第17話 ボス戦(リザルド)

「ギシャアアア!」

何とかして蜘蛛の糸を引きちぎろうとする僕だけど、粘着力の強い糸は幾ら引っ張ってもびくともしない、それどころか余計に絡まって…ああもう!

(カシュ!ポタ…ポタ…)

踠く僕に、展開した牙からいかにも毒っぽい液体を垂らしたロックスパイダーが近付いて来る。

…ちょっと待って、確か蜘蛛って、消化液を獲物に流し込んで、どろどろに溶かしてから食べるって聞いたことが…。

「あわわ…」

(わたわた)

だがその時、ロックスパイダーにがぶち当たり、その頑強な岩の身体を吹き飛ばす。

(ガキン!ズガガガ!)

「ギシャッ!」

「ギチギチギチ…」

そこに現れたのは、体長10メートルはあろうかという巨大な飛蝗の魔物だった。

外骨格は黒光りする金属のような素材で、翅は半透明の合金。目は爛々と赤く発光し、ロックスパイダーを睨みつけている。

「カナデ!大丈夫か!」

突然の事に呆然としていると、アツシの声が傍に降り立つ…今、軽く10mくらい飛んで来なかった?

「あっちゃん…えっ?それ…」

ただ、その姿は先程までと大きく変わっている。

全体的には人間そのままだが、よく見ると手足はスリムな形状の外骨格に覆われ、額からは細い触覚が2本生えている。

だが一番驚いたのは、目の形はそのままに、瞳だけがルビーのように光る深紅の複眼となっていたことだ。

「これか?どうも職業変更クラスチェンジの影響で種族が変わったらしいな…まあいいさ」

「ちょ、そんな簡単に納得していいことじゃ…」

「いいんだ…それより、糸が切れないのか?」

…なんだろう、今のアツシはやけに落ち着いていると言うか、急に大人びたというか…。

(トウンク)

(…なんだろう今の?)

「…あ、う、うん」

あれ?なんだろう…何だか…顔をまともに見れない…。


(グッ…ギチギチ…)

「駄目だな、焼き切るのが一番よさそうだが…カナデ、雷のブレスを上手く使って焼き切れないか?ほら、こう口から出さずに、身体身体を出す感じで」

「身体から…?んん…あっ、なんかできそう、危ないから離れて!」

アツシに一度離れて貰うと、いつも通り大きく息を吸って…口から出さずに…糸に電流を流す感じ…。

(バチッ!バチバチッ!)

上手く行った。

糸がスパークして火花が飛び散り、糸が燃えて落ちる。

なんだ、こうすれば良かったのか。

(ブチブチ)

焼け焦げた糸は簡単に崩れ落ち、ようやく自由になる。


「よし、行けるな?あいつを倒して、このダンジョンを攻略するぞ」

「うん!」

巨大な金属製の飛蝗(メタルローカストと言うらしい)に押し潰されたロックスパイダーが、メタルローカストを押し退けて立ち上がろうとしているが、メタルローカストの重量を押し退けられないらしい。

「どうしようか」

「そうだな…さっきモンスト図鑑で見た限りでは、風属性が弱点らしい、だから…」

メタルローカストが押さえてくれている間に作戦会議をしておく、うん…うん、わかった!

「すうう…」

(ドカン!バリバリバリ!)

先ずは僕のブレスでロックスパイダーの外殻を剥がす。

「ギイイイ!」

やはり弱点属性であるだけあって、雷を受けた岩の装甲が剥がれ落ちていく。

「よし…後は任せろ」

『朽ちゆく軛よ、蠢く闇よ、腐禍の使徒、喰らえ命を。群れよ、這え、侵せ、滅せ!主が命ずる、≪蟲の腐禍≫!』

アツシの呪文に応じるように、メタルローカストが一瞬光を放ったかと思うと、身体中に無数の細かい線が走り…一瞬にして巨大な金属の飛蝗は、無数の小さな飛蝗へと変貌を遂げる。

(ヴヴヴヴヴ…ブワッ!)

(ガチガチガチガチ)

「ギイイイッ!ギャアアッ!」

小さな飛蝗達は一斉に羽根を拡げて飛び立つと、ロックスパイダーに纏わりつき、装甲が剥がれて剥き出しになった身体を削って行く。

堪らず転倒して、のたうち回るロックスパイダー。

小さくなっても金属製には変わり無いようで、鋭い顎がロックスパイダーの身体を容赦なく削っていく。

「畳み掛けるぞ!腹を狙え!」

「うん!」

腕の鉤爪にさっき糸を焼き切った時の要領で雷を纏わせて、剥き出しになったロックスパイダーの柔らかそうな腹を切り刻む。

「ギイイイ!」

長い足を振り回して立ち上がろうとするロックスパイダーだが、剣状になった尻尾でこれを切り落とす。

(ビュンッ…スパッ)

「ギッ!ガアアア!」

(我ながら凄い切れ味…何だろうこの剣?鱗が剣状になってるっていうより、尻尾に剣が繋がってるような?)


