第16話 ボス戦(裏)

(ザシュッ!)

「ギャアアアア!」

巨大な氷の鉤爪がレッドオーガの肉を引き裂く。

オーガの再生能力は傷口を溶接しようとするが、傷口に付着した氷がそれを赦さない。

「ガッ…ガアアッ『爆裂脚』!」

オーガが苦し紛れに蹴りを繰り出すが、カナデはその足を受け止めると、氷が付着して巨大な剣のようになった尻尾が絡みつき、丸太のような足を輪切りにしてしまう。

「ウギャアアアア!」

さしものオーガの再生能力をもってしても、輪切りにされた足が急に生えてきたりはしないようだ、切断面を押さえてのたうち回っている。

「……うお」

まさに残虐ファイトとしか言い様のない有り様に、正直血の気が引く。

(どうなってんだ?いつものアイツと全然違う…アイツは臆病者で意気地無しで、いつもユウトの後ろに隠れてて…)


『あっちゃんを、いじめるなあーーーっ!』


…さっきのカナデの言葉を思い出して、顔が赤くなる。

(落ち着け、何意識してんだ…アイツは八方美人で誰にでも優しいだけで…)

虫賀敦と繰生奏の関係は幼稚園の頃に遡る。

幼稚園で出会って友達になり、家も近所だったことから、よく遊ぶようになった。

今では見る影も無いが、内向的でインドア派、外でサッカーや野球をしてるよりは、家で本を読んでるのが好きだった敦は、趣味が近く、気の合う奏とよくお互いの家を行き来して遊んでいた。

(そう考えると、スポーツ好きで外交的な勇人が混じっていたのが不思議なのだが…アイツは最初から奏の番犬面して一緒にいた気がする)

敦が奏に抱いている気持ちが、友情ではなく恋慕の情だと気付いたきっかけは…いつだったろうか?

2人での帰り道、小学生の悪ガキに絡まれたとき、奏が自分の前に立ち塞がって守ってくれようとした時か?

(飛んで来た勇人が小学生3人をボッコボコにして終わった。ドン引きだった)

近所で飼われていた猛犬が脱走して、その牙から庇って、自分が噛まれた時か?

(これも勇人がどっからか持ってきた竹刀で泣くまでボコった。いまだに勇人(何故か敦も)を見ると犬小屋に隠れて出てこなくなる)

引きこもりがちな自分を心配した両親が、嫌がる敦を勇人の爺さんがやってる道場に通わせるようになって、1人じゃ心配だからと自分もついてきた時か?

(早々にギブアップして、軽い基礎と見学だけになったが。奏が見てると勇人がやたら張り切るので、正直迷惑だった)

まあ…敦が思うに、初恋とはものなのだ。

気が付けばもう敦は奏におり…その気持ちを伝えずにはおれなくなり…小学生の身で、ガチ告白と相成った訳である。

…黒歴史である。

…まごうかたなき黒歴史であった。

知らなかったとはいえ、あの頃の奏は自分を男の子だと思ってた訳で…その相手に好きだの結婚したいだの…。

今でも敦はあの時の事を夢に見て、夜中に寝汗びっしょりで目を覚ますことすらある。

いやでも、しょうがないだろう?

あの頃の奏はどっからどう見ても女の子だったんだよ!

俺は誰に言い訳してるんだ…。

幸いと言うべきか、どうやら奏もその時の記憶は忘却の彼方らしい…良かった…良くない!今まではそれでよかったが、奏が晴れて(?)女の子となった今、寧ろ思い出して貰わなければ困るのだ!

そして異性として意識して貰わなければ…!


貧血のせいか、アツシがそんなとりとめの無い思考を走らせていると…。

(ガチガチ)

ふと、アツシは自分が歯の根も合わぬ程、ガチガチと震えているのに気付いた。

(寒い…これは…カナデから出てる冷気のせいか?)

見れば、オーガはもう完全に身体が凍りつき、死に体となっている。

腕は凍って砕け、片足も切断されて、吹き出る血が雪を白く染めていく。

放置しても死ぬだろうが、カナデはまだオーガを機械的に、丁寧に切り刻んでいる。

(あのレッドオーガは恐らく、このダンジョンのボスだ。アイツを倒してその辺にある筈のダンジョンコアを破壊すれば脱出できる…!)

「ぐ…カナデ!もういい、止めを刺してやれ!」

(ピクッ)

その声が聞こえたのか、カナデは氷の大剣となった尻尾を大きく振り回し、レッドオーガの首を一撃で切断した。

(ブシャアアア!)

