第29話 模擬戦②
高速でぶつかり合う俺とマリウスの剣が、激しい火花を散らしながらキンッという音を連続で響かせる。
「はっ!」
マリウスが両手で握った剣を、正面からどストレートに振り下ろした。
俺はそれを右手の剣で受け止めると、左手の拳でガラ空きになったマリウスのボディーを狙う。
しかし、彼はその攻撃を済んでのところで身体をひねって回避し、重心が傾いたのを逆に利用して頭の高さにキックを撃ってきた。
それをくぐるように避けた俺は、マリウスの蹴りを狙った右足を剣で払う。
「おっと!」
完全にバランスを崩したマリウスは、地面に手をつき一回転して体勢を立て直す。
そしてすかさず鋭い突きを放ってきたが、俺はそれを上手くいなして受け流した。
マリウスの基礎的な剣術のレベルは、とてもこの年齢とは思えないほど非常に高い。
さらに拳や蹴りといった近接戦闘の体術も、かなり高いレベルにある。
しかし、現段階ではまだ俺の方が技術的に上回っていた。
それに加えて、魔力量にかなり大きな差があるため、模擬戦は俺が優勢な状態で進んでいる。
「はあ……はあ……。すごいや。もしアルガくんが本気で僕を殺しに来てたら、今ごろ僕の命はないね」
そう言うマリウスの顔は、やはりどこか楽しそうだ。
『血薔薇』モードに入ったラウラのような、戦いしか楽しみがないというタイプではないにしろ、マリウスもそこそこ戦いを楽しむキャラクターなのである。
「でもまだ勝負はついてない……!」
一度大きく距離を取ったマリウスは、ふうっと息を吐いて呼吸を整える。
そして一気に全身を脱力させ、静かに俺と対峙した。
ぶらんと垂らした右腕で剣を持ちながら、顔にはわずかに微笑みを浮かべている。
――ようやく生であれが見れるのか……!
俺は心の昂ぶりを抑えながら、剣を握り相手の動きを見極めた。
そして次の瞬間、音もなくマリウスが動いた。
Bクラスの生徒たちと戦った時と、俺と戦い始めた時の間で、一段階ギアを上げた感じはしていたけど、ここでさらにギアが上がっている。
一瞬で俺の目の前にやってきたマリウス。
きっとこれが、今の彼の最高速度だ。
もしその動きを目で追うことができれば、土埃を巻き上げることもなく俺に近づいた捉えどころのないその独特のステップに驚かされるはず。
でもギャラリーの生徒たちは、マリウスの動きに動体視力が追いついていない。
「はやっ……!」
「い、今、移動したのか……?」
「やっぱり平民とはいってもSクラスに入るだけの実力は持ってるってことか……」
「ば、バカ言え! そこまではまだ分からないだろ!」
「でもまじで瞬間移動したように見えたぞ……」
多少はマリウスの剣のレベルに驚きつつも、俺優勢で進む戦いを“やっぱりな”という目で見ていたギャラリーたちが、にわかにざわつく。
“瞬間移動したように見えた”というのは、この場にいる俺とマリウス以外の全員が本当に思ったことだろうね。
――主人公マリウス独特のステップに、無駄な力をとことん抜いたことから来る美しいフォーム……まじでゲームで見てたまんまだ……! これが生の《静流葬魔剣術》……!
