第37話 同胞殺しの決意
それからしばらくして目を覚ました薬師の男性に肩を貸して、一鉄は王都へと帰還することにした。
幼女を大切そうに抱えた男を連れて、森の中を歩いていく。
男性は酷く一鉄のことを警戒していたようだが……ポーションを飲ませたことを説明すると、傷口を確認してからようやく警戒を解いてくれた。
「本当にアイツらの仲間じゃないんですね……?」
「アイツらっていうのはどいつらだよ……何があったのか、事情を説明してくれ」
「それは……」
一鉄が促すと、男はポツリポツリと話しはじめた。
薬師を営んでいる男は森に入って薬草を採っていた。
数日かけて十分な量の薬草を採取した男であったが、そのまま王都に引き返すのではなく、付き合いのあったワーキャットの集落を訪れることにした。
男は以前、森の中で怪我をしたところをワーキャットに助けられている。それから定期的に集落を訪れており、恩返しのつもりで傷病人の手当てをしていた。
いつものようにワーキャットの集落を訪れた男であったが……彼は目にしてしまう。
集落が何者かに襲われているところを。逃げまどうワーキャットをスノウバード王国の兵士が包囲して、彼らの逃げ場を塞いでいるところを。
『あ、ああ……!』
無抵抗の住民を虐殺しているのは二十にも満たない年齢の少年達だった。彼らはいずれも黒髪黒目という特徴的な容姿をしていた。
『うわあああああああああああああっ!」
男は無我夢中で惨劇の現場に飛び込んで、顔見知りのワーキャットの少女を救出した。黒髪の一人が引き起こした魔法の余波で兵士が怯んで、包囲網に間隙ができていたことが幸いしたようだ。
『お? これも獲物か?』
『グワアッ!?』
逃げる男めがけて、一人の少年が手を振るってきた。
少年の手には普通の人間にはあり得ない鉤爪が生えており、鋭い先端が男の腹部を斬り裂いた。
『何だ……人間じゃねえか。どうして猫の巣にいやがるんだよ』
攻撃してから、少年は怪訝に眉をひそめた。
『この国では亜人ってのには人権がねえから殺しても許されるらしいぞ? だけど……お前は人間っぽいからな。見逃してやるぜ。俺も人殺しにゃなりたくねえしな』
少年はそんなふうに言い捨てて、興味を無くしたように薬師の男の傍から去っていった。
男はそれから死に物狂いで逃げまどい、集落から少し離れた場所にある祠へと隠れ潜んだ。
手持ちの薬草を使用して簡単な応急処置をしたところで気力が尽き、助け出したワーキャットの幼女を抱きかかえたまま気を失ってしまったのである。
「黒髪の少年達か……」
男の話を聞いて、一鉄は表情を歪めた。
「ああ……君と同じ黒髪の少年達だった」
まだ疑いをぬぐい切れていないのか、薬師の男性が疑わしそうに言う。
一鉄は誤魔化しきれないだろうと観念して事情の一部を明かす。
「……それは俺の同郷だな。もう友人ではないが一応は知り合いだよ」
「……仲間ではないというわけか?」
「そういうことだ」
一鉄は悩ましそうに首を振って、男に忠告をする。
「悪いことは言わない。この森であったことは忘れることだ……俺のことも含めてな」
「何故だ? ワーキャットの集落で虐殺が起こり、城の兵士達がそれに協力していたんだぞ!?」
「公表したとして、それが罪になるのか? この国では亜人は人間として扱われていないんだろう?」
「それは……」
「犯人を罪に問うことはできない。下手をすると、こっちが口封じにされちまうだけだ」
いかに亜人殺しが罪ではないとはいえ……決して、褒められるようなことではないだろう。加害者達は自分達がしたことを隠したがっているはず。
「城の兵士がグルになってるのに、官憲に訴え出て良いことはないだろう。アンタには他にも守らなくちゃいけない患者がいるはずだ……その子供も含めてな」
「…………」
ワーキャットの幼女は男におぶされながら眠っている。
男が今回のことを訴え出ようとすれば、とばっちりを喰らう可能性があった。
「心配せずとも……あの集落を襲った連中にもタダでは済まさない。断じて、奴らは自分達の愚かしさの報いを受けることになるだろう」
一鉄は確信を込めて言う。無意識に取り出した金貨を手の中で転がしながら。
「……絶対に生かしてはおかない。約束しよう」
「…………」
冷たくつぶやく一鉄に、薬師の男はうすら寒そうに背筋を震わせて黙り込むのであった。
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