第36話 行方不明の薬師

 集落の滅亡を目の当たりにし、騎士を殺害した一鉄であったが……ようやく激情が落ち着いて引き上げようとした矢先、この森に来た本来の目的を思い出す。


「あ……薬師、見つけてなかった」


 一鉄がここにやってきた目的は、行方不明になっている薬師の捜索である。

 もっとインパクトの強い出来事に遭遇したせいで忘れるところだった。


(参ったな……どこにいるんだ?)


 この集落にいる猫人から話を聞くつもりだったのだが、永遠にそれが叶わなくなってしまった。

 もしかしたら、殺されている猫人に混じっているのかもしれないと集落をもう一度周ってみるが、それらしい死体は見つからない。


(手がかりゼロか……とりあえず、適当に森をブラついてみるか?)


 一鉄は面倒臭そうに溜息をついて、集落の周辺を探索する。

 道に迷わないよう木の幹にコインで傷を付けながら森を歩き回っていると、ふと祠のようなものを見つけた。木製の祠は大人が身体を縮めて、どうにか潜り込むことができるほどの大きさである。


(祠……何か神様でも祀っているのかな?)


 おそらく、猫人が作ったものだろう。

 この世界にも教会や寺院はあったが、猫人にも独自の信仰があるのだろう。

 一鉄が何気なく祠に近づいていくと……中から、か細い呼吸音が聞こえてきた。


「ん……?」


「……ハア……ハア……」


「アンタは……!」


 一鉄が祠の中を覗き込むと、そこには子供を抱きかかえた男が祠の壁に寄りかかって苦しそうに息を吐いていた。

 男は腹部を怪我しているようで、傷口を押さえた布と服に真っ赤な血が広がっている。

 その男は行方不明になっていた薬師の男性だった。事前に聞いていた容姿の特徴と一致するので間違いない。


「にゃあ……」


 薬師の男性に抱きかかえられ、年端もいかない少女がプルプルと震えていた。

 こちらは特に怪我はしていない。全身を獣毛に覆われており、顔は猫そのもの。ワーキャットの亜人であることがわかった。


「おい、大丈夫か!?」


「にゃあっ!?」


一鉄が慌てて声をかけると、薬師の男性に抱きかかえられていた猫人の幼女が慌てた様子で鳴く。


「にゃあっ! にゃにゃにゃあっ!」


「心配するな。俺はお前の敵じゃない……ああ、クソ! なんてこった……!」


 一鉄は腰に提げたポーチを探り、小ビンに入った薬を取り出した。

 魔法薬……ポーションと呼ばれるものであり、錬金術で作られた薬である。それなりに高価な物なのだが、いざという時のためにルーナから持たされていたのだ。


「ふにゃあ……」


「こっちの男が心配なんだろ? 大丈夫だ、これを飲めば落ち着くはず……」


 一鉄は不安そうな猫人の幼女を宥めながら、薬師の男性の手当てをした。

 ポーションを口にあてがうと、男は苦しそうに呻きながらもどうにか飲んでくれる。傷口が淡い緑色の光に包まれて、呼吸が先ほどよりも穏やかなものになった。


「とりあえず、これで死ぬことはないだろう……それにしても、この傷口は……」


 一鉄は裂かれた男の腹部を見やり、顔を顰める。

 男の腹部には獣の爪痕のような傷が残っていた。簡単な手当てがされていたその傷口は一見すると肉食獣に襲われたように見えるのだが……一鉄は知っている。

 それが人間の手により付けられたものであることを。それを刻んだ男の名前を。


「山名竜也。『竜鱗使いの勇者』か……」


 この世界に召喚された四十一人の勇者の一人、一鉄のクラスメイトである山名竜也。

 一鉄を城から追い出した主犯格。日本にいた頃から一鉄のことを毛嫌いしていて、たびたび絡んできた不良高校生だ。

 その傷口は竜也によって付けられた傷口と酷似している。形といい大きさといい、城での訓練で見たものとそっくり同じものだった。


「あの野郎、なんてことを……!」


 その傷口を見たことにより、確信する。

 今回の一件にかつての友人。クラスメイト達が関わっていることに。彼らが猫人の集落を襲撃して、殺害したという兵士達の証言が事実であることを。


「許せない……あの馬鹿どもめ……!」


「ふみい……?」


 拳を握りしめて怒りに震わせる一鉄を、薬師の男性に抱えられた猫人の幼女が不安そうに見つめていた。

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