第11話 お買い物
「厳密に言うと、性別が変わった訳では無いんです」
「…え?」
「慧竜族の子供は、第二次性徴期を迎えるまでは無性体、或いは両性体なんです。第二次性徴期を迎えると男女どちらかに分化して、以降は固定される。そういう生態なんですよ」
「えええっ!」
僕…そもそも男の子じゃ無かった訳…?
「えええ…でもその…おち…ん(ゴニョゴニョ)とかありましたよ?」
「精通はありましたか?」
「せ…!ま、まだ…」
ううう…恥ずかしい。
「では、カナデ君は両性体だったのですね。男性器が消滅して、膣と子宮が形成されています。近い内に生理が来たら、赤ちゃんも生めますよ」
「……あっ、えっ、あの…うわああ」
何これ、恥ずかしさで死ねる…もう勘弁して…。
「カナちゃん、恥ずかしいのは分かるけど、ちゃんと聞いておかないと駄目よ?」
「だってえ…ふええ…(涙)」
「あらあら、泣かないの、(フキフキ)」
思わず涙が…ついこないだまで思春期真っ盛りの男子中学生だったのに、いきなりこれはひどいよお…
「そうそうそれと…カナデ君、ちょっと胸を見せてくれるかい?」
泣き止むのを待って、先生がそう言ってくる。
「くすん…ううう…え?あ、はい」
先生に言われるまに入院着を捲ると、そこにはさっき見た透明な珠のようなものが埋まっている。
「……なんと見事な。一点の曇りもない無色透明…」
「無色の
「ええ…」
なんだろう、それを見た先生と母さんが急に深刻そうな顔になった…透明だと何か不味いの?
「ああ、大丈夫ですよ?」
僕が不安そうな顔をしているのに気付いたのか、先生がバタバタと手を振って否定する。
「悪いことじゃありません。寧ろとても喜ばしいことですよ」
「そうそう、とっても透き通って綺麗よ」
そうなの?じゃあ何で…?
「この球体は
「つまり…ざっくり言うと、竜族及びドラゴンにはすっごくモテます」
「ミャー(すきー)」
はは…嬉しくな…いや、ありがとうね煌、煌のことは大好きだよ。
「…はい、これで検査と問診は一通り終わりました。後で診断書を出しておくので、役所と学校に提出して下さい」
………はっ!そうだよ、学校!!
「ああああの母さん、学校はどうしたら…」
「落ち着いて、大丈夫よ。最近は職業の影響で種族が変わってしまった人の為の制度があるの」
そんな制度があるの?いやそうじゃなくて!
「いきなり女の子になって行ったら皆に驚かれると思うけど…」
「そうねえ…まあ一ヶ月あるんだし、そこは私が叩き込んであげるわ…多少スパルタになっても良いわよね?」
「お、お手柔らかにお願いします…」
「それに、今までもしょっちゅう女の子扱いされてたんだし、以外と皆普通に受け入れてくれるんじゃないかしら?」
そうかな…そうかも…?
一通りの検査が終了し、先生からも退院の許可が出たので、僕らは病院を辞すことになった。
月一ペースで検査に来るよう約束はさせられてしまったが。
パジャマで帰るわけにもいかないので、母さんが持ってきてくれたシャツとパンツに着替える。
「(ゴソゴソ)…あれ?」
「どうかしたの?」
「いや、なんか…微妙に服のサイズが?」
「サイズと言うより、メンズとレディースの違いでしょうね。体つきも少し小さくなってるし…この後、デパートに寄るから、少し我慢してちょうだい」
「は~い」
「…そうそう、ちょっと先生に聞き忘れたことがあるから、車で待ってて頂戴」
「了解、行くよ煌」
「ミャ~」
(コンコン)
「…先生」
「音さん。お待ちしていました」
カナデを先に行かせた母がやって来たのは竜崎先生の部屋だった。
「先生、今日は急な診察をお願いして申しありませんでした」
そう言って、深々と頭を下げる。
「…頭を上げて下さい。寧ろよくぞ私の所に連れて来てくれたと礼を言いたいくらいですよ」
「…先生、あの子のことは…」
「心得ています。医者として患者の情報を理由無く漏らすようなことは決してありません…とはいえ、いつまでも隠し通せるものでは無いと思いますよ?」
「ええ、それでも…まだあの子は子供です。大人のいざこざに巻き込むのは…もう少し大きくなってからで良いでしょう?」
「まあ…そうですね。新たな竜母の誕生をタカ派の面々が知れば、軽挙妄動に走る輩が出てこないとも限りません。弟と協力して、何とか隠し通して見せますよ」
「やはり…タカ派、いえ帰還派の皆様は…?」
「ええ、どうしても故郷を捨てたくない。ふるさとに戻りたいと思う気持ちは理解できます。ですが、その為に子供を巻き込むというのは認められませんし、迂闊に手を出して、あちらに気付かれる危険を犯すべきでは無い、その論調で何とか説得して見せますよ」
「…本当に、ご迷惑を…」
「カナデ君は私にとってもひ孫みたいなものです。このくらいの手間、苦労でもありませんよ。ああでも…」
「?」
「その内、ひいお爺ちゃんには会わせて上げて下さい。きっと、喜びますよ」
「…そうでしょうか、でも、私はあの人を…」
「音さん…」
「ごめんね、待った」
「大丈夫だよ…先生に何を聞いてきたの?」
暫く車で待っていると、母が戻ってくる。
「…仕事のことでちょっとね」
「ふうん?」
なんだろう?
