第6話 ぬいぐるみとは何ぞや
ぬいぐるみ(縫い包み)とは、型紙に合わせて裁断された布を縫合し、綿やプラスチック片、蕎麦殻などを内部に詰め、動物やある特定のキャラクターに似せて成型したもの…な訳だが。
「ミー、ミー」
今僕の手のなかで、短い手足を動かしてもぞもぞしているこれは…どう見ても何か、生き物の赤ちゃんに見える。
「おおっ?なんだこりゃ…さっきまで確かにぬいぐるみだったよな?」
実際抱いてると暖かいし、ちゃんと呼吸もしてる。胸に耳を当ててみれば、心音も聞こえてきた。
「どう見てもドラゴンの赤ちゃんに見えるんですけど…ぬいぐるみ使いって一体」
「いや、あたしに聞かれてもな…」
二人して頭を突き合わせるが、答えは出ない。
「ミイー!」
構ってくれないのに苛立ったのか、ドラゴンの赤ちゃんが身をよじって手から逃れると、背中の小さな羽根を羽ばたかせて飛び上がり、僕の胸元にしがみついた。
(ガシッ!)
「うわっ!ちょ、力強い!」
(ムニムニ)
「ちょっ!こら、どこさわって…あんっ」
「…おっぱい欲しいんじゃね?」
「出るかあ!」
「ぜえ、ぜえ」
結局、ドラゴンの赤ちゃんは離れてはくれなかったが、どうにか落ち着かせることはできた。腕の中で揺らしてあやすと、気持ち良さそうに丸くなってる…あ、可愛い…。
「つーか、いつまでもドラゴンの赤ちゃんてのもな、名前つけてやったら?」
「名前ですか?そうだなあ…」
≪我が名は"黒金の支配者"ゼルカドリス…≫
「ん~、そうだなあ。ゼルカドリス…は格好良すぎるので、ゼルちゃんで」
「ミィー!?」
何で不満そうなのさ、自分でそう名乗ったでしょうに。
「ミー、ミィー、ミー」
「うん?うんうん…ゼルカドリスは種族名であって、固有名詞とは違う?」
「…話が通じてる!?てかゼルカドリスって何よ?」
あ、あの幻影、僕しか見てないのか。
カレンさんが不思議がってる。
まあ説明は後でするとして…う~ん、そうだなあ、あの幻影の中で見たのは…闇夜に煌めく月光のようなイメージのドラゴン…煌めく?
「じゃあ…煌(こう)とかはどうかな?」
「ミーーー!」
気に入ったらしい。
「お~い、まだか?…って何だそれ!」
そうこうしている内に自分の世界に入っていた勇人も戻って来たらしい。
「え~と、ぬいぐるみ?」
「…何で疑問形?」
「ミー、ミー」
勇人が指を差し出すと、その指にじゃれついて遊ぶ煌、ここだけ見てるとドラゴンというよりは子猫のようだ…かわいい。
「とにかく、これで準備は整ったんだよな?じゃあ早速ダンジョン行こうぜ!」
「待て待て、武器はそのまま持っていくな。こっちのロッカーに入れておくんだ」
そう言ってカレンさんが店内にあるロッカーを指さす。
「あれ?このまま着けて行ったら駄目なのか?」
「…講習で言われたでしょ、武器は外で持ち歩くなって」
「そうだっけ?」
不安だ…。
ロッカーの横には小さなモニターが着いており、そこのスリットにカードを読み込ませる形式のようだ。
(ピッ)
スリットにカードを読み込ませると、画面に僕のナンバーが表示される。
しかし…ここに入れるとダンジョンで出せるって言うのはどういう仕組みなんだろう?それと…
(ジッ…)
「ミー?」
「カレンさん、この子も入れた方が…?」
「ミイッ!?」
「いや、流石に生き物は…生き物か?」
「ミーーッ!ミッ!ミイッ!」
(ガシッ!)
「ちょ、痛い痛い!爪立てない!冗談、冗談だから!」
結局、テイマーの従魔扱いで登録すればいいんじゃないかとカレンさんが指摘してくれて、そうすることになった。
「ミィー!」
テイムされているモンスターだということを示すチップの入った腕輪を煌の腕に巻く、嫌がるかと思ったけど、どうやら気に入ったようだ、御満悦である。
「今度こそ準備できたな?もう何も無いな?ところで…カナデはそいつで戦うのか?つか戦えるのか?」
「んー、…煌、おまえ戦えるよね?」
「ミー!(ポン!)」
小さい手で胸を叩いて…これはまかせろってことかな?…そこはかと無く不安だ。
「ほんとかよ…まあ俺が前に立つし、カナデの所までは通さないし問題無いけどな!安心してくれていいぞ!(キリッ!)」
「…一応護身用に棒でも持ってくか?」
「…そうですね」
「…お~い、聞いてる?」
そう言ってカレンさんが木の棒を出してきてくれたので、それも含めて精算して貰う。
色々補助やらクーポンやらが付いたせいか、思いの外安くついた。
ユウトは…まあもちろん頼りにはしてるよ?
