第30話 新たな動きと牢獄の人々
本編一日目、俺はマリウスとの模擬戦を終えると、明日また対抗戦に向けて計画を立てる約束をして屋敷に帰ってきた。
きっと彼は今ごろ、ヴァルエ王立魔法学校の寮にいるはずだ。
国内最高峰の学校というだけあって、寮の設備はかなり充実していて快適だし、ひとりずつの個室でゆっくり休めるスタイルになっている。
きっとマリウスも、今日はいろいろと疲れただろうけど、自分の部屋で明日に備えて休息を取っているはずだ。
今日はこれ以上のイベントは起こらないはずだしね。
「おかえりなさいませ、アルガ様」
戻ってきた俺を、庭に出ていたカールが出迎えてくれた。
上着を彼に預けつつ、俺は屋敷の中へ向けて歩き出す。
「フローラ様、エルザ様もさきほど戻られました」
「入学式が終わってから、それなりに時間が経っているはずだがな。王都で何か楽しんでいたか」
「おそらく。入学式はいかがでしたか?」
「どうということもない。淡々と進んだのみだ」
本当はいろいろと誤算があったけど、まあそれはカールに言ったところでどうしようもない。
多少は計画が狂ったにしても、最終的なゴールにたどり着くための道は見えているし、何より主人公マリウスに悪印象を持たれていないのは大きい。
主人公補正というか、どうしてもマリウスに有利なご都合主義の展開がやってくることも、この先予想できる。
そうした時に、その恩恵を受けられるサイドに身を置けるというのは、破滅回避に大いに役立つからね。
「あ、お兄様! お戻りになったんですね、おかえりなさい」
屋敷に入ると、通りがかったフローラが俺を見て、とたたっと駆け寄ってくる。
入学式の時に着ていたきっちりしたドレスはもう脱いで、それに比べればカジュアルな屋敷内での服装に着替えていた。
「王都フェルンハイムでは、特に何の問題もなく過ごせたか?」
「問題ありませんでした。エルザお姉様と楽しんで帰ってきました」
「たまにはそういう時間も必要だろう。明日からは、引き続き公務を頼む」
「はい。お兄様が安心して学校に通えるように、精一杯やらせていただきます」
優秀な妹を持って俺は誇らしいよ。
フローラも、頭の良さだけで言えば、ヴァルエ王立魔法学校に入学できるレベルにはある。
ただ魔力や剣術にはことごとく才能がないため、来年入学できる歳になっても、ヴァルエ王立魔法学校を始めとする魔法学校に進むことは難しそうだ。
実際、原作のフローラも、学校に通っている描写は見られなかったしね。
「エルザに俺の部屋へ来るように伝えておけ」
俺はそう言うと、ひとまず制服から着替えるために自分の部屋へ戻ったのだった。
※ ※ ※ ※
「それで何の用?」
椅子に座った俺の前に、公務用の机を挟んでエルザが立つ。
俺は単刀直入に、彼女を読んだ用件を切り出した。
「諜報部隊を復活させようと思ってな」
「諜報部隊?」
「そうだ」
俺の原作知識がそうであるように、情報というのはどんな世界においても重要な武器となる。
だから大陸の各国、さらに有力な貴族家たちは、独自の諜報部隊を持っており、情報の収集に努めている。
当然、“五星”であるキルシュライト家にも諜報部隊があったのだが、父の代になって半ば消滅状態にあった。
俺の行動範囲が領内から王都へと広がったこと、さらに“本編”の物語が始まって世界が表向きにも水面下でもいろいろ動き出すことを考えると、やはり質の高い諜報部隊というのは必須アイテムだ。
「諜報部隊のリーダーはエルザ、お前にやってもらう」
「あー、なるほど。やってくれるか? とかじゃなくて、もう決定事項なのね」
「適任がお前しかいないからな」
「ラウラは?」
「彼女は大きな局面の切り札に取っておきたい。それと、彼女はいまいちスパイ活動には向いていない」
「うーん、確かに。『血薔薇』モードのラウラちゃんは存在を忍ばせるのとかできなそうだし、ひ弱ラウラちゃんじゃスパイなんてできっこないか」
エルザは若干めんどくさそうだけど、それなりに納得した顔はしている。
