……癒し? けったいな。そない魔力で、よう人を守ろうと意気込んではるんやねぇ」

「?」

「口を開くな」

 凄みのある声でディランが言うが、おお怖等と彼女はどこ吹く風だ。被っている笠に枲垂衣があるので顔はよく見えなかったが、目尻に赤い化粧をした長い黒髪の綺麗な女性だった。こちらの水精霊である少女のようなホーリーとは対照的な、大人の妙齢な女性だ。

「もしかして、その人がディランの水精霊か?」

「そうだよ。フォグ、用が済んだら消えろ。場に残っていいとは言ってない」

「いけずやわぁ。いっつもそう言うやないの。うちらの事少しは労ろうてもらわんと」

「消されたいのか?」

「ああうちらの主は恐ろしいわ。あんたはんの精霊は元気が良ろしゅうてほんに羨ましい事。ほな、お気張りやす」

 ちっとも泣いていないのによよよと袖口で涙を拭うふりをしながら、こちらが何か言う前にディランの水精霊は消えてしまった。その間も、懸命に意識を失った人狼へ治癒魔法をかけ続けていたホーリーが、突然悲鳴を上げる。

「いや——っ! なんですかこれ!」

 悲鳴に反応したディランが、即座に彼女が指さす先に向けて棍を振り下ろした。ブチッと嫌な音がなり、何やら半分に千切れた赤いものが草むらの上で蠢いている。それを覗き込み、眼鏡を押し上げるバーゲストが訝し気に呟いた。

「ムカデ? こんな熱帯林にいそうな大型で派手な種類、この森に生息していたかな……」

「は? 最悪だ。嫌なもん潰しちまった」

「ま、まだ動いてますよ!」

 頭と体が別々になってもまだ動き続けるムカデに目もくれず今度は魔法でスパンと綺麗に縦半分にすると、ディランは心底嫌そうに棍の先端を水魔法で念入りに洗い始めた。四分割された哀れなムカデの死体が宙に浮き、そのまま足元に落ちてきたせいで再び大絶叫したホーリーにより意識が浮上したのか、人狼が身じろぎする。

 ぱちりと開いた瞳は、水色に透き通っていた。

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