ただちょっと、調子に乗り過ぎて失敗するタイプだから…うん、放置で。
「これはオマケだ。魔獣使いとかが従魔にやるおやつのクッキー…食えるのかは知らんが」
「あ、ありがとうございます」
「ミー!」
「いーよ、お得意様になって色々買ってくれりゃ、んじゃ、気をつけてな?無理そうならすぐ引き返せよ~」
カレンさんに見送られて≪探索者の店:花蓮≫を辞した僕らは、そのままダンジョンへと向かう。
といっても徒歩で10分もかからない。
こんな近所にダンジョンがあったのか…知らなかったな。
「…なあ、初心者用ダンジョンてもしかして…」
「うん、パンフレットによれば、ここだね」
商店街の片隅に建てられた小さなコンクリートの建物、それが初心者用ダンジョンこと、龍鱗市第一ダンジョンの入り口だった。
建物の入り口には小さなカウンターがあり、そこには職員らしき人影が見える。
「すいません、ダンジョンに入りたいんですが」
「はいはい、ようこそ龍鱗市第一ダンジョンヘ~」
…うん?この声は…
「サリエさん?」
「は~い、受付嬢のサリエですよ」
そこにいたのは、ついさっき講習でお世話になったセンターの人、自称"受付嬢"の秋繰 沙合惠(あきぐり さりえ)さんだった。
「サリエさん?何でここに?センターの方にお勤めじゃ無かったんですか?」
「それはもちろん、カナデちゃんがそろそろ来る頃かなっって…(ゴホンゴホン)いえ!今日は初心者講習を受けた人達が初心者用ダンジョンに殺到する日ですからね!ヘルプですよヘルプ!ええ!決して疚しいことなどありませんとも!」
「は?はあ…」
何故だか少し咳き込みながらそう言うサリエさん。
…そりゃそうか、僕らの講習だけでも20~30人は居たし、全員が今日中にダンジョンに入るわけでなくとも、初心者用ダンジョンはどこも満員の筈だ。
「じゃあこのダンジョンも満員ですか?」
「いえ、殆どは一番人気の第三ダンジョンの方に行ったようですね…ここは割と穴場ですから…ふふ」
あー…成る程、センターの職員と仲良くなっておけば、こういうちょっとした便宜を図って貰えるかも?ってことか。
「それじゃ二人とも、LMDMカードを出して貰えますか?」
サリエさんが出して来たカードリーダーにLMDMカードを差し込む。
(ピピッ)
「…はい、OKです。二人はパーティーと言うことでよろしいですね?…はい、これでダンジョンへの入場が記録されました。お二人ともまだ未成年ですので、ダンジョンに滞在できるのは5時間が限度です。それ以上滞在すると、警告がされますし、場合によってはセンターの職員が保護に向かうこともありますので、くれぐれもご注意を…先程の講習でも説明しましたけど、もちろん覚えておられますね?」
「は、はい、もちろん」
「え~と、はい」
…既にちょっと忘れそうだったのは内緒だ。
「はい、では此方へどうぞ」
サリエさんに促されて着いていくと、そこにはまるで駅の改札のようなゲートがあった。
「今回は初めてですのでカウンターでの登録が必要でしたが、これ以降はこのゲートにカードをかざせばそのまま入れます。カードをかざしてみて下さい」
LMDMカードをかざすと(ピピッ)という電子音が鳴り、バーが開いて入れるようになった。
「先程≪探索者の店:花蓮≫で購入した物の内、武器等はこの先のロッカーに既に届いていますので、LMDMカードで開けて取り出して下さい。ダンジョンを出る時には同じロッカーに収納してロックしてから帰るようにして下さいね」
ロッカーには僕らの番号が表示された小さなモニターが据え付けられており、そこにカードを通すとロックが外れたので、僕が木の棒、勇人が剣を取り出す。
「カナタちゃんは木の棒だけですか?それと…そろそろ突っ込んでもいい?その胸に抱いてるのは…ドラゴンの赤ちゃん?」
あ、気づいてたんですね。
このままスルーされるのかと思ったよ。
「ぬ、ぬいぐるみですか?これが?」
「ミー、ミー(フミフミ)」
煌を抱っこするサリエさんがそう聞いてくるが、正直僕に聞かれても。
因みにフミフミというのは煌がサリエさんを揉んでいる擬音である…何処とは言わないが。
「あ、そうだ。Dカードを見てみたらどうでしょう?確か従魔のステータスも見れる筈です」
え?そうなの?
慌ててDカードを取り出してみると、
Namu:繰生 奏
Job:ぬいぐるみ使い
skill:クリエイト リペア トイボックス ※△■
sarvant:
skill:ブレス(new!) リアライズ(new!)
いつの間にかsarvant…従者?従魔?って項目が増えてる。
「魔道…人形って書いてありますね。ぬいぐるみってルビ付きで」
(それに、従魔にもスキルはあるのか。ブレスは…口から火でも吹けるのかな?リアライズっていうのは…実体化?よくわからないな?)
「魔道人形?初めて聞く種族名だわ…ぬいぐるみ使い?…あ、カナタちゃんの≪職業≫についてはちゃんと秘匿するから安心してね?」
サリエさんも知らない種族なのか。
「とりあえず、省のデータベースに名前だけ記録しておいていいかしら?詳細はまた改めて報告して貰えると助かるわ…もちろんタダじゃ無いわよ?未発見のモンスターの発見には報償ポイントが出ることになってるから」
「いいですよ。まあまだ何も分かってないですけどね」
「…やれやれ、ようやくダンジョンに入れるね」
「なんか入るまでがめっちゃ手間だったな…ちょっと疲れて来たぜ」
まだダンジョンに入ってもいないのに、若干の疲労を感じつつ、僕らはサリエさんに見送られつつ、ゲートを潜った。
ごく普通のタイルの敷かれた通路をしばらく歩くと、やがて外の日差しが差し込む出口が見えてくる。
「…日差し?」
「あれ?俺達って、建物の中から坂道を下って来たよな?」
通路を抜けた先にあったのは、草木の生い茂る広々とした草原だった。
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