第10話 カンドリニアの街
「それで、この格好は何なのさ」
領内西部、盗賊団の拠点に最も近い街カンドリニア。
賑やかな夜の街で、俺から手渡された仮面をつけたエルザがため息と共に言った。
俺たちは黒のマントを身に纏い、頭もフードですっぽり覆っている。
それに顔の上半分を隠すシンプルな黒の仮面。
某探偵アニメの黒ずくめの組織だって、こんなに黒い格好してない。
「アルガ・キルシュライトだとバレては、街のなかで思うように動けなくなるからな。これなら、誰も俺たちだとは気付かない」
「んーまあ、そりゃそうなんだけど。怪しさは満点だよ?」
「安心しろ。この街では、怪しいやつなんかそこかしこにいる」
盗賊の拠点が近いだけあって、この街の治安は決して良いとは言えない。
犯罪者と普通の市民が日常の中に混在するグレーな地域なのだ。
「まずは酒場に行くぞ。酒場は情報の宝庫だからな」
様々な人が集まる酒場では、アルコールの酔いも手伝って、普段は聞けない色々な会話が飛び交う。
情報を集めるのには、最適な場所だ。
俺とエルザは、変装した姿でひときわ賑わいを見せる安酒場に入った。
テーブル席が酔っぱらいたちで満席のなか、かろうじて空いていたカウンターの端っこに位置を取る。
客層は多種多様で、この街で暮らす一般人や旅人、商人、さらにはどうもカタギではなさそうな輩まで、酒を手に会話を交わしていた。
「ひとまず、乾杯だね」
「そうだな。乾杯」
エルザと乾杯をして、俺は手元のジョッキを見つめる。
この世界で飲酒ができるのは十五歳からで、俺はまだ十三歳。
ただこのカンドリニアの街では、いちいち年齢確認などされない。
別に飲んだところで、誰に怒られるわけでもないんだけど……。
――やめとくか。アルガの酒耐性がどんなものか分からないしね。
万が一、アルガが酒激弱だった場合、飲んでしまったら情報収集どころではなくなってしまう。
エルザはぐいぐい飲んでいるけど、まあ彼女はお酒強そうだし問題ないかな。
俺が飲むふりをしてジョッキを置くと、目にもとまらぬ速度でエルザがそのジョッキを手に取り、一気に飲み干した。
そして謎のVサインを見せる。
「さすがに片方だけジョッキが減らなかったら、不自然だからね」
「泥棒の悪い手癖ではなく、善意だと」
「あったりまえじゃん。君ってたまーに私の評価ひどいときあるよね」
そう言いながら、エルザはマスターにおかわりとつまみを注文した。
運んできたマスターに、俺はさりげなく話を切り出す。
「マスター、最近ここらの盗賊団がなかなか元気らしいじゃないか」
大柄なマスターは、ジョッキとつまみを置くと、忌々し気な口調で言った。
「元気なんてもんじゃねえよ。大暴れさ。奪った金で酒を飲みに来てくれるってんならいいが、奴らは商人から金も酒も奪い取るからな。仕入れるはずだった酒は入って来ない、客足も減る。こっちの商売はあがったりだよ」
「大変だな。どうして急に盗賊どもが暴れ出したのかについては、何か知ってるか?」
「いんや、詳しくは知らねえよ。噂はいろいろあるみてえだけどな。……おっとわりぃ、お客様がお呼びだ。今日は割と繁盛してるからよ」
そう言うと、マスターは別の客のところへ注文を取りに行った。
マスターは詳しく知らないと言っていたが、やっぱり盗賊団が勢力を増していて、その原因について怪しげな噂が立っていることは、間違いないようだ。
「ここの客たちの話題にもちょくちょく盗賊の話は出るけど、なかなか有力な情報はないねぇ」
ひそひそと耳打ちしてきたエルザの言葉に、俺は黙って頷く。
どうやら俺がマスターと喋っている間も、ずっと会話に聞き耳を立ててくれていたようだ。
「ふむ。どうしたものかな」
相変わらずのペースで酒を飲むエルザの横で、俺が呟いたその瞬間。
不意に背後からこもった声がした。
「魔国ブフード」
俺たちはとっさに、声のした方を振り向く。
するとそこには、大柄なピエロが立っていた。
顔にペイントしているのではなく、ピエロの仮面をかぶっているようだ。
カラフルな服装も相まって、怪しさでいえば百点満点だね。
“ただものじゃないよ。”
そんな視線を、エルザが送ってくる。
見事に俺たちに気配を感じ取らせなかったからだろう。
そして何よりも、ピエロが口にした「魔国ブフード」という言葉。
こいつは間違いなく、重要な情報を握っている。
「魔国ブフード」
まるでさっきの声の録音再生かのように、ピエロは同じトーンで同じ言葉を繰り返す。
そしてくるりと踵を返すと、酒場の出口へと歩き始めた。
「追うぞ」
「はいはい」
俺は金をカウンターに置くと、エルザと一緒に酒場を出る。
月明かりが照らす夜の街。
ピエロは俺たちを待っていたかのように、こちらを酒場の入口を見ながら道に立っていた。
ホラー映画に出てきそうな光景だね、二歳は泣くよこれ。
「……」
ピエロは何を語るでもなく、唐突に駆け出した。
俺たちも慌ててその後を追う。
走ると土埃が舞う道を走り、街の門を抜けて少しのところにあるほとんど人の寄り付かないエリアまでやってきた。
今はもう廃墟となった見張りの塔があり、それは木々に囲まれてちょっとした林のようになっている。
ピエロはその林のなかで、唐突に姿を消した。
「あらら、見失っちゃった」
辺りをきょろきょろ見渡してから、エルザが肩をすくめる。
そこそこ大柄なピエロだったはずが、確かに見える範囲には影も形もなかった。
「ピエロだし、急に話しかけてくるし、かと思ったら走り出すし、消えちゃうし。怪しさ満点じゃん」
「だから言っただろう。俺たちの黒仮面と黒マントくらいでは、この街じゃ怪しいに入らないと」
「いやいや、あのピエロは例外すぎるでしょーよ」
エルザが呆れたように両腕を広げた瞬間、ガサガサと落ち葉を踏む足音が聞こえてきた。
それも一つではない。
最低でも八人。
俺たちを囲い込むように、じわじわと距離を詰めてきている。
「あー、これもしかして、罠にはまっちゃったってやつ?」
どう考えても好意的ではない、殺気全開の接近者。
この頃ここらを騒がせている盗賊団の一部に間違いない。
――罠か。確かにそうとも言えるね。ピエロ……いや、彼女がここへ俺たちを誘導したのは、盗賊がいると知ってのことだろうし。
「そういえばさ、出かける前かわいい妹ちゃんに“戦うつもりはない”とか言ってたよね」
「さあ、覚えていないな」
「うーわ。まあいいや。半分は私にやらせてよ」
俺とエルザは背中合わせになり、近づく盗賊たちに向けて構えを取る。
一年前は二十センチほど上にあった彼女の頭も、少し近くなった気がするな。
本編が始まるころには、身長も追い抜いているかもしれない。
そんな全く関係ないことを考えていると、盗賊たちが木々の向こうから姿を現した。
全部で八人。
みんな剣や槍、こん棒などで武装している。
リーダー格らしき、一番ごつい男が口を開いた。
「お二人さんよお。夜の散歩とは洒落た趣味だが、もう少し場所を選ぶべきだったな」
まるでその言葉が合図だったかのように、盗賊たちが一斉に飛び掛かってくる。
と同時に、俺とエルザも動いた。
「うおりゃ!」
先陣をきって、リーダー格の男が俺に突っ込んでくる。
上から振り下ろされた長剣を、俺は難なくひらりとかわした。
そしてバランスを崩した男の脇腹に、強烈なキックを見舞う。
魔力による身体強化で筋力超アップ中だから、効くよぉこれはぁ。
「がはっ……!」
地面に転がったリーダーを見て、他の盗賊たちは動きを変えた。
ただただ勢い任せに仕掛けてくるのではなく、連携して戦おうとする。
「【魔防壁】」
エルザが一般魔法の防壁を発動した。
……俺とエルザの間に。
「何のつもりだ?」
「いやー、君に一撃で全員やられたらつまんないからさ。半分こ、ね」
一直線に展開された防壁は、俺とエルザだけでなく、盗賊たちも分断する。
俺の方には地面にうずくまったリーダーを含めて四人、エルザの方にも四人。
「余裕ぶっこきやがって!」
正面と左右から、三人の盗賊が一斉に襲い掛かってくる。
――勝負にならないね。
いくら複数対ひとりだろうと、そもそもの戦闘能力が違い過ぎる。
俺は飛び上がると、右脚で回し蹴りを一閃した。
「「「がふっ……!」」」
まとめて蹴り飛ばされた盗賊は、エルザが展開した防壁に叩きつけられ、完全に意識を失う。
それと同時に、エルザの側でも四人の盗賊が転がった。
みんなピクリとも動かず、エルザの魔力がわずかに上昇している。
どうやら、失神するくらいの量の魔力を強奪したらしい。
「くそっ……なめやがって……」
吐き捨てるように言いながら、ふらふらと立ち上がったのは、さっきまでうずくまっていたリーダーの男。
こいつだけは、まだ完全に意識を失ってはいなかったみたいだね。
「こうなったら……!」
盗賊のリーダーは懐から小さな瓶を取り出すと、中の怪しげな液体を一気に飲み干した。
あの瓶に俺は見覚えがある。
瞬間魔力増強ポーション。
それが瓶の中身の名前だ。
そしてこのポーションの作成元は……魔国ブフード。
「やめておけ。身を滅ぼすぞ。……と言っても、もう飲んでしまっては後の祭りか」
瞬間魔力増強ポーションは、その名の通り、瞬間的に使用した者の魔力を増やす。
ただ問題なのは、その副作用だ。
そもそも魔力にとって身体は器のようなもので、人それぞれこれ以上は入らないという限界値がある。
もちろん、その器は修行によって大きくすることができるため、魔力の限界値を向上させることはできるのだが、このポーションはそういった過程を無視して、ただひたすらに魔力だけを増強させるのだ。
結果として、増えた魔力の量が限界値を上回った場合、器が壊れる。
つまり、使用者の身体が滅びてしまう。
原作のストーリーでもこのポーションのせいで破滅したキャラが何人いたことか。
「ぜえ……はあ……」
――間違いなく魔力は増えた。でもかなり苦しそうだね。
盗賊の身体を強力な魔力が包む代わりに、その顔全体には脂汗が浮かぶ。
呼吸もかなり苦しそうだ。
「【紅火炎】!」
盗賊が轟々と燃え盛る炎を放つ。
しかし。
「【魔防壁】」
俺が展開するありふれた一般魔法が、その炎をあっけなく防いだ。
しかし盗賊も諦めない。
「【紅火炎】!【紅火炎】!【紅火炎】!」
怒涛の三連射。
おそらく、この炎魔法【紅火炎】が、彼にとって一番自信のある魔法なんだろうね。
ただ残念なことに、いくらポーションを使ったといっても元の魔力が違いすぎる。
「くそっ……! どうして攻撃が届かねえ……!」
「単純な話だ。地力が違う」
「バカ言え! このポーションは最強の秘薬なんだ!」
「哀れなものだな。どうやらお前は、最強という言葉の意味を知らないらしい」
瞬間、俺は魔力を解放する。
深淵魔法【天地壊滅】の力を込めた漆黒の魔力が辺り一帯を包み、木々の枝も地面も地震のように、そして空気までがビリビリと振動した。
「はーあ。相変わらず気持ち悪い魔力」
後ろでもう見慣れたかのようにぼやくエルザとは異なり、盗賊は衝撃のあまり身体が固まる。
きっと彼の頭のなかでは、本能が“今すぐにでも逃げるべき”と警告を発しているだろう。
しかし、瞬間魔力増強ポーションにより苦しむ彼の身体がそれを許さない。
それどころか、戦意の喪失はその器の崩壊が始まることを意味していた。
「がはっ……!」
盗賊の口から、大量の血が溢れ出す。
まるで一時的に得た魔力が血になって身体から出ていくように、彼は吐血を続け、みるみる魔力は消滅していった。
「ばけ……ものめ……」
その言葉を最後に、盗賊は意識を、いや命を失う。
うん、見ていてあんまり気分の良いもんじゃないねこれ……。
「妙な薬だったねぇ」
いつの間にか防壁を解除したエルザが、瞬間魔力増強ポーションが入っていた瓶を拾い上げる。
空になった瓶が、月明かりに照らされて一瞬きらりと光った。
「魔国ブフードの産物だ。盗賊団と魔国ブフードが絡んでいる決定的な証拠だな」
「へえ、これが」
しばし興味深げに瓶を眺めた後、エルザはそれを懐にしまった。
すると、不意に頭上からパチパチという軽快な音が聞こえてくる。
見上げてみれば、一本の木の枝の上で、さきほどのピエロが拍手をしていた。
「お見事よ。さすがだったわ、アルガ・キルシュライト」
「おやおや? なんかバレちゃってない?」
驚くエルザにちらりと顔を向けてから、ピエロはおもむろにその仮面を取った。
美しい銀髪がふわりと広がり、端正な顔立ちが露わになる。
俺は「ふん」と鼻を鳴らすと、彼女に呼びかけた。
「ようやくまともに会話する気になったか? ビアンカ・ダイスラー」
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