第5話 清子
―――午後4時。唐墨家。
縁側でキセルを吹かしている甚九のすぐ後ろの茶の間で、テーブルごしに向き合っているユンソと
「なんやこれ、面倒やわ~
なんでこんなん覚えなあかんの」
頬を膨らませぷうーと息を吹く
「ほら、もうちょっとだから最後までやっちゃおうよ
……ここで4を足すでしょ。そうしたら繰り上がって―――」
清子の学校の宿題をユンソが見てあげている最中だった。
これはソウルでのアクシデント以来、ぎこちない間柄となった清子との溝を少しでも埋めるべくユンソ自ら申し出た事である。
「ちょっと休ませてえー」
真後ろにゴロンと寝転がる清子。
「あっ……じゃあこうしよう?
全部やり終わったらご褒美あげる」
ユンソのご褒美という言葉を聞いて、清子は寝転んだ姿勢のまま頭だけ持ち上げる。
「特別にね……新曲の振り付け教えてあげる!
まだ誰~れも知らないの!」
持ち上げていた清子の頭が再びゴロンと床に落ちる。
「いいわそんなもん
腹の足しにもならん」
「ハ……ハラ」
ボディブローを喰らったかのようにユンソの瞳孔が黒ゴマのようになる。
気の毒な事に、唐墨家で過ごしてからというもの『世界的アイドル』という彼女のアイデンティティーは空気のように薄まるばかりだった。
「……ま、まあ小学生じゃ早いか~
もうちょっと大人になってからじゃないと分からないかな~」
辛うじてアイドルスマイルを保ちながらジャブを放つユンソであったが、
「姉ちゃんテレビつけて~」
あっさり打ち落とされる。
「ああ、もう分かったわよ!
見終わってからちゃんと終わらせるのよ!」
ユンソの『優しいお姉さんっぷり』が早々に剥がれると、甚九といる時のようなラフな口調に戻る。
だがユンソにとって悪い気はしなかった。
―――この子を死なせていたかもしれない
ソウルでの二人の邂逅は最悪であった。
そんなヘヴィな状況に置かれた二人が軽口を言い合えるようになるなど、ユンソは夢にも思っていなかったのである。
生意気ではあるもののサッパリした清子の人柄は、ユンソにとって救いであった。
ユンソがリモコンのボタンを押すと、ブラウン管が「ビョン」という音を鳴らし、スクリーンに映像を映し出す。
**********
―――現場から中継です。
まだ一部で黒煙が上っていますが、敷地内の火はほぼ消し止められており、ガソリンを撒いたとみられる男は既に警官隊に囲まれています。
白いテント横の黄色いスーツを着た男です。
抵抗する気配は見せておりません。
ただいま、放火犯とみられる男が確保されました。
繰り返します―――
**********
「ミズキ?!」
ふすま越しにテレビ番組を覗いていた甚九が目を丸くする。
「ミズキって……あの木箱のお婆さんの息子?
えっ、この犯人?!」
「この顔……間違いねえ」
テレビ画面を数秒間凝視すると、甚九は確信を持ってそう答えるのだった。
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