第5話 装備は装備しないと意味がない

サリエさんに紹介して貰った店は初心者向けダンジョン近くの商店街の一角にあった。

木造の古びた小さい二階建の建物で、どうやら二階が住居で一階が店舗になっているようだ。

入口には『探索者の店:花蓮』という看板が上がっている。

「ここか?」

「地図が正しければ、ここだね」

何というか、いかにも昭和のドラマなんかに出てきそうな感じの、趣のある佇まいである…まあ、何というか…そこはかとなく…

「ボロいな」

「しっ!」

そういうことは思っても言わないの!


とりあえず、『営業中』の札がかけられたドアを開けて中に入る。

(カランカラン)

「ごめんください」

「あいよ」

中にいたのは一人の女の子だった。

見た感じ、年は僕らとそう離れて無いように見える。

赤い髪をボサボサに伸ばし、頭にはゴーグル、手にはごついグローブ?ガントレット?のような物を着けている。

デニムのオーバーオールを着込んだ身体からはよく日焼けした二の腕が伸び、胸元が…ん?

「ちょ!何で上半身裸なんですか!」

(ベチン!)

「あでっ!」

慌てて勇人の目を塞いで後ろを向かせ、僕も一緒に後ろを向く。

「いや暑くてさあ…別に見られて減るもんじゃ無し、見て良いぞ?まあこれ以上減ったら抉れちまうか!アッハッハ!」

「よくない!服!服着て!」


「んじゃ改めまして、店主の磐田 花蓮(いわた かれん)だ」

「どうも、繰生奏と…」

「神屋勇人です」

すったもんだの後、僕らはオーバーオールの肩紐部分を戻した店主さん…磐田さんと向かい合っていた。

て言うか今もまだ肩と横乳がチラチラ見えそうなんだけど…勇人?チラ見してるつもりだろうけど、丸分かりだからね?

「いや、わりーわりー、今さっきまで奥で鍛冶やっててな…ノッて来ると、ついつい脱いじまう癖があってなあ」

「鍛冶場で脱いだら駄目でしょ!火傷するじゃないですか!」

「あ、大丈夫大丈夫、あたしこれでもドワーフだかんな、火で傷はつかねえんだよ」

「ドワーフ?」

そう言われて磐田さんをよく見れば、身長こそ低いが筋肉質ながっしりした身体つきに赤い髪、これでもし髭もじゃだったらまさにファンタジー小説に出てきそうなドワーフだ。

いや、確かドワーフの女性は髭がなくて、人間の子供のように見えるっていう小説があったような…合法ロリ?。

「それは、やっぱり職業のせいで?」

「ああ、あたしは『魔剣鍛冶師』だ。転職した時に選択できたんでな?やっぱり鍛冶といえばドワーフだろ?実際、種族変更してからこっち、鍛冶スキルが伸びるのなんの」

はー、虎岩さんにも驚いたけど、以外と身近にいるもんだなあ。


「それで、見た感じ初心者ニュービーだな?ここに来たってことは、サリエあたりの紹介か?」

「あ、はい。ここで初心者用セットを買ってからダンジョンに行くといいと言われて…えーと、磐田さんはサリエさんとお知り合いで?」

「オッケーオッケー、じゃあまずこいつだな、あ、あたしのことは花蓮(かれん)でいいぞ。ちなみにサリエとは再従姉妹はとこだ」

そうなの!?言われてみると、顔の作りがちょっと似ているような…。

磐田…カレンさんが出してきたのは、小さめのポシェットだった。

カレンさんが止め金を外して中を見せてくれる。

「中身は…回復ポーションLV1✕3本、解毒ポーションLv1✕3本、ミニ救急箱✕1個、保存食(レーション型)✕3個、水筒✕1個、簡易トイレ(パウダー付)✕1セット、ケミカルライト✕3本、ブランケット✕1枚、メモ帳(筆記用具込み)✕1冊、パンフレット✕1冊って所だな」

「けっこう入ってますね!?」

いや、こんな小さなバッグに入りすぎじゃない?どうなってるの?

「お、気づいたか?実はこれ、所謂マジックバッグなんだよ。見た目より容量が多いんだよ」

ええっ!それって、貴重なものなんでは?

「そうでもない、多いといってもポシェットがちょっと大きめのリュックくらいになる程度だからな、ほれ、試しに手を入れてみな?」

言われるままに手を入れてみると、どう見ても手首くらいまでしか深さがないバッグなのに、スルスルと肘くらいまで入って行く。

「…おお」

「俺も俺も!」

勇人が手を入れたり出したりして遊んでいる。

「これ…貴重なものなんじゃ?」

「そうでもない、つか生産職のレベル上げるのに大量に作ることになるからな…捨てるにも勿体無いし、初心者にでも配って少しでも減らさないと、倉庫を圧迫して圧迫して…」

あ、そうなんだ。いや、そうでなきゃ初心者用セットに入ってないか。

「中身を使いきったらうちの店で補充してくれ…それと、お前ら武器は持ってるか?」

そういえば…武器の事とかまったく考えてなかった!

