【短編】(株)ヒトツナグ

難波武尚

(株)ヒトツナグ

 雑居ビルの一室で、ひっそりと事務所を構える(株)ヒトツナグ。

 従業員数2人の小さな会社だ。


――ドンッ!!

「社長!! いくらヒマだからって、寝ないでください!」


 デスクを叩きながら大きな声を上げたのは、唯一の従業員の神崎かんざき 明日香あすか。入社1週間の新人で、真面目を絵に描いたような人物だ。


 そんな彼女に怒鳴られている男は、四谷よつや 誠実まこと。この会社の社長である。という名前とは裏腹に、何かにつけてだらしない男だ。


「んぁ…?」

間抜けな声を上げ、

「ふぁ~~」

暢気に背筋を伸ばしながら、誠実が目覚めた。


 明日香は、この会社に入社したことを早くも後悔し始めていた。


 それというのも、この1週間、仕事らしい仕事もなく、ただただ時間を浪費しているようで不満が募り、さらには、散見される社長のだらしなさが、生来の性格上、許せなかった。


「あ、神崎さん。あれ? 俺、寝てた?」


「と・ぼ・け・な・いでください!!」


「え~。そんな怒らないでよ。そんなに眉間にしわを寄せていたら折角の美人が台無しだよ?」


「誰がこんな顔にさせてるんですか!? 誰が!!」


「え? 俺? ここには君と俺しかいないわけだから、俺だと結論付けざるを得ないよね」


「もぉ、やだ…」


(先輩がここまでだらしないなんて思わなかったよ)


 彼らは、同じゼミに所属していた先輩と後輩の間柄だ。明日香は、誠実が大学生のうちに起業し、この会社を始めたのは、素直にすごいと思った。しかし、朝から夕刻まで二人きりの事務所にいることで、真面目な明日香には許容できない誠実のだらしなさが浮き彫りになっていた。


 明日香は「ふぅ」と、ため息をつくと、

「先輩」

入社前までのように誠実まことに呼びかけ、


「なんで、私を雇ったんですか?」


「へ?」


「だから、、私を雇ったのか、教えてください」

(仕事もないのに…)言外に皮肉を込めて質問をした。


 二人の間に沈黙が下りる。


数秒の後、

「それは、独りは、寂しいからだよ」

いつになく真剣な誠実の応えは、明日香の思いも寄らないものだった。


 明日香は数瞬の間、呆気にとられ、


『人って、何でこんなに寂しくなるんだろうね』


 何かの折、二人で並んだ雑踏の中、信号待ちをしながら呟かれたそれを思い出していた。


 そんなことがあった後の昼下がり、

「ピーンポーン」

事務所のドアフォンが、鳴らされた。


 明日香がドアを開けると、そこには、草臥れた男性が佇んでいた。


「いらっしゃいませ。ヒトツナグへようこそ」

明日香は、その来客に明るい声を掛け、招き入れた。


 男性は、額の汗をハンカチで拭いながら、ペコペコとお辞儀をしつつ、キョロキョロと事務所を見回りながら後に続き、普段は社長がベッド代わりにしている来客用のソファへと誘われた。


「ようこそいらっしゃいました。私、こういう者です」

誠実は、その客の対面で名刺を渡すと、「どうぞ」と身振りを交え着席を促し、自身も座った。


「どうも、どうも」

男性も促されるままに席に着くが、それほど暑くない室内で、額の汗をハンカチで拭い続けたままだ。緊張の現れだと思われる。


 暫し、沈黙が室内を包む。


「どうぞ」

奥から盆を持って現れた明日香がお茶を出し、そのまま誠実の隣の席に座りメモを取る準備をした。


「え〜、では、初めてお越しいただいた方、全員にお聞きしていることなのですが、当社の事業について、どの程度お知り頂いておりますか?」


 沈黙を破ったのは、誠実だった。普段のだらしなさを、被った猫で覆い隠し、にこやかに、誠実せいじつな青年に見える物腰と安心させる声音で質問を投げた。


「あ、はい。知人に紹介を受けまして、こちらのサービスを利用すれば独り身を解消できると…」


「ええ。ええ。概ね知っていただけているようで安心しました。


(え?)

