第39話 コンクール当日

「むぁ……ふっ―――はぁ~」


 朝、目覚ましの音で起きると、いつもと違う部屋に驚いて意識がハッキリとする。

 そうだ、ホテルに泊まってるんだった。


「うぅ、トイレ――ん?」


 切迫感を感じて、ベッドから起き上がろうとしたら、何かが私のお腹をガッチリと掴んでいて起き上がれない。


 布団をバサッとめくると、アリスが私に抱き着くようにしてスヤスヤと眠っていた。


「アリス、起きてってば」

「んんっ……すぅ、すぅ――」


 こ、これはまずい!!

 昨日いつ寝たか分からないけど、小学校と中学校の頃の話が盛り上がってしまって、寝落ちしたのは結構遅い時間だったと思う。


「くっ……今日がコンクールでなければ、多少強引に手を引きはがすんだけど……」


 今日だけは、アリスの指に何かあるとお互いにまずい。

 アリスの低血圧は変わってないし、あんまりやりたくないんだけどなぁ……。


「こちょこちょ~」


 と言いつつ、アリスの脇腹をツンツンとつついてみた。

 やはり効果覿面こうかてきめんのようで、アリスは寝ながら身悶みもだえ始めた。


 両手を使って脇腹を刺激し始めると、一分も経たずにアリスは目を覚ました。


「っ――あ、あはは! や、やめてっ! やめてください!!」

「アリス、私の服から手を放して!」


 息も絶え絶えといった様子で、アリスが私の服から手を放す。

 その瞬間、ベッドから飛び起きると私はトイレに駆け込んだ。


 …

 ……

 ………


「ふぅ、危なかったぁ~」

「ご、ごめんなさい、和奏ちゃん……」

「本当に危なかったんだからね!?」


 トイレから出ると、アリスが顔を真っ赤にしながら謝ってきた。

 多分、昨日のことを思い出して、羞恥心しゅうちしんさいなまれていたんだろう。


 ベッドの上に座っているアリスの頬に、冷水で少し冷えた手を添えた。


「ひゃっ」

「これで許してあげる」

「……はい」


 その後、夕食の時と同じくフロントの人に持って来てもらった私たちは、チェックアウトの時間までホテルでくつろいで、会場へ向かった。


「あ、コンビニで軽食買って行こ?」

「はい、演奏までにお腹が空いてはいけませんからね!」


 空調の効いたコンビニから出ると、一瞬で外の気温が上がったように感じる。


「今日も熱いねぇ」

「はい、それに少しジメジメします……」


 そろそろ梅雨入りだってニュースも見たし、それで湿度が上がってきているのだろう。コンクール前に梅雨入りしなくて本当によかった。


「あのー」

「ん? おぉ、昨日の!」

「はい。昨日はありがとうございました! それで、フルート部門に出場するんですけど、集合場所はどこですか?」


 昨日と同じく会場に入って、壁際にいた赤い服のおじさんに声をかけてみた。

 すると、おじさんは会場の地図を出しながら、場所を教えてくれた。


「このエントランスを向こうまで真っすぐ行くと裏口に出ますとね、そこに案内係がいますよ」

「分かりました! どうもありがとうございました!」

「それでは、頑張ってくださいね」


 おじさんに礼を言うと、アリスと一緒にエントランスを横切るように歩いていく。

 突き当りの裏口っぽいところに到着した。


 すると、扉の外にバインダーを持った男の係員らしき人がいるのが見える。


「おはようございます」

「ああ、出場者の方ですか?」

「はい、フルート部門に出場する南條と千代野です」


 係員は、バインダーの上に指を滑らせていき、胸ポケットに入っていたペンでチェックを入れた。


「はい、確認しました。誘導開始まであと三十分くらいありますけど、どうしますか?」

「この近くで待っていたいんですけど、どこか座れる場所ってありますか?」

「あぁ、いいですよ。こっちに椅子がありますから、そこで待っていてください」


 やはり三十分前に着いたのは早すぎたらしい。

 十五分前になってようやく、出場者が集まり始めた。


「時間になりました! フルート部門に出場される方、伴走者の方は移動をお願いします」


 さて、十一時だ。

 係員の案内で、私たちと同じく制服を着た学生がぞろぞろと移動を始めた。


 アリスのこともあるので、私たちは最後尾を歩く。


 改めて見ると、出場者が思ったよりも少ないな……と感じた。

 中学生の頃に出場した、全日本ジュニア音楽コンクールの中国大会は結構人数がいたんだよね。


 そういえば、全国に進んだ子ってここにいるんだろうか?

 係員の人に案内されながら、私たちは地下一階へ降りていく。


「皆さん、こちらが控え室になります」


 やがて【出場者控え室】と張り紙のある部屋へ到着した。

 部屋は二か所から出入りができて、吹奏楽コンクールのリハーサルで使えるくらいの広さがあった。


「あ、すみません……すぐに片付けますから」

「あぁ待って。机の数は足りていますから、ゆっくりで構いませんよ」


 大量の長机が、壁に向かって等間隔に配置されている。それに、午前中に行われたクラリネット部門の最後の出場者らしき子が、入り口近くの机で楽器を片付けている。


「それでは、プログラム一番から三番までの方はリハーサル室へご案内します。四番以降の方は、椅子に掛けてお待ちください。なお、控え室での音出しは禁止です」


 と言うや否や、係員の人はトップバッターっぽい男子を先頭に三人を連れて、どこかへ行ってしまった。


「私たちも座ろっか」

「はい」


 キョロキョロと部屋の中を見渡して、アリスと適当な位置の机に陣取った。

 誘導を終えた係員が戻ってきて、いくつか説明を行ってくれた。


「――最後に、お手洗いはこの控え室のすぐ側にありますので、そちらを使ってください」


 私の演奏順は十八番。

 単純計算で、演奏までおよそ三時間は時間があるということになる。


 どうやって過ごそう。

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