切断面から噴水のように吹き上がる血、それを全身に浴び、白い鱗を深紅に染めて佇むカナデ、そこには、アツシが今までに見たことがない、妖艶な笑みが浮かんでいる。

そして、顔にも伝って来たその血を舌で舐めとると、ビクビクと身体を震わて、その場にへたり込んだ。

「カナデ!おい、大丈夫か?」

痛む身体を引き摺って、何とかカナデの元に辿り着く。

(傷は治ってるが…神経に痛みの感覚だけが残ってる…のか?カナデが治したんだろうが…リペアってどういうスキルだ?)

「う…う…」

「おい、どうした?怪我したのか?なら早く自分にリペアを…いや、確かポーションが…」

「うう…ウア…阿アア亜アアアーーーーーッ」

(ゴウッ!)

カナデの身体から、凍てつく空気が吹き出す。

(バキバキバキバキ!)

剣山のような尖った氷が地面から無数に屹立し、残っていたオーガの身体を挽き肉へと変えた。

「カナデ!」

(ジャキン!)

氷でできた鉤爪がアツシを引き裂こうと向かって来る…ヤバい!

咄嗟に握ったままだったバグナヴの爪で弾いて転がる。

「カナデ!おい、どうした!」

「阿アアアアアーーーッ!」

(ガチガチガチガチ!)

打ち鳴らされた歯の間から、蒼い光条が走る。

「うおっ!…?」

だが、蒼い光線はアツシではなく、既に肉塊と化した筈のオーガを撃つ。

(バキン!バキバキバキバキ)

(な、なんだ?どうして…いや待て)

だと…?」

オーガは既にカナデに切り刻まれて凍らされて、汚いかき氷のようになってた筈…まさかまだ再生する?

「んなバカな!首を跳ねられたんだぞ?どんな生き物だって…」

(ハッ!…カナデは…俺を襲おうとしたんじゃなく、守ろうとしてくれたのか?)

だが、アツシの疑念を余所に、肉塊は凍ることも無く、明らかにピチピチと嫌な音を立てて蠢き、地面に何かを書こうとしている。

(ズズズ…)

(これは…魔方陣…か?)

「卯ウウウ…」

(ゴワッ…ミチミチミチ)

やがて毒々しい色で発光し始めた魔方陣の中から現れたのは、巨大な…恐らくは十数mはあろうかという、巨大な蜘蛛だった。

(…ズウン!)


名称: ジャイアント・ロックスパイダー(巨大種)

属性: 地(または毒/闇)

分類: 節足類モンスター(大型)

出現場所: 岩石地帯、洞窟、地下鉱脈、崩れた古代遺跡

レア度: ★★★★★☆☆☆(レア)

加護:魔蟲神アウィアトル

ドロップ品: 岩糸の結晶(防具やロープの素材、魔法抵抗を持つ) 、毒腺の欠片(毒属性の武器やポーションの材料) 、石化蜘蛛の殻(重装甲素材、物理防御力が高い) 、レア:地脈の宝珠(地属性の魔法増幅アイテム、まれにドロップ)

解説:ジャイアント・ロックスパイダーは、岩石と同化するように進化した巨大な蜘蛛型モンスター。硬質な外殻は鉄のように頑強で、岩場での擬態に優れる。鋭い爪と毒を帯びた牙を持ち、強靭な糸で獲物を拘束する戦術を得意とする。動きは素早く、岩壁や天井を自在に移動。単独で狩りを行うが、巣では複数の個体が連携することもある。毒や糸による状態異常が脅威で、風/雷属性の攻撃や魔法で外殻を破壊するのが有効。物理攻撃は弾かれやすいため、準備が重要。

✕✕✕、✕✕✕△…○○○●…

注意:この個体は『魔蟲神アウィアトル』のを受けた特殊個体であるため、一部情報が秘匿されます。


モンスト図鑑をのカメラを向けると、そんな情報が表示される。

(加護?魔蟲神アウィアトル?何なんだ!)

「キシャアアア!」

「禹…ウ…ウアアアアアッ!」

カナデが作り出した氷の剣山と、ロックスパイダーが作り出した岩の剣山がぶつかる。

(ガシャアアアッ!)

「うおおっ!」

衝撃と振動でで転がされるアツシ。

「ええい…来い!」

≪略式召喚:下位魔蟲:「蝗禍の呼び声」≫

「ギチギチ」

再召喚した飛蝗に飛び移り、どうにか難を逃れるが、辺りは岩と氷で酷い有り様だ。

「ギシ…ギシ…」

「う…」

見れば、衝撃で倒れたカナデにロックスパイダーがのし掛かっている。

「カナデ?くそっ、気絶したのか?行け!飛蝗共!」

召喚された飛蝗達がロックスパイダーに飛び掛かるが、鋼鉄の顎を持ってしても岩のごとき皮膚を食い破れない。

(ガチン!ガチン!)