 唐突に、名を呼ばれ、黒岩は目を見張り、目の前の男を警戒した。


「ああ、驚かせてしまいましたね。いえ。そんなに警戒しないでください」


「いや…しかし…どうして…私の名前を?」


「私の特技とでも申しましょうか。まぁ、種を明かせば何のことはない。ただのです」


「推察…ですか…?」


 何か、飲み込めないものを飲まされたような表情で黒岩は呟いた。


「ええ。好きなんですよ。推察」


 どこまでも朗らかな笑顔で誠実は応対していく。


 明日香は、何やら面白いことが始まったと、少し嬉しくなりながらも、表情には出さず、すまし顔でメモを取る。


「さっき、黒岩様は、「知人の紹介で」と仰いました。で、あるならば私が過去に対応したお客様のお知り合いだということが分かります。次に、その方は誰か? を模索します。きっと、お知り合いの方に紹介したくなるほど私共の仕事にご満足を頂けた方なのでしょう。また、その方を黒岩さんは、「知人」と表現されましたが、もう少し近しいご友人のような印象を受けました。ただし、日常的に接しているわけでは無さそうでもあった。数年間も会わない間柄だと思ったのです。では、その方とは? 

恐らく、黒岩様の学生時代のご友人の白木様。では?」


「当たって…います。しかし、どうしてそこまで?」


「申し訳ありません」


 そこで、誠実は、ガバリと頭を下げ謝罪した。


「と、言うのは、冗談でして、つい先日、白木様よりお礼のメールをいただきました。その文面の中に黒岩様のお名前が有ったのです。おふざけが過ぎましたこと、重ねて謝罪申し上げます」


「何だ、そうだったんですね。四谷さんも人が悪い」


 黒岩は、怒るでもなく、ここへきて初めて、硬かった体から力を抜いて、表情を和らげた。


(ちょっとだけワクワクしちゃったじゃない! 私のワクワクを返せ!!)


 明日香は、口には出さなかったが、盛大に毒づいた。


 そんな内心を知ってか知らずか、誠実は、頭を掻きながら弁明をする。


「ええ。すみません。しかし、推察が趣味だというのは、本当です」


「趣味、ですか」


「ええ、まぁ」


 黒岩は、そこで、出されたお茶に口を付けて言った。


「でしたら、私が今日ここに来た目的も得意のご推察でお分かりでは?」


「ふむ」


 考え込む誠実に、意趣返しではないが、少々意地が悪かったかと、黒岩が後悔しかけたその時だった。


「将来の伴侶。しかし、意中のお相手は現在いらっしゃらない。そんな方との縁をお求めでは?」


 しっかりと目を合わせて誠実が言った。黒岩は、その瞳に吸い込まれるように息を吞んだ。誠実の瞳は爛々としており、こちらの内側を全部、曝け出されてしまうという錯覚さえも覚えながら。


「できますか?」


 質問に質問で返す黒岩は、言外に図星であると認めたようなものだった。


「できます」


 誠実は、はっきり、きっぱりと肯いた。


 明日香は、何かが始まった瞬間に立ち会い、身震いした。


…それから後、一通のメールが会社に届いた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 (株)ヒトツナグ 四谷様、神崎様


 先日は、誠にありがとうございました。無事、入籍を済ませホッとしております。


 しかしながら、この2年半は、狐に抓まされたような不思議な日々の連続でした。あなたの指示で行ってきた全てがこの結果につながっているのだと、よくよく思い返せば分かるのですが、それでも不思議でならないのです。


 貴方は、推察の結果だと仰いましたが、良く当たる推察は、それはもう予言ではないのかと、一種の宗教だとすら思えるのです。


 それでも、あの日、勇気を出して、あのドアをくぐって良かった。


 貴方や神谷さんが繋いでくれた家内とのえにし。大切にしていきたいと思います。


 ヒトツナグ様の益々の発展を祈って。


 黒岩 正男


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 添付された写真には、チャペルを背景に笑顔の黒岩に寄り添う優しげな女性が写っていた。

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