「え~と、俺、『魔剣召喚(炎)』ってのがあるんですけど、これでいけませんかね?」

「ほう!良いスキルを貰えたな?」

「えっと、どんなスキルか知ってます?」

「ああ、あたしは使えないけど、知り合いが使ってるのを見たことがある…ただ、けっこう消耗が激しいから、普段から使い続けるのは無理だぞ?ここぞって時に使う必殺技技って感じだな。一応、普段使いの武器も持っとけ」

花蓮さんによると、≪魔剣召喚(炎)≫は炎の剣を召喚して、一定時間使用できるようになるスキルらしい。(時間制限有)


「武器…といっても何を持てばいいのかな」

「お前ら、≪職業≫は何だ?それとスポーツか格闘技の経験とかあるか?」

「あ、俺、≪剣士≫です。あと、ちょっと剣術かじってます。ガキの頃に爺ちゃんに叩き込まれました…物理的に」

勇人の家…神屋家は古流剣術を古くから伝えている家なんだ。

子供の頃は稽古をさぼって遊びに行こうとする勇人と、竹刀を持ってそれを追いかける剣人おじいちゃん(勇人の祖父)の攻防がが街の名物になってたなあ…いやあんまり笑い事でも無い気はするけど。

「ふむ…なら剣だな。これなんかどうだ?」

花蓮さんが出してきたのは、やや短めの幅広の剣、いわゆるショートソード?だった。

「おお…、かっけえ」

特に装飾の無い武骨な剣だが、機能美…とでもいうのか、とても美しい剣だと思う。

「これは…花蓮さんが作ったんですか?」

「ああ、あたしがまあ特に変わった力は無い、ただ頑丈なだけの剣だけどな…ほれ、気に入ったんなら鞘とベルトの調整すっからこっち来い」


「かっけえ…」

花蓮さんに調整して貰った鞘に剣を入れ、腰の剣帯に吊るした勇人は御満悦だ。

さっきから同じことしか言って無い…語彙力が死んでるよ勇人。

「お前さんはどうする?てか≪職業≫は何だ?」

「ええと…………≪ぬいぐるみ使い≫なんですが、スポーツも格闘技もやってません」

「…あん?そんな≪職業≫あったか?」

…まあ、そういう反応されるよね。


「ぬいぐるみ…ぬいぐるみねえ?ぬいぐるみで戦う…?それとも、ぬいぐるみをテイムするのか?流石にそれは…いや、ちょっと待てよ?(ゴソゴソ)」

カウンターの下をゴソゴソして何かを探すカレンさん。

「あー、あの別に無理に探して貰わなくても…」

て言うか、何を探してるんです?

正直、僕もこれがどんな職業なのかわからないんで、何を出されても判断の仕様が無いんですが…。

「いや、ちょっと待ってくれ。どんな職業だろうと、うちの店で揃えられないものがあるなんぞ…許せねえからな…おっ?あった、これだ!」

(ドン!ブワッ!)

花蓮さんがカウンターの下から引っ張り出したのは埃を被ったダンボール箱だった。

花蓮さんが息を吹き掛けると、けっこうな量の埃が舞い上がる。

「ケホ、ケホッ、な、何ですかこれ?」

「知り合いがずいぶん前にダンジョンで見つけて持ち込んだ物なんだが…買い取ったはいいが何に使うものなのか全くわからなくてな、ずっと倉庫の肥やしになってて…ほれ、これだ」

蓋を閉じていたテープを剥がし、中から取り出されたのは、ビニールに包まれた一つのぬいぐるみだった。

全長は30センチくらいだろうか、黒い身体に金色の角が生え、小さな翼と尻尾がある…いわゆるドラゴンのぬいぐるみだ。

ただ、ずいぶんディフォルメされている…というより、ドラゴンの赤ちゃんぽい?。

「何でこんなもんが?と思ったけど、ぬいぐるみ使いの使うものだとすると合点がいくんだ。ほれ、持ってみな」

「ええと…」

カレンさんがビニールから出したぬいぐるみをこちらに押し付けて来るのを恐る恐る受け取ると…

(ピリッ!)

「…あ!」

まただ、電気が走ったような感覚と共に、またあの感情の感じられない声が聞こえてくる。


≪クリエイト可能なユニットが存在します…接続…error…接続…error…該当ユニット本体から接続要請…要請を受諾…成功…該当ユニットをファミリアとして登録しました≫


…そして、世界が移り変わる。


そこは月光が照らす人跡未踏の深山幽谷。

剣のように切り立った鋭い崖の上に立つのは一体の竜、漆黒の鱗が闇夜に溶け込み、金色の角が月光に照らされて眩しく輝く姿が特徴的だった。

暗闇の中、金色の角はまるで燃える王冠の如くに煌々と輝き、かのドラゴンが紛れもなくこの地の支配者であることを告げていた。

(ここは…何処?これは…夢なのか?いや、でも…綺麗だ)

夢とも現実ともつかない、まるで一枚の絵画のようなその光景を、思わずうっとりと眺めてしまう。

どれくらい見惚れていたのか、竜がふと何かに気付いたように頭を巡らし…そしてその金色の眼で

(…ギロリ)

(…ひゃっ!)

その鋭すぎる眼光にまるで撃ち抜かれたように感じて身を竦めると、頭の中に、さっきの感情の無い声とはまた別の、だがどこか楽しげな声が響く。

≪我が名は"黒金の支配者"ゼルカドリス…ご拝謁賜り、恐悦至極≫

(え?え?あの…)

≪我が小さき分身を宜しく頼む≫

(分身?このぬいぐるみのこと?)

≪また逢おう…姫君(ニイッ)≫

(笑った?)

やけに悪戯っぽい顔で笑うと、その竜…ゼルカドリスは巨大な黒翼を拡げ、咆哮と共に夜空へと飛び立って行った。

「シャアアアアアア!」

(うひゃっ!)


「ミー、ミー」

「…はっ!あ、あれ?」

「…おい、どうかしたか?」

気がつけば、そこは探索者の店:花蓮の中のままだ。

どうやら僕はカレンさんからぬいぐるみを受け取った後、数秒固まっていたらしい。

…うん?この腕の中でジタバタと暴れて鳴いてるこれは…?

「ミー、ミー」

そこにいたのは黒いふわふわの身体に丸くて黄色い王冠のような角、くりくりした大きなおめめと小さな翼としっぽを持つドラゴンの赤ちゃんだった。


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