第12話 ♩=???
「――って、アリス! 高校!!」
「あっ……今、何時ですか?」
パッと繋いでいた手を離して、時計を見ると時刻は七時五十五分を指していた。
二日目にしてバス乗り過ごした……。
「和奏ちゃん、和奏ちゃんっ」
「――あぁ、乗り過ごした……って、どうしたの?」
ガックリと肩を落とした私に、アリスがおずおずと話しかけてくる。
「その時計、ちょっと早いです」
「え?」
アリスが、時計を指差しながら言う。
チコチコと秒針が動いているけど、
「お父さんに言おうとは思ってたんですけど、秒針のBPMが六十より速い……です」
「ほ、本当!?」
いつから、千代野家の時計がずれ始めたかにもよるけど、もしや――
「はい……ですから、まだバスの時間に間に合うかもしれません」
――やっぱり!!
そう言われて、もたつきながらスマホを取り出す。
パッと画面に表示された時間は、七時四十五分。
「急げば間に合うかも……アリスッ、早く服脱いで!!」
「和奏ちゃん!? ちょっと待ってください!?」
「ごめんアリス、待てないって!」
ワンピースを脱がせようとすると、驚いた様子のアリスが、
「はい、ばんざーい!!」
「ば、ばんざーい……」
私の声に促されて、渋々両手を上に挙げたアリスからワンピースを引っこ抜く。足元から、アリスの真っ白な肌が空気に晒されていく。
恥ずかしそうに頬を染めながら、両手で体を隠すアリス。
「うぅ……だから待ってくださいって言ったのに……」
それを見て、私が凍りついてしまったのは悪くないだろう。何故なら、アリスはワンピースの下に何も着ていなかったからだ。
「ちょ、ちょっとアリス! 下着は!?!?」
「……ピアノ弾いてた時に、息苦しくて脱いじゃいました」
「な、何してるのよ!」
忘れていた……。
アリスは締め付け感のある服が苦手で、家の中だとたまに下着を脱ぐことがあるんだった。
高校生にもなってその癖が治っていなかったとは……。
思わず頭を抱えそうになるけど、その一瞬の時間でさえ惜しい。
「アリス! 下着っ、下着はどこにあるの!?」
「防音室です……」
消え入りそうな声で、アリスが言う。
もしかして、あの毛布の中に紛れていた!?
「ちょっと、これ持ってて!!」
「――あっ、和奏ちゃん!?」
アリスに制服を手渡して、防音室へ走る。
そうしてどったんばったんの末、私たちは見事にバスに乗り遅れた。
「はぁぁ、高校二日目からやっちゃった……」
アリスを着替えさせてバス停に着いた頃には、腕時計は七時五十八分を指しており、バスの通過時間から三分も遅れていた。
途中までは、何とか間に合いそうだったんだけど、家を出たところでアリスのお弁当を忘れたことに気付いたのが致命的だった。
「お母さんにお願いしないと……」
「…………ました、―――――です」
スマホを取り出しながら、背もたれにもたれ掛かる。
隣では、背筋を正してベンチに座ったアリスが、口の中でぶつぶつと呟いていた。
私が反応しなかったのが気に食わなかったのか、アリスはぷくっと頬を膨らませて話しかけて来た。
「和奏ちゃんに乱暴されてしまいました、うぅぅ……」
よよよ、と泣き真似をしながら胸元を隠すアリス。
私はギョッとして、誰にも聞かれていないかバス停の周囲を見回す。
田舎だからと油断してはいけない。
全員が顔見知りな田舎だからこそ、一人に聞かれてしまえば、翌日には話が一気に広がりかねない。
「ちょっと、人聞きが悪いことを言わないでよ」
「うふふ……びっくりしました?」
私が言い返すと、アリスは舌をペロリと出して笑う。たちの悪い冗談だ。
「びっくりした……というか、一緒にお風呂だって入ったことあるのに今更だよね!?」
「そう言えばそうでした。三か月前も、ホテルで一緒にお風呂に入りましたね」
「そうだよ! というか、あの時はアリスがお風呂で寝ちゃって大変だったんだから!」
本当に大変だった。
私が唇を尖らせて呟くと、アリスは小首を傾げてクスクスと笑う。
「あら、そうでしたっけ?」
「こーら、都合の良い時だけとぼけないでよ!」
「あぅっ……」
素知らぬふりをしようとするアリスに、チョップをプレゼントする。
頭をさすりながら、私の方に倒れ込んでくるアリス。
「アリス、スマホ触りにくいから離れてってば……」
「和奏ちゃんに頭を叩かれたので、動けませーん」
「はぁ……」
何が面白いのか、アリスは声を弾ませて私の肩にもたれかかって来た。
「アリス、今からお母さんに通話するから、少し静かにしててね?」
「ふふっ、はーい」
アリスがくすくすと笑う震えを感じながら、まだ慣れないスマホを慎重に操作する。
てろりろりろりんっ。
軽やかな呼び出し音が流れ始める。
『はい、もしもし~?』
「あ、お母さん――」
一度目の呼び出しが終る前に、通話が
私が話している途中で、お母さんは察したように言う。
『車、出したらいいのね?』
「……うん、オネガイシマス」
これで何とか遅刻せずに済みそうだ……と安心していたところに、お母さんがキラーパスを放り込んできた。
『はいはーい――あ、アリスちゃんとは仲直りできたのよね?』
「ウェッ!? う、うん――ちょ、アリス!?」
私が動揺を隠せないでいると、胸元からにゅっと手が伸びてきて、私のスマホを奪い去っていった。
アリスは頭を肩に乗せたまま、スマホを耳元に当てると私のお母さんと何やら話し始めた。
「奈々美さん、アリスです――はい――無事、和奏ちゃんと仲直りすることができました」
ちなみに、奈々美というのはお母さんの名前。
お母さんは、アリスに対してすっっっごく甘い。
その証拠に、スマホのスピーカーから、声のトーンが高くなったお母さんの声が漏れ聞こえてくる。
『――いいのいいの! 春美さんからも、同じこと相談されてたからね!』
「……はい、はい。本当にありがとうございました」
『それじゃあ、今から迎えに行くからねー! 和奏にも伝えておいてー!』
「はい、よろしくお願いします」
そうして、通話終了の画面に変わったスマホを差し出してきた。
「これ、お返ししますね」
そんなアリスを見て、私がぽかんと口を開けたまま固まってしまうのも、無理はないだろう。
「ふふっ、ごめんなさい和奏ちゃん、元気出してください?」
やっぱり、春美さんとお母さんはグルだった――。
しかも、アリスにも話が通ってたとか……私、お母さんたちの手の平の上で、綺麗に転がされてたのか。
「はぁー……もう、今日は学校行きたくないくらい疲れたよ……」
これじゃあ、空回りしてた私がばかみたいじゃないか。
ため息とともに、がくりと
「ふふっ、うふふっ――」
お母さんがやってくるまで、アリスの涼し気な笑い声がバス停に響いていた。
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