第17話 不気味な人形を捨てに

ある少女が高校でできた友達からこんな話を聞いた。

自分の住んでいる家の近所に、「人形ごみの家」という有名なごみ屋敷がある。横長の大きな家を囲う長い庭には、四つのごみの山があって、その全部が全部、人形や人形の腕、足、頭、目、手、指、服、靴、その他いろいろ。

人形とそのごみは雨風に晒され、植物に絡めとられ、虫や菌に食べられて、鳥や悪ガキのイタズラでボロボロになっている。その不気味な様子から地元の人間は誰も近寄ろうとしない。

もしも好奇心に負けて関わってしまうと、必ず恐ろしい目に遭う。


……聞いてすぐ、もうこれしかない、と少女は思った。



「これ、その家に捨ててきてほしいの」

「ええっ? ちょ、なにこの箱。 どういうこと? 説明してよ」

「うちにいつからかあった古い市松人形が入ってる。 開けないで。もう十年くらい開けてないの。気味が悪いから」

「うぇ~そんなもんあたしに託さないでよ~。つか気味わるいってなに? 髪でも伸びんの?」

「………………」

「うっそぉ……」

「子供の頃にもらったの。当時はわかってなかったけど、タイミング的に、おばあちゃんの遺品。夜中に物音を立てたり、朝見てみたら位置がズレてたり、少しずつ髪が伸びたり」

「呪いの人形極まってんじゃん……」

「そう。ダメだったら嫌だから試してないけど、人形供養に出しても帰ってきそうだし、燃やそうとしても燃えずに残りそう」

「んんーで、元々呪われてるみたいな場所に捨ててみたらどうかって話? バケモンにはバケモンぶつける的な?」

「……それ、成人まで持ってたくないの」

「まあそれはわかるけどさー。スーパー呪いの人形とかになって帰ってきたりしないかな」

「できたらなるべく出てこれないように捨ててきてほしい」

「図々しいなあ。 んー、……まあいいよ。こないだフラッペ奢ってもらったしね」

「……ありがとう。また今度絶対奢る」

「あいあい。楽しみにしとく。 んじゃ預かるよー」



黒くて重い箱を体の前に抱えながら、彼女は帰り道を歩いていた。

「なんだかんだ見るの初めてかもなあ」

家々の向こうには日本有数の霊山。その端に太陽が沈もうとしている。

「もう暗くなるな。ちょい急ご」

不安な気持ちを紛らすようにぽつぽつと独り言を呟いて。

件の家の前に着く。


「さて、捨てるわけですけども。箱ごとでいいのかな……いやこれ高そうだぞ? できるなら中の人形だけの方がいいよね。どんな人形なのか気になってたしちょうどいいやってことでー……」


彼女は箱をしっかりと封じていた朱色の紐を解き、蓋を開けようとした。

「おもっ」

蓋が異様に重くて、軽い力で持ち上げようとしたが開かなかった。

強く引っ張る。

がぱっ、と音がして、蓋をどけると、真っ黒な髪の毛の海がそこにあった。

「うわぁ……ほんとに、ずいぶん伸びたんだねえ……」

予想はできたからか、驚きはない。

だが不思議なことがある。



人形がいない。



箱の中に入っているという市松人形の姿が見えない。

この髪の毛の下に埋もれているというのだろうか。

「素手で行くのムリだなあ……なんか棒……とか……」

木の枝でも落ちていないかと周りを見回して、


それに気づいた。



虫のように四つ足を立てて、引きはがした蓋の裏にひっついている市松人形に。



人形は首をこきりと曲げて彼女を見ると、四つ足をカサカサと忙しなく動かして高速移動し、側溝の中へ消えた。


「…………え、キモ…………」


この一件を聞いた持ち主だった少女はこの世の終わりとばかりに嘆いたが、少なくとも捨てに行った友人と疎遠になるまでの三年間、奇妙なことは起こらなかった。


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