アツシの方を見れば、こちらは外骨格に覆われた腕の肘から生えた、細身の針のように鋭い刃を振るってロックスパイダーに攻撃している。

(ザシュッ!ザシュッ!)

「オラッ、とっととくたばれっ!」

「ギイイイッ!」

(ガガガガ!)

腹部から紫色の体液を撒き散らして悶えるロックスパイダー。

最後の足掻きのように岩の針山を召喚するが、既にアツシは飛び上がって空中にいる。

「…トドメだ」

『鋼の翅よ、集え!無垢なる蟲の群れ、俺が身を鎧せ!鉄蝗の嵐、敵を喰らえ!≪鉄蝗装甲≫!!』

アツシの唱える呪文に応じるように、メタルローカスト達が光を放ちながらその身体に纏わりつき…一際強い光が収まると、そこにいたのは飛蝗を意匠化したような全身鎧の戦士だった。

(おお…まるでどっかの仮面のヒーローみたい…)

「おりゃアアアアッ!『鉄蝗蹴』!」

(ギャリギャリギャリッ!)

一条の黒い弾丸のようになったアツシの蹴りがロックスパイダーを貫き、粉砕した。

(ズガアアアアン!)


(ゴシャア!…バキ…バキン!)

「ギイイイ…ガ…ガ…」

地面に叩きつけられたロックスパイダーは、全身にヒビが入り、完全に死に体だ。

流石にここから復活するようなことは…無いよね…って、またフラグっぽいこと言っちゃった!

「ア…Ni…ガ…サ…n…ゾ…」

最後の力を振り絞るように、殆ど潰れた目玉の内、最後に残った一つから血のように紅い光線が発射される。

(ギュイイイン…カッ!)

なんてしぶとい!不味い、この角度じゃ避けられない!当た…

(バサッ)

「えっ」

その時、背中で何かが開くような音がしたかと思うと、身体が光線の射線から僅かにずれる。

「このっ、もう止まれっ!」

背中に拡がったそれ…黒い蝙蝠羽根を大きく捻り、遠心力も加えて振るった尾の剣を、最後に残った目玉に突き刺す。

(バキン!)

「ギッ…ガアアアアアアアッ!」

目玉が硝子の割れるような音を立てて割れると、ロックスパイダーが物凄い悲鳴を上げる。

(うわ、なんて声!)

「ギ…偽…逆…ニゲ…ラレ…嚨ト…オボ…ウナヨ…ティアマ…ギイイイい!」

(バキッ!ザラザラザラザラ…)

ロックスパイダーの岩の身体が砂となって崩れ落ちていく…いま、何か喋ってた…ような?


「カナデ!」

「だ、大丈夫、おおっと、これは…ちょっと難しいかも」

(バサバサ)

蝙蝠羽根をどうにか羽ばたかせて、アツシの所に着地、これはちょっと練習がいるなあ。


着地に失敗しそうになるが、アツシが手を伸ばして受け止めてくれる。

「おおっと、脅かすなよ…飛べるのか?」

「うん、なんとかね」

「ならいいが…」

なんとなく見つめ合う瞳と瞳、紅玉のような紅い複眼をまじまじと見つめる。

「…あんま見んな、気持ち悪いだろ」

「…そんなことないよ!ルビーみたいで綺麗…ほら、色がお揃いだよ」

「き、綺麗ってお前な…カナデの眼こそ…」

「ん?」

…なんだか照れ臭くなって、どちらからともなく視線を外す。


「…ギチギチ」

「…あん?うるせえよ!余計なお世話だ!」

なんとなく口を開けずにいると、いつの間にか鎧になっていたメタルローカスト達が再び一体の飛蝗に戻って来ていた。

テレパシーでアツシに何か言ったらしい。

それを聞いたアツシが何かを誤魔化すように声を上げると、なんとなく空気が変わった。

(しょ、正直助かったかも…ありがとう飛蝗君)


「あ、あと一踏ん張りだ。そこら辺にダンジョンコアがある筈だ、破壊しねえと」

「そ、そうだね!」

一体に戻っていたメタルローカストが再び無数の飛蝗に変わり、探索を開始すると、ほどなくコンクリートの瓦礫に埋もれるように、ボーリングの球ほどの緑色に光る球体が出てきた…これがダンジョンコア?

