番外編~メディとアルガの森林探検隊~

「うん……?」


 とある日の朝。

 ベッドで目を覚ますと、なんだか胸のあたりに重みを感じた。

 身体は健康そのもの。

 体調に異常があるわけではなく、物理的な、何かが乗っかっている重さがある。

 頭だけ少し動かして見てみれば、俺の上でラルが丸くなっていた。

 ふわふわとしたフォルムで、ぽかぽか温かい。

 普段はメディとずっと一緒にいるこの猫だが、たまに俺の部屋でのんびりし始める時がある。

 その身分と傲慢キャラゆえに、なかなか人に寄りついてもらえない俺だけど、猫は別だった。

 動物って人の気持ちに敏感だって言うしね、やっぱ俺が内心では優しいことが分かっているんだよ、うん。


 俺がよく分からない自画自賛に浸っていると、ラルも目を覚ましたのか、片目をゆっくり開けてこちらを見た。


「お目覚めか」


 俺が声をかけると、ラルは小さく喉を鳴らす。

 そして再び、目を閉じて眠り始めた。

 いや、動けないんですけど。


「悪いな。人間様は動き出す時間だ」

「にゃー」


 俺がベッドから起き上がると、どかされたラルは不満げに鳴いた。

 それから、さっきまで俺が寝ていて温まっているベッドに戻り、やはりもう一度寝始める。

 まあ、部屋を荒らしたりはしないから、好きにさせておくかな。


 ――今日も今日とてランニングと。


 悪役転生に気づいた日から、ずっと続けている体力づくりのためのランニング。

 朝食の前の時間は、欠かすことなく必ず走っている。

 俺が服を着替えて部屋を出ようとすると、部屋の扉がノックされた。

 わざわざ誰か問うのも面倒だったので、俺は無言でドアを開ける。

 するとそこには、朝から元気いっぱいのメディが立っていた。


「アルガ様、おはよう!」

「ああ。どうした?」


 メディは俺のことを「アルガ様」と呼ぶ。

 幼いなりにも俺のことをキルシュライト家の当主、“五星”の貴族として敬っている……わけではない。

 何となく「アルガ様」という響きが面白いだけで、カールやメイドたちがそう呼ぶから真似しているだけなんだそうだ。


「ラル、いる?」

「いるぞ」


 俺は部屋の奥にあるベッドを指差した。

 俺たちが話している声で、寝始めの浅い眠りが覚めたのか、どことなくわずらわしそうな顔をしている。


「あれは……しばらく寝させといたほうが良さそうかも」


 俺たちそっちのけで三度の睡眠に入ろうとするラルを見て、メディは苦笑いしながら言った。

 まあ、それだけラルもこの家に安心して馴染んでくれたと考えれば、良いことだよね。


「ラルもそうなんだけどね、今日はアルガ様にお願いがあって」

「ふむ」


 廊下に出た俺の横を歩きながら、メディは話を続ける。

 メディが俺に直接お願いをするのは、少し珍しい。

 というのも、基本的にメディの面倒を見ているのはフローラとエルザだからだ。


「前にアルガ様が、毒をもって帰ってきてくれたことがあったでしょ?」

「そんなこともあったな」


 メディが言っているのは、多分サーベロスの毒のことだ。

 鉱床の近くのダンジョンから俺が持ち帰った物騒なお土産のあれだね。

 毒を分析した彼女は、見事にサーベロスの毒に効く解毒剤を作り上げていた。


「他にもたくさん毒のサンプルがあったら、たくさん解毒剤が作れるかなと思ったの! だから毒をゲットするのを手伝ってほしいんだ!」

「なるほど。別に構わないが……そうか、エルザは今日から不在だったな」


 どうして俺に頼んできたのかと思ったけど、エルザは今日から一週間ほど屋敷を離れると言っていたっけ。

 フローラは戦闘能力が皆無なので毒を手に入れられないし、俺に白羽の矢が立ったというわけだ。


「うん。エルザお姉ちゃんいないから、アルガ様なら手伝ってくれるかなと思って」

「いいだろう。幸い、少しは時間に余裕がある。今日の午後にでも、いくつかサンプルを取ってくる」

「やったー! 今日の午後ね! じゃあ準備ができたら、私のこと呼びに来てね!」

「……待て。お前も行くつもりか?」

「うん! アルガ様とお出かけ~、アルガ様とお出かけ~」


 ルンルンしてるけど、毒を取りに行くってことはモンスターと鉢合わせるリスクを背負うわけで……。

 いや、まあ良いか。

 比較的安全な場所で俺が一緒なら、死ぬどころか怪我をするリスクもほとんどない。

 今後のことを考えたら、少しでもメディにいろんな経験をさせておいた方が良いかもしれない。


「分かった。また午後に」

「うん!」


 ワクワクしているメディと約束してから、俺は日課のランニングへと向かうのだった。




 ※ ※ ※ ※




 約束の午後。

 俺とメディは、屋敷から少し離れた場所にある森へとやってきていた。

 肩からカバンをぶら下げて、ベージュ色の帽子を被ったメディは、まるで小さな森の探検家だ。

 目をキラキラさせながら、たまに毒とは全く関係のない木の実を拾い集めているところは、年齢相応に子供らしい。


