第22話 時計の意図

 数週間後。

 俺はルッツが作り上げた巨大な時計を、フローラと一緒に見上げていた。

 場所は母の痕跡が発見された平原の近く。

 周りに他にいるのは、エルザとメディ、ラウラ、それにカールだけだ。

 母親がいなくなったのてから、すでに数年が経過していることもあり、葬儀を行うというよりは、完成した墓の前でしばし感傷にふけるような時間である。

 といっても、母の記憶を持っているのは俺とフローラ、カールの三人だけなんだけどね。


「あ、それはお母様の……」


 俺が取り出した腕時計を見て、フローラが小さく声を上げる。

 ずっと屋敷に保管されていたこの腕時計は、母が長年愛用していたものだ。

 壊れて針はもう動かないが、これは母がいなくなった時に壊れたのではなく、もっと前から止まったままだった。

 何でもこの時計は、俺たちが生まれる前、バカ親父が多少はまともな人間だった頃に、母へ贈ったプレゼントのひとつらしい。

 そんな思い出の時計を、壊れてもなお母はつけ続けていたわけだ。

 いつか、この時計をくれた時のような夫に、愛した人が戻ってくれることを願って。


 俺は母の名が刻まれたルッツ渾身の作品に近づき、あらかじめ空けておいてもらった空洞に、母の形見である腕時計を収めた。

 腕時計の針も、母親の時も、止まったまま。

 でも時間はそれらを置き去りにして流れていく。

 だから残された人たちは、前を向いて歩いていかなければいけない。


 フローラは大きな時計にそっと手を当てると、静かにまぶたを閉じた。

 そのまま数秒間、じっと動きを止める。

 きっと心の中で、母親に何かを語りかけていたんだろう。

 そして再び目を開けた彼女は、どことなくすっきりした顔をしていた。

 もちろん、母親がいなくなった痛みが消えることはないんだろうけど、ある意味では整理をつけられたのかもしれないね。


「行くか」

「はい、お兄様」


 気を遣ってか、少し離れて見守っていた他のメンバーの元へ、俺たちは並んで戻っていく。

 そして帰りの馬車へと向かい始めた時、エルザが俺の横でこそこそと囁いた。


「ねえねえ、アルガとフローラのお母さんってもしかしてさ……」

「どうかしたか?」

「いや、何でもないや」


 何かを言いかけたエルザだったが、言葉を飲み込むと頭の後ろで手を組んで空を見上げた。

 天気の良い青空に、いくつか白い雲が浮かんでいる。


「君が何も言わないってことは、私が考えすぎているだけか、あるいはまだ私たちに言うべき時がきていないかのどちらかだろうからね」

「ふむ。よく分かっているじゃないか」

「最近ようやく、君のことがちょっとは分かるようになってきたよ」


 ――やっぱりエルザは察したか。


 俺がわざわざ、墓と呼ぶには違和感のある巨大な時計を造らせたことで、フローラもその他のみんなも、俺が何かを裏で意図していることは感じ取っていた。

 でもどうやらエルザだけは、その意図するところが何かまで察したみたいだ。


「エルザ、お前の考えていることはおそらく当たっている」

「そっか。可能性は限りなく低いよ?」

「分かっている。ただ、0パーセントではない」

「そうだね。全く可能性がないよりはマシだよ」


 0パーセントではないとは言ったが、原作知識を持っている俺は知っている。

 その可能性が0パーセントではないどころか、100パーセントであることを。


 ――俺とフローラの母親は、生きている。確実に。


 母を連れ戻す。

 それもまた、俺がアルガ・キルシュライトとして生まれた以上、成し遂げないといけないことだ。

 そのために必要なのが、この大きな時計。

 ただ実際に行動を起こすのは、もう少し先のことになるんだけどね。


「……」


 俺は振り返って、存在感を放つ巨大な時計をもう一度だけ見つめた。

 二年でちょうど十秒の誤差が出るように設計された時計。

 止まった母の時が動き出すのは、今から二年後だ。

 ただそれまでに、やらなければいけないことが山ほどある。


「そういえばアルガ様」


 馬車に乗り込む俺に、御者席からカールが言った。


「王都フェルンハイムのヴァルエ王立魔法学校より、入学手続きの書類が届いておりました」

「そうか。家に帰ったら目を通す」


 ――いよいよだ。


 俺はフローラの横に腰掛けて、小さく息を吐いた。

 ヴァルエ王立魔法学校は、『無限の運命』の物語が始まる場所。

 俺たちの代の入学式から、“本編”の物語が動き始める。

 個性豊かな様々なキャラクターが集まるはずで、その中には当然――主人公もいる。


 もちろん、魔法学校に行けばそこにも様々な破滅フラグが潜んでいるわけで、それを避けるために初めから通わないという選択肢もある。

 でもそれは、目先の危機を遠ざけただけで、長期的な利益にはならない。

 ゲームでいうエンディングを迎えた後も、幸せに生きていくために。

 深く考えたうえで、魔法学校に通うことを俺はすでに決めている。


 キルシュライト家が再興し、ダイスラー家とそれに与する貴族家への確かな影響力を手にした今、“本編”が始まる前に達成したかった事項は大成功に終わった。

 ここからはさらに勢いを加速させて、【天地壊滅】の魔力と原作知識を活かし、破滅フラグも、原作ストーリーも、世界の運命すらも壊滅させていく。


 ――さあ、物語ほんぺんを始めようか。


 心の中で呟きながら、俺は馬車の揺れに身体を任せるのだった。





 ――第一章『キルシュライト家再興編』完。

   数話の番外編を挟んだ後、第二章へと続きます。

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