主人公マリウスが扱う剣術には、《静流葬魔剣術》という名前がついている。
はるか昔、とある剣士が編み出したこの剣術は、今となっては正当な継承者がおらず失われた剣術……というか、もはや誰も知らないレベルの剣術になってしまっている。
しかしマリウスは、剣の修行をするなかで手に入れた《静流葬魔剣術》に関する書物を読み、独学でその技を復活させたのだ。
厳密にいえば、マリウスの《静流葬魔剣術》は不完全であり、足りない部分も多くあるのだが、古びた書物だけを頼りに自分なりに身につけたにしてはなかなかのもの。
《静流葬魔剣術》の特徴は、脱力というその重要な基礎から来る無音の高速移動、流れるような所作、まるで撫でるようにして相手を斬る滑らかな斬撃がある。
斬りかかってくるマリウスを見ながら、俺の心は感動で震えていた。
インパクトのある剣術や魔法を使うキャラは、『無限の運命』に数多く登場する。
それでもやはり、一番多くその戦闘シーンを見てきたのは、当然ながら主人公であるマリウスだ。
実際にその戦闘を間近で見れる……というか、模擬戦とはいえその矛先が自分を向いていると思うと、ゲームファンとしては興奮せずにはいられないよ。
ただ、一番戦闘を見てきたということは、それだけクセや特徴を掴んでいるということ。
物語終盤のバカみたいに強くなった主人公ならともかく、今のマリウス相手なら対応するのは難しくない。
「《静流葬魔剣術・羽斬》」
空中をひらひらと舞う羽毛を優しく、しかしきれいに斬るように。
マリウスの剣が、緩やかな弧を描きながら俺に迫ってくる。
一連の動きは流れるように高速で行われているけど、そのあまりの美しさにスローモーションに見える、そんな不思議な感覚を俺は味わっていた。
――これで確信できた。主人公マリウスは、きちんと原作『無限の運命』の“本編”スタート時に見合った能力を持っているね。
“殺すつもりで来い”とは言ったけど、マリウスは余力――その胸の星が証である深淵魔法を残している。
ただまあ、今はギャラリーもいるし、いずれ戦うかもしれない相手に不必要に手の内を見せる必要もない。
《静流葬魔剣術》に関しては、きっと今のギャラリーのレベルじゃ何が起こったかすら理解できていないはずだし。
そもそも、マリウスが深淵魔法による攻撃を仕掛けてこないことは、予想がついていた。
マリウスはとある理由から、深淵魔法を使うことを躊躇している。
彼が深淵魔法を使う上で障壁となっているものを取り除くこと、これが言うなれば物語の序盤、“対抗戦編”の大目標だ。
――十分だよ、マリウス。
マリウスの能力に満足した俺は、この模擬戦を終わらせるために腕を動かす。
相手が自らの剣術の奥義で向かってきた以上、こちらも深淵魔法や一般魔法ではなく剣術で戦ってやるか。
「……っ!」
心の中では、いちゲームプレイヤーとして大興奮しながらも、表向きは一切表情を変えず冷静なままの俺に、自分の動きが完全に見切られていることを悟るマリウス。
その顔には、驚いているような苦笑いしているような複雑な表情が浮かんでいる。
彼もこの《静流葬魔剣術》に自信があっただけに、せめて一太刀は浴びせられると思っていたのだろう。
しかし、マリウスはまだ諦めていなかった。
それまで無風の水面のようにブレることなく線を描いていた剣の軌道が、にわかに揺れ動く。
さきほどの独特のステップもそうだが、脱力の仕方が完璧でないことから生まれるわずかな揺れを、逆に相手を惑わす動きへと変化させているのだ。
しかし、原作知識を持っていた俺はその幻惑も織り込み済み。
「それではまだ俺には届かない」
マリウスの滑らかで流麗な剣を、俺は魔力の暴力――魔力による身体強化でパワーを向上させ剣で一閃し払いのける。
「うぐっ……!」
剣を持っていた腕に走った強い衝撃に、マリウスは思わず手を離してしまった。
カランカランという音がして、模擬戦用の剣が地面に転がる。
どちらも身体的なダメージは追っていないものの、勝敗が付いたのは明らかだった。
「……」
「……」
「……」
闘技場内を一瞬だけ静寂が包んだ。
そしてコンマ数秒後、ギャラリー席に音が戻ってくる。
貴族家の子供たちが見ていた以上、大半の生徒たちは勝負の結果に納得というか、そりゃそうだよなという感じ。
ただ一部、キルシュライト家を快く思っていない勢力の出だったり、俺自身の傲慢怠惰なろくでなしという悪評を聞いていたりして、俺が下剋上の餌食になることを期待していた生徒からは、ちょっと残念そうな空気を感じられた。
別に彼らもマリウスの味方というわけではなく、平民に勝ってほしいというよりは、アルガ・キルシュライトに負けてほしいという思考だね。
「実は、同じSクラスなんだし勝てるかなぁなんて思ってたんだけどね」
落とした剣を拾って納めると、悔しそうに頭を掻きながらマリウスは笑う。
どんな状況でも笑顔を絶やさないあたりは、主人公らしい明るい性格だね。
「完敗だよ。アルガくん、すごかった」
「当然だ」
「対抗戦ではアルガくんの足を引っ張らないように、もっと強くなるよ。それで……その……」
マリウスは少しの間の後、純粋なキラキラした目で言った。
「僕のこと、鍛えてもらってもいいかな!?」
元よりそのつもりだ。
マリウスには強くなってもらはないと困る。
無言で剣を納める俺は、このときまだ知らなかった。
“闘技場で“五星”アルガ・キルシュライトと平民のマリウスが戦い、アルガ・キルシュライトが勝利した”という情報だけが広がり、その情報が憶測を呼んで、俺が入学早々に平民いじめを始めたなんて噂が生まれたことを。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます