第7話 冒険者ギルド

 ギルドの扉を開けると、濃厚な酒と獣脂の匂いが漂ってきた。長い木製のカウンターには頑強な冒険者たちが座り込み、酒杯を傾けながら獲物の話に花を咲かせている。壁には依頼書が並び、蝋燭の光に照らされて紙の端が微かに揺れていた。


「さて、早速だけど報酬の追加をお願いしたいの」


 ルティは堂々とギルドカウンターに腕をつき、ギルド長をまっすぐに見据えた。カウンターの奥には、筋骨隆々とした男——ギルド長マルス・エルヴィンが腕を組んで座っている。屈強な戦士然としたその風貌は威圧的だったが、ルティの前では何故か肩を竦めている。


「追加報酬だと? 何の話だ?」


「ロックバード討伐の追加報酬よ。アタシが討伐したロックバードの羽根は、良質な矢羽としても売れるでしょう? ディシュバーニー相手なら良い交易ができるはずよ」


 マルスは顔をしかめながら、苦々しくため息をついた。


「お前なぁ……俺に国を相手取っての商売が出来ると思うか?それにな、今回の規定じゃ追加報酬なんて……」


「でも、ちゃんと討伐したのよ? アタシが仕留めた証拠だってあるわ」


 ルティは腰のポーチからロックバードの羽根を取り出し、テーブルに並べた。見事な艶を持つ巨大な羽がカウンターの上で揺れ、周囲の冒険者たちの視線が集まった。


「あのまま野放しにしても良かったのよ」


「……チッ、分かった。追加で銀貨⑶枚ってところだ」


「ありがとッ!」


 満足げに銀貨を受け取ったルティは、次の要求へと移った。


「それと、この男のギルドカードを発行してほしいの」


 マルスはリュウジを見上げ、険しい顔をした。


「そいつ、どこの出身だ?」


「フジサキ・リュウジよ」


 その名を聞いた瞬間、マルスは片眉を上げた。


「フジサキ……聞いたことのない姓だな。お前、どこから来た?」


 リュウジは口を開きかけたが、ルティがさっと前に出た。


「まぁまぁ、ギルドカードがないと正式な仕事も受けられないし、宿泊施設の利用もできないでしょう? 時間はかかってもいいから、発行をお願い」


「……仕方ない。だが、時間はかかるぞ。それまでこいつの身柄はギルドが預かる」


 リュウジは小さく肩をすくめた。


「まぁ、安全が確保されるなら問題ないか」


 マルスは渋々ながらも書類を引っ張り出し、ギルドカードの発行手続きを始めた。


「……フジサキ……ニッポン……? こんな聞いたこともない地名、どう登録すりゃいいんだよ……?」


 呟きながら紙にペンを走らせるマルスの横顔を、リュウジは苦笑しながら見ていた。


◇ ◇ ◇


 ギルドの一角でルティから説明を受ける。


「コッチが冒険者ギルド。向かいにあるのが商業者ギルドよ。冒険者ギルドは討伐依頼が主。武器や防具を扱ってるわね。商業者ギルドは採取や商業関連の依頼がメインで、ポーションや薬草関係が多いわ」


「つまり、武器屋と薬局みたいなもんか?」


「そうね。でも気をつけなさい。正式に登録されたギルドなら問題ないけど、中にはインチキ商売の連中もいるのよ。名ばかりのギルドで、実際にはギルドの公認登録なしの闇商人もいるから、安易に契約はしないことね」


 リュウジは額を押さえながら、小さく笑った。


「異世界でも商売の仕組みは変わらないってことか……」


「それと、ここが今日からお世話になるアンタの寝床よ。ギルドカードができるまでは、夜は外をうろつかないこと。分かった?」


——郷に行ったら郷に従え……か


「わかったよ」


 「よろしい」と、ルティが布袋を投げてよこす。中を覗くと、パンのようなものが入っていた。


「……なぁ、これ、もしかして菓子パンか?」


「ん? まぁ。甘いパンくらいしか、ギルドの食料庫になかったのよ」


 リュウジは改めて異世界にいることを実感しながら、袋を手に取った。異世界での初めての宿泊場所が、まさかのギルドの雑魚寝部屋とは波乱続きだな。


 しかし、落ち着いたのも束の間。ルティが部屋を出て程なくして、再び舞い戻る。


「リュウジ!」


 突然、ルティが駆け込んでくる。肩で息をしながら、鋭い目で彼を見た。


「緊急クエストよ」


 リュウジは食べかけの菓子パンを口からぽとりと落とし、目を丸くしてルティを見つめた。


「……まず、ノックしような?」


 とりあえず漏れたリュウジの言葉に、ルティは小さくコクリと頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る