「カナデ!おい!目え覚ませ!」

「う…うん…うるさい…?うわっ?なにこれ?」

…周囲の五月蝿さに目を覚ましたらしい。


「うわっ!でかい蜘蛛?」

いつの間にか気を失っていたらしい。

呆ける頭を振ってしゃっきりさせる。

(パキ…パキ…)

「うん?あれ…」

(身体中の鱗が…白くなってる?)

よく見れば、髪もやけに伸びて…だが白くなった髪も、端から黒に戻っていく。

「なに?なにが起きて…」

「カナデ!前!前見ろって!」

(アツシ?…前?)

「ギシ…ギシ…グアバア!」

アツシの声に顔を上げると、そこには数十メートルはあろうかという巨大な蜘蛛がのし掛かり、巨大な口から涎を垂らしていた。

「うひゃアアッ!」

慌てて後ろにずり下がるが、壁にぶつかってそれ以上下がれない。

(あわわ……?襲ってこない…?)

「ギ…ギ…み……ミヅ…ゲ…ダ…@%#_&」

(しゃべった?…見つけた?何を?)

「りゅう…ボ…リュウ…ヒ…コロス…コロス!ギシャアアアア!」

一瞬、意志疎通が可能なのかと思ったが…やはり無理らしい。

突然発狂したように狂乱した叫びを上げるロックスパイダー。

岩に覆われた巨大な足を振り回し、こちらを突き刺そうとして来る。

「あわわ」

(ギャリン!)

腕の鱗で何とかガード、だけどこれじゃ押さえつけられて動けない…。

(ピクッ)

…うん?あれ、腰の辺りに何かある?

(これは…尻尾?)

…いつの間にか腰の辺りから尻尾が生えている。

(いつの間に?いや、でもこれは…剣か?)

よく見れば、その先端に鱗が固まり、剣のようになっている。

(…ギャリリ)

(動く…なら!)

(ギャンッ!)

尻尾を大きく振り回して、押さえつけている足を切る。

(バキャッ!)

「ギギッ…」

何とか腕から逃れ、距離を…。

(グンッ)

「えっ?」

動かない?これは…。

(ネチャッ)

「んなっ?」

いつの間にか腕や脚に白い糸が絡み付いて動きを封じている。。

「蜘蛛の糸?土蜘蛛ってそういうのだっけ?」

イメージ的には穴掘って待ち伏せアンブッシュとかしそうなイメージだったけど…。

「この…すうう」

(ドカン!バリバリバリ!)

「キシャアアア!」

咄嗟に雷のブレスを吐いてロックスパイダーを牽制する…お?結構効いてる?雷が弱点なのか?ならもう一度…。

「キシャアアア!」

(ズガガガッ!)

「なっ!ガフッ!ガッ!」

追撃をかけようとするが、その前にロックスパイダーが作り出した岩の針山に攻撃される。

「うぐ…」

痛い…鱗を砕いて、何本か抜けた…どうしよう?


「カナデ!くそっ…」

(飛蝗共じゃあいつの装甲を砕けない…どうする…どうする…)

アツシが悩んでいる間にも、ロックスパイダーの攻撃に追い詰められていくカナデ。

「くそ…」

傷痕がズキズキと痛む、同時に何体もの飛蝗共とリンクしている頭はもうパンク寸前で、頭痛がどんどん酷くなってくる。

(俺は…強くなったはず…なのに…)

もう、いじめられっ子だった頃とは違う。

俺は、あいつを護れるくらい強くなった筈…なのに…。

『アツシは弱虫なんかじゃねえよ』

(…勇人?)

『上級生の悪ガキ共に絡まれた時だって、猛犬に噛まれた時だって…ちゃんと、カナデを護ろうとしてたじゃねえか』

(………うるせえ、だとしても、実際に助けたのはお前じゃねえか…俺は、俺は…自分で、アイツを護りたい…護れるようになりたいんだ!)

『…へっ、なら、尚更こんなとこで蹲ってる場合じゃねえよな?』

「………おうよ!」

(バキン!)


『星の脈動、コードの鍵よ。時の鎖を解き放ち、眠れる力を呼び覚ませ』


≪加護:暴風神パズズの加護を取得しました≫

≪職業:蟲使い→魔蟲使いに進化しました≫

≪種族:人間→蟲人(飛蝗型)に進化しました≫

≪スキル:外骨格、飛行、超感覚、群体魔法を取得しました≫

≪スキル:下位魔蟲召喚がスキル:上位魔蟲召喚に進化しました≫


「大いなる巣の脈動よ、唯一の刃を呼び立て !鉄を砕き、風を裂く、孤独の使徒よ。

我が意志を刻み、蝗の門を穿て!

――単蝗の召喚、顕現せよ!」


「『単蝗の召喚』!」

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