それにしても竜崎先生がそんなお年だったとは驚いたなあ。
見た目は母さんと同年代にしか見えないし、なんならその内再婚でもするんじゃ無いかと思ってたくらいなんだけどね。
車で暫く走って着いたのは県内最大のショッピングモールだった。
母さんに促されるまま、2階にある一軒のアパレルショップへと連れていかれる。
「ちょ、ちょっと待って、ここ女物の…」
「もちろんそうよ?…まさかずっと男物で済ませようと思ってた訳じゃ…思ってたのね?」
ちょっとは思ってたけど…。
「駄目よ、成長期にちゃんとした下着を着けないと、身体が歪んでしまうこともあるんだからね?」
「ししし、下着い?」
待って、ちょっと待って、まだ心の準備があ~(ズルズル)
「すいませ~ん」
「はい、いらっしゃいませ!あらあら可愛いお嬢様!」
「この子のサイズ測定と、下着類一式と、普段使いの私服とを何着かお願いします」
あああ、止めるまもなく話が進んで行く。
そのまま店員のお姉さんに試着室に連れ込まれてサイズを計られる…ちなみにAカップだそう…知りたくなかった…!
下着の着け方を教わりながらどうにか着ける。
…おお、これは…確かにしっくりするというか、動きやすい…(驚愕)
「ブラは初めてですか~?」
「は、はい…」
「最初は恥ずかしいと思いますけど、大事なことですからちゃんと覚えましょうね~?ん~、このサイズならブラトップで良いと思いますけど、スポーツされてるなら、こちらのスポーツタイプで…」
これまで全く必要の無かった知識がどんどん増えていく…!
だ、大事な知識ではあるんだし、ちゃんと聞いておこう。
それが終わると今度は母さんが持ってきた服をとっかえひっかえ…嵐のような時間が過ぎ去り、鏡の前に立たされる。
「あら~、これはなかなか…」
「とってもよくお似合いです!プロポーションも良いし…学生モデルに興味とかございませんかお母様!」
「あらあら…詳しく?」
店員さんが何かとんでもないことを言ってる気がするが、気のせいと言うことにしておこう。…母さん?ちょっと乗り気にならないでね?
「うう…やっぱりパンツの方が…それにスカート短くない?スースーする…」
「駄目よ、学校始まったらどうするの?制服はスカートでしょう?」
そうだった…ええ…ちょっと待って、スカートで皆の前に出るの?恥ずかしさで死ねる自信がある。
「………疲れた(ぐったり)」
「こら、女の子は足を開いて座っちゃいけません」
「は、はい!」
(シュピッ!)
早速駄目出しが入った。
女の子って皆こんなに大変なの?服買うだけでもうへとへとだよ!
「仕方ないわねえ…荷物を車に入れて来るから、そこのフードコートで休んでなさい」
「は~い」
フードコートのファーストフード店でジュースとポテトを買い、適当な席に座る。
ポテトを摘まみながらスマホをポチポチ…そういえば、種族が変わったってことは、ステータスも変わってるのかな?
アプリを開こうとしていると、いつの間にか現れた
「ミャ~~~(そろ~り)」
「………煌?」
「ミ゛ャッ!」
慌てて引っ込む手。
箱を手にとって蓋をそっと開けると、ばつの悪そうな顔をした煌が小さくなっていた。
「煌、出てきちゃ駄目って言ったでしょ?」
「ミャウウ…」
「しょうがないなあ…じゃあこっちのバッグになら入っていいよ。ちゃんとぬいぐるみのふりしててね?」
「ミャッ!」
残ったポテトを容器ごと渡すと、モグモグと食べ始める煌、魔石以外のものも食べられるんだね。
「遅いな母さん…あっ、別に車まで戻らなくても、トイボックスに入れれば良かったのでは…」
「ミャ~(うまうま)」
(…ちょっと!…やめて下さい!…)
煌と遊びながら待っていると、近くの席がにわかに騒がしくなる。
誰かが言い争っているようだ。
(ザワザワ…)
(…おい、誰か助けてやれよ)
(無茶言うな、あいつら評判の悪いクランの探索者だぞ…)
気になって近づいてみると、どうやら高校生くらいの男3人が女の子3人に絡んでいるようだ。
「なあなあ、いいだろ?こっちも3人、そっちも3人で丁度いいじゃん。俺らと遊ぼうぜ~」
うわ、ガラが悪いなあ。
「断ったでしょう?私達、用事があるの」
男の前に立ち塞がって、他の2人を守るようにしているのは、黒髪に眼鏡の、背が高いきりりとした美人さんだ…あれ?あの子って、委員長?
何とそこにいたのは、同じクラスの女子生徒、善家 志恵(ぜんけ ゆきえ)さんだった。あ、委員長ってのはあだ名ね。
眼鏡と風紀に厳しい態度からそう呼ばれてるってだけで、学級委員は別にいる。
ちなみにユウトやアツシとは折り合いがあまりよくない…僕?あんまり接点が無いけど…普通に話くらいはするよ?
「そんな~、俺ら探索者だぜ?」
「一緒に来たら、面白いこと教えてやるぜえ~」
「なんなら気持ちいいことでもいいぜえ?」
(ギャハハハ!)
うわあ…今時あんなステロタイプな悪役いるんだ…聞いてるこっちが恥ずかしくなるよ。
「嫌だって言ってるでしょ!腕を掴まないで!痛い!」
「ユキエちゃん…」
「だ、誰か…」
しかし…何故だろう?こういう時、いつもなら揉め事に飛び込んでいって、全員のしてしまうユウトの姿を震えて見ているだけなのに…。
「だからあ!大人しく着いて来いって…あ?なんだおめえ」
どうして僕は、委員長の前に立って、男の腕を掴んでいるんだろう?
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