第11話 取引にならない取引

「ダイスラーってあのダイスラー?」


 エルザの問いかけに、俺は黙って頷く。

“五星”の一角であるアルバン・ダイスラーの娘であり、フローラの元婚約者のクルト・ダイスラーの妹。

 それが、俺たちを今、高い木の上から見下ろしている銀髪の少女ビアンカ・ダイスラーだ。

 年齢は俺と一緒。

 兄のクルトが家を継ぐことが既定路線とされているため、好き勝手遊んで自由を楽しんでいる道楽娘……というのが、世間一般的なビアンカの評価だ。


「アルガ・キルシュライト。傲慢怠惰が服を着て歩いているようなゴミ貴族と聞いていたけれど、ちょっとイメージと違うわね」


 ビアンカは木の上から、余裕の微笑みを浮かべつつこちらを見つめる。

 ただ、目が笑っていない。

 なかなかその奥にある思考が読み取れない、そんな瞳だ。


「ひょっとして、今まで流れていた悪評はあなたの演技だったのかしら。それとも……何かをきっかけに人が変わった?」


 人が変わった、か。

 言い得て妙だね。

 ビアンカの大きなキャラ設定のひとつに、恐ろしいまでの勘の良さがある。

 彼女は決して、俺が転生していることに気づいたのではなく、あくまでも直感のままに喋っているのだ。

 そしてその勘が当たることは、彼女自身も良く分かっている。


「気持ち悪いね」


 俺の隣で、ビアンカをじっと睨んだままエルザがぼそりと呟く。


「絶対負けるとは言わないけど、戦って絶対勝てるって感じもない。というか、まるで何を考えているのか読み取れない。相手にしたくないね、気持ち悪いよ」

「安心しろ。俺たちはビアンカと戦いに来たわけじゃない。話をしに来たんだ。それはビアンカの方も同じ。そうだろ?」

「物分かりが良くて助かるわ。そこの盗賊さんたちが起きて話を聞かれたら面倒だから、場所を変えましょうか」


 ビアンカの提案に同意し、俺たちは気を失っている盗賊たちのもとを離れる。


 ――狙い通り。完璧にビアンカを釣れたね。


 ビアンカの後をついて歩きながら、俺が内心ガッツポーズしていると、エルザがこっそり耳打ちしてきた。


「ねえ、アルガ。もしかしてだけど、初めからここに来たのはビアンカと接触するのが目的だったりして?」


 その通り。

 実はビアンカも、とある事情から魔国ブフードを倒したがっている。

 盗賊団と魔国ブフードの関わりを知っていれば、ビアンカは必ずカンドリニアの街で情報収集を行うはずだ。

 そこで俺たちが同じ事案を探っていると知れば、必ずこちらに接触してくる。

 そこまで見越したうえで、俺はカンドリニアの街にやってきたのだ。


「うーわ……」


 簡単にかいつまんで説明すると、エルザはため息とともに首を振った。

 とてもついていけないといった感じだ。

 いや、俺もまさか、ここまですんなりいくとは思っていなかったよ。

 ビアンカに出会えるまで、数日カンドリニアで粘る覚悟はしていたからね。


 ちなみに彼女が俺たちをわざわざ盗賊のもとへ誘導したのは、自分の計画に引き入れるのに十分な力を持っているか確かめるため。

 言ってみれば簡単なテストみたいなものだ。


「ここまでくればいいかしら」


 林を抜け、廃墟となった見張り塔に入ったところで、ビアンカが足を止めた。

 崩れた壁から射し込む月明かりだけが、唯一の光源だ。

 ちょっと暗いな。


「【光球】」


 俺は一般の光魔法で明かりを灯し、自分たちの周りを照らした。

 これでビアンカの顔をしっかり見ながら話すことができる。

 まあ、その顔から彼女の考えを読み取るのは難しいんだけど。


 ――それにしても、現“五星”と“五星”の娘が廃墟で対面とは、異例中の異例だよね。


 そんなことを考えていたら、ビアンカが先手を打って口を開いた。


「酒場で情報を嗅ぎまわっていたのは、私をおびき出すためのパフォーマンスと捉えていいかしら?」

「さすがの分析力だ。まんまと引っかかてくれて感謝する」

「それは嫌味? それとも本心?」

「さあな、お得意の勘に頼ってみたらどうだ?」


