第6話 王都ロゼルディア
草原の彼方に浮かび上がる城壁。その中央、陽光を浴びて白く輝く跳ね橋が、渓谷を跨いで堂々と存在感を示していた。
「——あれが、王都ロゼルディア……」
リュウジは目を細め、息を呑んだ。崖を削り出したような地形に築かれたその都市は、現代の城塞都市を思わせる構造をしている。渓谷に囲まれ、四方を断崖絶壁に守られた天然の要塞。
「王都」という言葉から連想される華やかさとは裏腹に、跳ね橋の入り口。都市の外縁部には荒廃の色が濃かった。断崖絶壁に連なる簡素な住まいは、日干しレンガと色褪せた布を組み合わせた粗末な造りだ。草原から街道を進むにつれ、リュウジはその光景に眉をひそめた。
「思ったよりも……貧しいんだな」
ルティがリュックを背負い直しながら答える。
「王都って言っても、全部が栄えてるわけじゃないのよ。ロゼルディアは宗教都市でもあるけど、富は中心部——大聖堂と貴族街に集中してる。跳ね橋の通過許可証のない外縁部の住人は日々の食事にも困ってるくらい」
リュウジは唇を引き結んだ。遺跡で得た干し肉を作っていたが、ここでは逆効果だ。魔獣の肉を食べることは禁忌とされているとルティに言われ、仕方なく草原で全て廃棄してきたのだ。
「早く橋を渡らないと、腹を空かせたまま夜を迎えることになるわよ」
ルティの言葉に、リュウジは歩調を速めた。跳ね橋は夕刻になると上がり、夜間は渡れなくなるらしい。向かい風に乗って都市の匂いが漂ってくる。麦と乾草、少しの香辛料——そして、どこか焦げたような臭い。
跳ね橋の手前では、荷馬車が列を成していた。衛兵が荷物を検査し、通行税を徴収している。リュウジはルティに促され、列の後ろに並んだ。
「身分証はあるのか?」
「ギルドカードがあれば十分よ」
ルティは腰に提げた革のカードケースを指差した。リュウジは苦笑しながら頷く。
「おい、次だ!」
衛兵に呼ばれ、二人は前に進んだ。リュウジはルティの後ろで黙って成り行きを見守る。衛兵は鋭い目つきでリュウジを見据えた。
「お前、見慣れない顔だな。どこの出だ?」
「……商人の従者です。主人と逸れてしまって」
即興の言い訳に、衛兵は怪訝な顔をしたが、ルティが銀貨を屈強な男の袖の下へと滑り込ませると態度を和らげた。
「冒険者か。なら問題ない。通れ」
重々しい鎖の軋む音とともに、跳ね橋が足元に確かに接地した。リュウジは一歩、そしてもう一歩と橋を渡る。足元を覗けば、暗闇の渓谷が口を開けている。底は見えず、水音すら届かない。
「この渓谷、昔はグリフォンの巣だったって伝承もあるわ。でも、公式の経典には『ドラゴンより賜りし聖地』と記されてる」
「どっちにしても、落ちたら終わりってことだな……」
橋を渡り切ると、そこは王都ロゼルディアの玄関口だった。石畳の広場には露店が立ち並び、コンビニ弁当のような総菜箱や菓子パンに似た袋詰めの甘いパンが並べられていた。具材は異世界のものだろうか?見た目はリュウジにとって馴染み深いものばかりだった。
その場にいる住人たちは疲れた表情で品物を眺めるだけで、実際に購入する者は少ない。痩せこけた子供が親の服を引っ張りながら、羨ましそうに食べ物を指差しているが、母親らしき女性は寂しそうに首を振った。商人たちも、売れ残った総菜を前に、ため息をつく者が多い。
「……思った以上に厳しい状況みたいだな」
リュウジが呟くと、ルティは肩をすくめた。
「この街で生き抜くには、腹を満たす手段を見つけるしかないわ。さ、冒険者ギルドへ行きましょ。まずは生活基盤を作ることは定石でしょ」
彼女に促され、リュウジは石畳を踏みしめて歩き出した。異世界での新たな挑戦が、静かに幕を開けようとしていた——。
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