口ではいろいろ言うけれど、何だかんだ俺の望んだとおりに協力してくれるんだよね。
もちろんそれは、『大賢者アーデルベルトの手記』という共通の目的があってこそのものなんだけど。
「それで、何をすればいいの? 忍び込んで情報を盗むなんてのは得意だけど、私ひとりじゃ限界あるよ? それにひとりじゃ部隊とは呼べないし」
「当然、お前以外にも人員を用意する。ただ、今から優秀な人材を探してスパイとして育成するのでは、あまりに時間がかかり過ぎるからな。すでに情報収集に長けた人間が集まってできている組織を、こちらに引き入れる方が早い」
「うわー、多分だけどその組織っての、真っ当な組織ではないんだろうね」
「勘が良いな」
そりゃまあ、裏でこそこそ情報を集めることを得意にしている組織が、クリーンな組織であるはずがない。
様々なしがらみを超えて幅広く情報を集められる場所を考えた時、それに最も近いのは公的な力が及ばない裏社会だ。
すでに、俺の原作知識をもとにして、都合よく味方に引き入れられそうな組織には目を付けている。
マリウスと対抗戦のタッグを組んだことで、後回しにすることにした事項もあるが、これだけは早めに進めておきたい。
「その組織っていうのは、協力してって言ったら協力してくれるような物分かりのよいお相手なのかな?」
「まさか。そんな腑抜けた組織では何の頼りにもならん。力で叩いたうえで、気持ちよく協力すると言わせるまでだ」
「はぁ……。だろうね、そんなところだろうと思ったよ」
ため息をつくエルザに、俺は淡々と指示を出す。
「明日の深夜、王都にある『銀の猫』という店で集まるぞ」
「はいはい。じゃあそれまで、適当に魔導書でも盗んで時間を潰してようかな」
「……」
「冗談だって。泥棒ジョークだよ」
エルザは肩をすくめると、俺の部屋を出て行ったのだった。
※ ※ ※ ※
王都フェルンハイムから少し行ったところにある、バルテイ王国最大の牢獄――ヴェアングルス牢獄。
そのもっとも最下層、特別な囚人が収監されるエリアに、アルガ・キルシュライトと因縁深い三名が収監されていた。
アルバン、クルト、ナディアの三名である。
それぞれが独房に入れられているものの、距離はそこまで遠くなく、看守のいないタイミングであれば会話するくらいのことはできていた。
「くそ……アルガ・キルシュライト……。絶対に許さん……」
アルバンが忌々し気に吐き捨てた。
目の前にある格子は、アルバンくらいの魔力を持つ者なら簡単に破壊して脱獄できそうに見える。
しかし彼を縛っている鎖がただものではない。
この鎖が絶えずアルバンの魔力を奪い続けるため、魔法を使おうにも使えないのである。
それはナディアとクルトも同様。
特にナディアは、魔国ブフードの国王ゲルトから、組織に復帰する条件として脱獄することを命じられていたが、それを果たせずにいた。
「ナディア、お前もまだ諦めてはいなそうだな」
向かいの独房で、毎日何とか脱獄する方法がないか探り続けているナディアに、アルバンが話しかける。
ナディアは自分を縛る忌まわしい鎖に顔をしかめつつも、アルバンの言葉に頷いた。
「これでもまだ、フランドレー牢獄に入るよりはマシよ。必ず脱獄してみせるわ」
ナディアの言うフランドレー牢獄は、バルテイ王国やグリムドア帝国の属するレドギラ大陸中央部にある。
これは、一国家では手に負えないレベルの重罪人を収監するために作られた各国が協力して管理する大陸最大級の牢獄で、これまでに脱獄を果たした者はひとりもいない。
そんなフランドレー牢獄に比べれば、今のアルバンやクルト、ナディアの状況は易しいというわけである。
――必ずここを脱獄して、あの忌々しいアルガ・キルシュライトに復讐を。
――必ずここを脱獄して、今度こそゲルト様のためにこの力を。
暗い牢獄の底で、アルバンとナディアは静かに心の炎を燃やすのだった。
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