 ビアンカは依然として余裕の微笑みを崩さない。

 ただ内心では、俺と同じように、いかに相手を自分のペースに乗せるかを熟考しているはずだ。

 ただこちらとしては、ビアンカと接触した先の展開について、転生に気づいた時点から計画を立ててきた。

 それは俺の原作知識と、アルガの賢い頭脳があってできたこと。

 ビアンカと出会った時点で、ほぼ俺の勝利は確定している。


「俺とお前の間で、目的としていることはある程度一致しているはずだ。共通の敵は魔国ブフード、盗賊団、そして“五星”アルバン・ダイスラー。そうだろ?」

「あら、どうやら私が思っている以上に、あなたは情報を多くつかんでいるみたいね」

「取引をしようじゃないか。決して悪い話ではない」

「ちょ、ちょっと待ってねー」


 完全に置いてけぼりになりかけたエルザが、慌てて言う。


「どうしてキルシュライト領内の盗賊騒ぎに、ダイスラー家が絡んでくるわけ?」

「いたってシンプルな話だ」


 事の発端は……俺がダイスラー家からフローラを連れ戻したこと。

 キルシュライト家の没落を予想し、支援を打ち切る代わりにフローラを返してきたダイスラー家だったが、その思惑は外れた。

 俺たちが急激な回復を実現したことで慌てたアルバンだったが、彼はもともと魔国ブフードの一部のメンバーと繋がっていた。

 そこで魔国ブフードの力を借り、俺の領内の盗賊団を活発化させることで混乱を起こしつつ、その混乱に乗じてキルシュライト家を陥れようと計画を立てたのだ。

 言ってみれば、近頃暴れまわっている盗賊団はただの囮。

 一番の要である計画は、アルバンと魔国ブフードの間で秘密裏に進められている。


「アルバンは恐ろしいほどに強欲な男だからな。キルシュライト家は、アルバンにとって一度手に入ることを確信したもの。それが思い通りにいかないと悟れば、どんな手を使ってでも攻撃を仕掛けてくる」

「んーまあ、ダイスラー家が絡んでる理由ってのは分かったけど。でもダイスラー家が勢力を拡大するなら、ビアンカにとっては良いことじゃないの?」

「一見すればな。ただ、ビアンカは父親のアルバンより賢かったというわけだ」


 俺がビアンカの方に視線を送ると、彼女はお見事とでも言いたげに拍手した。

 おそらく、俺がここまで全てを知っていることは、ビアンカにとって想定外だったはずだ。

 それでも余裕の姿勢を崩さないのは、さすがといったところだね。


「魔国ブフード。あれは危険なんてものじゃないわ」


 そう言って、ビアンカはさらに言葉を紡いだ。


「あれは一国の貴族家が扱えるような代物じゃない。父は魔国ブフードを上手く扱っているつもりでいるけど、あれに深入りすればいつか必ず破滅する」

「じゃあビアンカは、魔国ブフードと父親の関係を止めたいってこと?」

「半分正解、といったところかしら。今回の件に関する私の最終的な目標は……父親と兄を始末した上で、私がダイスラー家のトップに立つことよ」


 ビアンカ・ダイスラー。

 家を継ぐことにはまるで興味がなく、その裕福な家庭環境を活かして好き勝手に自由を謳歌している道楽娘。

 しかしそれは、あくまで世間一般の評価に過ぎない。

『無限の運命』におけるいくつかのエンドで彼女が手にした称号、それは。


 ――『女帝』ビアンカ。


 権力などまるで興味のない道化を演じる仮面の奥に、恐ろしいほどの野心を隠し持ったキャラだ。


「本来だったら、父と兄を蹴落とすのはもっと先の計画だった。でもイレギュラーな事態が起きたの。それがあなたよ、アルガ」

「そうは言いつつも、お前はこれをチャンスだと捉えている。そうだろう?」

「ふふっ。その通りね」


 キルシュライト家が再興したことで、アルバンと魔国ブフードが原作にはない予定外の動きに出た。

 しかし、その状況すら、己の野心のために利用しようというのがビアンカという人間だ。


「魔国ブフードと私の父の計画を阻止したい点で、私たちの目的は一致している。カンドリニアには、キルシュライト領内に優秀な協力者を得られないか探りに来たのだけれど、まさか領主本人と出会えるとは思わなかったわ」

