第31話 夢の旅路

 ――白黒写真みたいに色あせた風景を見て、すぐに夢だって分かった。


 昨日、ピエタ慈善院のことを調べていたのがいけなかったのだろう。

 私は色あせた教会のような建物の前に立っていた。


 どうしよう。

 とはいえ、夢が覚めるのを待つほかないのだけど。


『早く行きましょう?』

『待ってよー!』


 私が悩んでいたその時、建物から二人の女の子がバスケットをもって走り出して来た。


「アリス? それに……私?」


 質素なワンピースに、木靴を履いた二人の女の子は、やけに私たちの小さな頃に似ている。

 ふと気が付くと、私の足は女の子たちの後を追いかけていた。


『早く早くー!』

『バスケット持ってよー!』


 ピクニックに行くのだろうか。

 二人の女の子は、楽しそうにじゃれ合いながら森の小道を歩いていく。


 すると、木々が生い茂っている森の中に、ぽっかりと空いた空間が現れた。


『お姉ちゃんも、そこに立ってないで手伝ってよ!』

「うぇっ!? あ、はい!」


 普通に声を掛けられてびっくりした。

 私も協力して、テキパキと準備を整えて行く。


『できました!』

『おぉ~!』

「お、おぉ~?」


 女の子たちに誘われて、私も布の上に上がらせてもらった。

 そうしてくつろいでいると、「ツゥリッ、ツゥリッ、ツゥリッ」と特徴的な鳥の鳴き声が森に響き渡った。


『この鳴き声って!?』

『ええ、ごしきひわですね!!』


 女の子たちは顔を見合わせて楽しそうに笑う。

 アリスに似た子が、バスケットからパンを取り出して細切れにちぎると、警戒心の薄い鳥が二羽やってきた。


『可愛いねぇ』

『ええ、鳴き声も美しいです』

『この子たち、つがいかな?』

『そうかもしれませんね!』


 二人の手からパンくずをついばんでいる鳥は、多分ごしきひわだ。

 満足したのか、二羽は美しい鳴き声とともにどこかへ飛び去って行く。


『なんて言ってるのかなぁ』

『そうですねぇ……案外、私たちと一緒かもしれませんよ?』

『え~! ごしきひわもピクニックに行こうって言ってるのかなぁ?』


 そんな会話が面白くて、つい笑ってしまった。

 だけど、二人の表情はどこか不安げに揺れている。


『――ねえ』

『なんですか?』

『私たち、どっちが合奏団に行ってもずっと一緒だよね?』


 二人は、互いを見つめ合う。

 そうか……合奏団には才能のある子しか入れない。


『もちろんです。私たちが互いを忘れなければ、ずっとずっと一緒です』

『ごしきひわみたいに、二人でどこまでも飛んでいけたらいいのにね……』

『はい……』


 空を飛ぶ鳥の姿を見ながら、二人の目から涙がこぼれ落ちていく。

 頬を伝う涙も拭かず、二人は空を眺め続ける。


『――ねえ、口づけをしましょう』


 アリスに似た子が、ぽつりと呟いた。


『口づけ?』

『ええ、院の先生に教えてもらったでしょ? 大事な約束を結ぶ時は、誓いの口付けをするって』

『確かに……それいいね!』


 二人は互いの指を絡ませて、徐々に顔を近付けて行く。


『『…………っぷは!』』

『私たち、これでずっと一緒ね?』

『ええ、病める時も健やかなる時も、ずっと一緒です』


 二人の誓いを見届けたように、ごしきひわの「ツゥリッ、ツゥリッ、ツゥリッ」という鳴き声が、いつまでも森に響いていた……。


 サァァ……という風が森に吹き始めた。

 風は次第に強風となり、目を開けていられなくなる。


「あなたたち、大丈夫!?」


 風に逆らいながら、目を開けて二人に声を掛けるも、そこにはもう誰もいなかった。


 夢が終ろうとしている。

 大地が、全てが崩れ落ちていく。



 やがて、風は全てを飲み込んで行き――


「――――っ!!」


 ぱちり……と目が覚めた。

 私の耳元では、『ごしきひわ』の演奏が流れていた。


 重さを感じる胸元には、変わらずすぅすぅと寝息を立てるアリスがいて、少しホッとしする。


「アリス……」

「んぅ……」


 綺麗なベージュの髪を指でくと、アリスはくすぐったそうな声を出す。


「しっかし、あまりにもタイムリーな夢だったなぁ」


 何というか、切なくも美しい夢を見た気がする。

 女の子たちは、あの後どうなったのだろう。どうか、未来はハッピーエンドであって欲しい。


「未来かぁ……アリスはどうするんだろう」


 未来、将来。

 改めて口に出して見ても、やっぱり漠然ばくぜんとし過ぎててよく分からない。


 昨日、お母さんに言われて少し意識したけど、私たちって十年後とか何をしてるんだろう。


「アリスと離れ離れになってるのかな……」


 ……それは嫌だ。

 理由は分からないけど、胸の奥から強い拒絶の気持ちが湧き上がって来た。


「でも、アリスはピアニストとして才能があるし、もしかしたら音大とかに行くかもしれないし――」


 アリスが奨励賞を受賞したあの時、実は県外の音楽科のある高校に行かないかという話もあったらしいのだ。私の勘違いでなければ、アリスは私と一緒にいるためにその話を蹴った。


「大学はどうなるか分からないよね」


 今度こそ、アリスは音大へ行ってしまうかもしれない。

 アリスが音大に通う風景はすんなり想像できるのに、その隣で私が音大に通う風景は全く想像できない。


「…………誓いの口づけ、ね」


 スマホで、誓いの口づけと検索してみた。


「ふーん、昔は女の子同士でもキスしてたんだ」


 調べたところ、中世ヨーロッパでは同性でも口づけをすることは、一般的であったらしい。


 あの女の子が言っていた通り「大事な条約だったり協定を結ぶときに、誓いの証として口づけを交わすことがあった」とある。


「キスしたら、アリスは私のことを忘れないでくれるかな……」


 胸元に視線を落とすと、アリスの唇が少し見える。

 ぐっすり眠ってるし、ちょっとキスするくらいじゃバレないよね?


「~~~!!」


 いやいやいや、何を考えたんだ私は!

 ありえないでしょ。女の子同士で、その……キス、なんて。


「落ち着け私。あれは、ただの夢。リピートアフタミー」


 いくらなんでも、影響され過ぎだ。

 念仏のように何度も唱えて、ようやく衝動しょうどうが収まって来た。


 はぁ、しばらく冷静にアリスの顔を見られそうにないや。

 熱くなった私の頬を、そっと風がでて行く。


 ハッと我に返ってスマホで時間を確認すると、時刻は十時半。

 しまった……アリスに釣られて、三時間以上眠ってた。慌ててアリスの肩をゆさゆさと揺らす。


「アリス、起きて。一時間過ぎちゃってるよ」


 私が肩を揺すっても、アリスは幸せそうに笑みを浮かべるだけ。

 アリスは、一体どんな夢を見てるんだろうか。

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