「ああ、ダンジョンはこれを中心に発生して、これを破壊すれば消滅する…本来は出来たダンジョンを消滅させるかどうかは、迷宮庁が判断することだが…」

そう言えば、講習会でサリエさんが言ってたな、確か…。

「ダンジョンから出るドロップ品が、稀少品な場合は、ダンジョンとして迷宮庁が管理する場合もあるから…だっけ?」

この場合の稀少品とは、所謂レアメタル(魔法金属含む)、効果の高い魔法薬ポーション、協力な武器(魔法の武器含む)、食料品…と言った物だ。

「このダンジョンのドロップ品は…今のところ、ゴブリンのドロップ品がメインだね」

因みに、これまで倒したゴブリンのドロップ品は全て≪トイボックス≫に入れてある。

「まあな…全部踏破して調べた訳じゃ無いから、どっかで稀少品レアドロップがある可能性も否定できねえが…この状況から一般人を無事に帰還させるには、ダンジョンを消滅させるしかない。文句もそれ程言われねえだろ」

それはそう。

この状態から戦闘能力の無い人達を連れての脱出は、流石にリスクが高すぎる。

「ここは後で怒られるの覚悟で、僕らが壊すのが一番良いね。じゃあ…」

そう言って鉤爪を振り上げると、横でアツシも手を振り上げた。

「あっちゃん…?」

「二人でやるぞ………お前一人に背負わせる訳にいかねえだろ」

「う、うん…ありがと?」

ううっ、何?何これ?何か…顔が…赤くなる…?

(バキン!)


≪"ショッピングモールダンジョン"のダンジョンコアの破壊を確認しました≫

≪ダンジョンコアの破壊により、当ダンジョンはこれより消滅します≫

≪ダンジョンコアの破壊により、探索者「繰生 奏」及び「虫賀 敦」にクリア報酬が渡されます≫


その不思議な声と共に、ダンジョン化していたショッピングモールのダンジョン化が解けて行く。

「…カナちゃ~ん」

「……繰生く~ん」

「ミャー!」

瓦礫の向こうから聞こえて来たのは母さん達の声だ。

真っ先に飛んで来た煌を慌てて抱き止める。

「煌!無事だった?みんなを守ってくれてありがとうね」

「ミャー!…ミャ?ミャアン?」

うん?煌が崩れたロックスパイダーの方を見て、怪訝そうな顔をしている…どうしたの?

「ミャ?ミャー?ミャミャ?ミャー…」

首をかしげて不思議そうな顔をする煌。

…ああうん、わかんないのね?


「カナちゃん!」

(ガバッ)

「ぶわっ!ちょ、母さん…」

煌の反応が気にはなったけど、母さんが抱きついて来たのでそれどころでは無くなった。

見たところ、母さんも委員長達も無事なようだ。

「委員長、怪我はない?」

「私達は大丈夫、煌ちゃんが守ってくれたから…それより繰生君よ!赤鬼と戦ってたの見てたけど、焼かれて殴られて…大丈夫なの?」

あー、見てたのか。

確かにだいぶボコられてたし、委員長にはちょっと刺激が強かったかも。

「だ、大丈夫、もう治ったから」

≪リペア≫もあるし自然治癒でもう綺麗に治ってる。

この身体、回復が凄く早いんだよね。

(…やっぱり半分でもドラゴンだから?)

「それなら良いけど…あんまり女の子が身体に傷なんてつけちゃ駄目よ…」

…どうやら心配させてしまったらしい。

ごめんね委員長。


「「ねえねえ、ほんでアツシはなんでちょっと虫っぽくなってるの~?」」

「虫っぽくってお前ら…まあ虫だけどよ。蟲人ってのになったらしい」

「「おお~、かっけえ~」」

双子も問題ないようで、早速アツシに絡みに行ってる…タフだね君達。


そうこうしてる内にはぐれていた鬼武先輩とも合流。

「おお、無事なようだな。今、窓の向こうに迷宮庁の救出部隊らしいのが見えたぞ。10分もしない内に来るんじゃねえか?」

ダンジョンコアを破壊して迷宮化が解けたことで、黒い霧に包まれていた外が見えるようになったらしい。

「了解です。じゃあ後はお役所に任せましょうか」

「そうだな」

「そうね…あ」

母さん?

「大変…駐車場は大丈夫かしら、折角買ったカナちゃんの可愛い服が…帰ったらファッションショーして貰おうと思ったのに…」

…恐ろしいことを言わないで貰えるかなあ!




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る