「ふむ。エルザにも何となく大筋が伝わったところで、話を続けるとしよう」

「そうね。取引と行きましょう。私から提示する条件は……」

「条件はすでに決まっている。俺がお前に提供するのは、ダイスラー家の当主の座。その代わり、当主となった際には“五星”の座を降りろ」

「は?」


 ここまで余裕を保っていたビアンカの顔から、初めて微笑みが消える。

 エルザも何を言いだすんだという顔をしているが、俺は構わず続けた。


「何か勘違いしていないか? この取引において、俺とお前の立場は対等ではない」


 アルバン・ダイスラーは強者ではあるものの、現“五星”の中では最弱。

 だからこそ魔国ブフードのような危険物に手を出すとも言えるけど、とにかくアルガの才能と原作知識を組み合わせれば十二分に勝算のある相手だ。

 つまり、俺が単にアルバンの計画を止めたいだけであれば、ビアンカの協力はマストではない。

 俺が彼女と接触した本当の目的は、アルバンを倒すためではなく、その先――キルシュライト家を過去にない繁栄に導くこと。

 要はダイスラー家の中でビアンカは倒さないでおいてあげるから、その代わりに俺の言うことを聞いてよねってことだ。


「貴族でなくなれと言っているのではない。ただ“五星”を降りろと言っているだけだ」

「そんな条件を私が飲むとでも?」

「どの選択が正解かは、そのよく当たる勘に聞いてみたらどうだ?」


 ビアンカ自身も深淵魔法の才を持ち、戦闘力はかなり高い。

 しかし俺と違って、現時点でアルバンと真っ向から戦って倒せるほどの力はない。

 それが分かっているからこそ、彼女は協力者を探していたわけだ。


 アルバンと魔国ブフードを止めなければ、ダイスラー家は破滅すること。

 俺がアルバンに勝てるだけの力を持っていること。

 ビアンカだけではアルバンにも俺にも勝てないこと。


 持っている情報と、もはや才能とすら言える恐ろしいほどよく当たる勘をもとに、ビアンカの頭の中にはこの三つの事実が突きつけられる。

 そうなれば、彼女が出す結論はただひとつだ。


 ――とにかく今は目先の破滅を回避するために動きつつ、自分が主導権を握れる機会を探る。


「分かったわ」


 その顔に微笑みは戻らず、悔しげな表情が浮かんでいるが、ビアンカは俺の出した条件を飲んだ。

 彼女にしてみれば、一番計算外だったのは俺がきちんと修行を積んでアルバンを倒せるほどの力をつけていたことだろうね。

 それさえなければ、協力者を得た上で父の計画を止め、さらにはこれを好機とキルシュライト家の制圧まで乗り出すという今とは逆の展開すらありえたかもしれない。


 ……いやそもそも、俺が家を立て直したから、ビアンカの計画が狂って早々に行動しなきゃいけなくなったのか。

 俺が破滅フラグ回避のためにやったことが、今度は誰かの破滅フラグになる。

 うーん、皮肉なもんだね。


 でも正直、俺にメリットがあるとはいえ、当主の座と貴族家としての存続を保証している時点で、相当優しい条件だとは思うよ。

 これが他の“五星”とかだったら、ビアンカの身柄すら保証されなかったはずだ。


「アルバンとクルトの処理に関しては、最終的にはビアンカ、お前に任せる。“五星”が闇の組織と悪事を企てていたとなれば一大事だが、それをお前が防いだことにすれば、家が取り潰されるような事態は避けられるだろう」


 ダイスラー家が取り潰されるより、言ってみれば俺の傘下的な形で存続してくれた方が、何かと都合が良い。

 そういう狙いも含めて、せめて表向きの手柄はビアンカに譲ってあげるというわけだ。

 まあ戦うのは俺なんだけどね。


「あー、よく分かんないけど話まとまった感じ?」


 もはや途中から聞くのを諦めていたまであるエルザが、ピリピリとした緊張感を崩すような声色で言った。

 私、何でここにいるの? とすら思ってそうで、申し訳なくなってくる。

 でもちゃんと、この後エルザにも仕事はしてもらうからね。

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