「ここに毒のサンプルがあるの?」

「そうだな。そこまで毒性の強いものはないが、ジャンルはいろいろとある。サンプル採集には、なかなか適した場所だ」


 ひとくちに毒といっても、例えば即効性のあるものと後からじわじわ効いてくるもののように、種類は様々だ。

 その毒それぞれで、適した解毒剤は異なる。

 そういったことと、メディの安全を考えた上で選んだ場所が――


「見えてきたぞ」


 俺が指差した先を見て、メディはパッと顔を輝かせた。

 余り陽当たりの良くない森の一画に、大量のキノコが群生している。

 その傘は赤、青、黄、紫、緑などなどカラフルで、模様も水玉や縞模様などいろいろ。

 どれをとってみても、どう考えてもまともなキノコではない。

 ひとつひとつが、いろいろな種類の毒を持つ毒キノコたちだ。


「好きなだけ取ると良い。その小さなカバンには入りきらないだろうが……収納魔法はマスターしていたな?」

「うん! やったー! キノコパーティーだ!」

「直接触れると危ない。手袋を忘れるなよ」


 メディに注意を促しながら、こりゃ完全に保護者だな……などと思う。

 一応、それなりにアルガらしい態度には気を付けているものの、原作のアルガを考えればそもそも子供の面倒を見ること自体があり得ない。

 しかもよりによって、その子供がちゃんと名のあるキャラのメディだし。


「すごいすごい! たっくさん解毒剤作れる!」


 うっきうきのメディは、次々にキノコを引っこ抜いては、収納魔法で収めていく。

 俺はその姿を眺めながら、適当な木の根元に腰を下ろした。

 この辺りには、サーベロスや鉱甲亀のような攻撃を食らえば即死級の魔物は生息していない。

 生息しているとすれば……


「うわあああああ!」


 すごい勢いでキノコを採っていたメディが、急に大きな声を上げた。

 見てみれば、彼女の前に巨大なキノコが立っている。

 高さはおよそ百八十センチほどで、エルザと同じくらい。

 小さなメディと並べてみると、余計に大きく見える。


「ア、アルガ様ぁ……変なの出たぁ……」


 びっくりして腰を抜かしたメディが、涙目でこちらを振り返る。

 俺はその場を立ち上がると、ゆっくり彼女に近づいた。


「安心しろ。大した魔物ではない。それどころか、良いサンプルになると思うぞ」


 魔物の名前はキノココン。

 かわいらしい名前と、巨大である以外はファンシーな見た目だが、一応は魔物だ。

 全然強くないけど。


「試しに攻撃してもらうか」


 まるで俺の言葉を理解したかのように、キノココンはその太い体をすぼめ傘を閉じる。

 そして再び傘を開くと、そこからもわもわと緑色のガスが漏れだした。


「毒ガスだ。せっかくだから採取しておけ」

「う、うん」


 メディはカバンから試験管を取り出すと、おっかなびっくり毒ガスに近づけた。

 そして試験管をガスで満たし、栓をしてカバンにしまう。

 少しガスを吸い込んだのか、メディは軽く咳払いをした。


「ちょっと喉が痛いかも」

「毒性は強くない。お前が作ったポーションを飲めば、一瞬で収まるはずだ」

「分かった」


 メディは自分で作ったポーションを取り出し、ぐびぐびと飲み始める。

 その間に、俺は腰に携えていた剣を抜いた。

 上手く魔力を使ってシールドを張ることで、キノココンに近づいても毒ガスの影響を受けずに済む。

 まあ吸い込んだところで、時間が経てば治る本当に微かな症状しか出ないんだけどね。


「さらばだ」


 俺が毒キノコ改め雑魚キノコを斬り捨てると、後ろのメディはポーションの効果ですっかり元気を取り戻していた。

 彼女は剣をしまった俺に言う。


「毒ってやっぱり痛いね」

「そうだな。だがメディの解毒剤があれば、その毒から人を救うことができる。まあ、その逆に、メディの作る毒で敵を倒すこともできるが」

「うん。……でも、私は私が作った毒で、誰かが痛い思いをするのは嫌かも。アルガ様たちが戦う相手は、悪い人だから戦うんだと思ってるけど、それでもちょっと嫌かも。ごめんなさい、わがまま」

「いや、気にすることはない」


 実にメディらしい考え方だ。

 原作の彼女も、騙されていたとはいえ自分の作った毒で多くの人が無くなったことに傷つき、責任を感じて自ら命を絶つ選択をしてしまったのだから。

 彼女が俺の元にいる限り、できれば俺は、たとえ相手がどんな極悪人だろうとメディの毒で傷つけることはしたくない。

 俺だけではなく、メディの破滅フラグも壊滅させてあげたい。


「メディ」

「うん?」


 俺が名前を呼ぶと、メディはにっこり笑ってこちらを見上げた。

 アルガとして生きる以上、絶対に口に出しては言えないセリフだけど、守りたい、この笑顔。


「たくさんの人を助けられる薬師になれ」

「うん!」


 メディはさらにその笑顔を輝かせて、元気よく頷いたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る