第二話 リバース・ロック・ジャム③

 「ほーん、でそのあとはどうしたん?」

 「そこから海を渡ってこの地に来ましたの、長旅でしたわ。」

 「そんで捕まったんか?」

 「食料も情報もあるというので、車に乗るように促されたのです。やっぱり罠でしたわ。」


 モナが起きぬけにアニタを探しに行こうとした時、ちょうどカチューシャも起きてきた。二人は今、すっかり明るくなった通りを並んで歩き、世間話に花を咲かせている最中だった。


 「うちらと同じやな、旅人さんや。」寝ぐせのついた髪をぼりぼりやりながらモナはあくびをした。

 「まあそうでしたのね、わたくし旅人に合うのは初めてです。お名前を聞いてもいいかしら?」

 「モナや、相方の何考えてるかわからなそうなのはアニタ。あんたは?」

 「カチューシャとお呼びください、ですわ。」


 そういうとカーチャは薄茶色のボロボロのドレスの両端をつまみ、慇懃に挨拶するのだった。モナもぎこちないようすでそれを真似した。


 「あー、なになに、あたしぬきで何かやってる。」通りの反対側から歩いてきたアニタがその輪に加わった。ジャンパーのポケットに手を突っ込んでいるせいで、カチューシャの丁寧な動作とは真逆の印象だ。

 「ちょうど探しに行くところやったんやで。なあカーチャ?」

 「ええ、そうですけど、なにか?」

 「そうやって仲間はずれにする~」アニタは頬を膨らませる―――本当に膨らんでいる、だってスライムだもの。

 「飯いこや、三人で食お。」


 彼女たちはまるで子供が遊ぶかのようにして人々の集団をすりぬけ、昨日の酒場へと向かった。その様はこんな時代でさえ、微笑ましいものに見えただろう。文明は終わったが人も文化もまだ、滅んではいなかった。行き交う人々はたがいに挨拶しあい、今日の調子や、天気、食事の内容について文句を言い、恐らくは愛し合い、憎しみ合っているはずだった。そう、彼のように―――


 「どうしてスープがこんな薄いんだい?これじゃ僕は飢え死にする!」

 「そういいましても、これでも具を入れたほうでして……」


 酒場ではムキムキのデランが既にテーブルについて食事を摂っているところだった。朝であるにもかかわらず混雑する酒場の中でデランの大きな声が聞こえてくる。


 「タンパク質が必要なんだ!パンだけでは筋肉を維持できない!」


 給仕とデランとがもめているところに、割って入る集団があった。それは昨日、デランに腕相撲で負けたため、いらぬ出費をするハメになった者たちだった。


 「てめえ、昨日散々食っただろうが。」

 「足りないよ、今日も奢ってくれるのかい?」


 その一言で一触即発。だがデランは人数不利にも気圧されることなく、貼り付けたような笑顔を崩さない。にらみ合う両者。それは少しの間続いたが、そこにアニタ達が仲裁にやって来た。


「やめときなよ、あたしの分あげるからさ。」

「いいのかい?」

「あたしスープしか飲まないから。」


 四人は同じテーブルを囲み、食事を摂り始めた。メニューは全員同じ、薄い豆の缶詰スープ、硬すぎるパン、合成肉のパテにチリ缶をかけたものだ。それぞれがもくもくとそれを食べていると、周囲の目線が注目していることに気付いた。そして「討伐隊」という声が聞こえてくるのだった。


 「どうやらやっとあるみたいだね、噂になってる。」と、デランが一瞬で食事を終えて口を拭う。


 「明日らしいよ。」アニタも食事を終え、パンツのポケットに差し込んでいたカラフルな銃を眺め始めた。


 「明日?!随分早いなあ。」モナはがつがつと食事を搔き込むがそのペースは遅い。


 カーチャは食事の途中だったが食器を丁寧にそろえて置いたあと、口を拭って話し始めた。


 「みなさん、自己紹介しませんか?わたくしたち、明日には一緒に戦うことになるかもしれないのでしょう?」

「ええで、うちはモナや。亜人ミュータント。」

「一人かい?」 

「色々あってな。今はアニタと二人旅や。」


 モナはぴしゃりと言い切ると腕をテーブルに乗せてアニタに先を促した。


 「アニタ、スライムだよ、モナと旅してる。」どこを見るでもなく、淡々としゃべる。


 「僕はデラン、一応人間。ここに来る前はいろんなところで用心棒をやったり、殺し屋をやったり、まあいろいろかな。」


 「まあ、危ないですわね。」 

 「食い扶持を稼ぐにはそれが一番さ。それで君は?」

 「わたくしはエカチェリーナ・ヴァレフスカ・チュグンキノヴナ。カチューシャとおよびください、ですわ。この地には人を探しに来ましたの。」


 そういうと、カチューシャは、その人物の特徴を挙げた。白衣、黒髪くせ毛、眼鏡、そのどれもが一般的なもので、人を識別するには情報不足のものばかりだったが唯一そうでないのが、研究所の所属を示すワッペンをつけているということだった。


 「トランプカードのマークですわ、スペードのクイーン。かならず連れて帰らなくてはなりません。」

「研究所?一人で来たの?」と、アニタが聞いた。

 「ええ、そうですけど、わたくしこう見えて戦いは得意ですのよ、好きではありませんが。」


 それで自己紹介は終わった。

 酒場は朝食を終えた人々が出ていき、だいぶ空いてきたようで、朝のさわやかな空気と料理の匂いが立ち込める室内に静けさが訪れた。

 そこに厨房から、男が何事かを伝えるため彼らのテーブルへとやってきた。


 「セレモニーがあるみたいだぜ、あんたらのな。」と、男が外の方を顎でさす。


 それに促されるようにして、四人は外に出るとアンテナタワー前の広場で人だかりができているのに気づき、その集団に加わった。

 四人が呆然としていると、集団がにわかに騒がしくなりタワーの中腹にハルトマンが姿を現す。彼は拡声器を手に持っていた。そして語り出す。


 「集まっていただきありがとう、仕事前の貴重な時間を奪ってしまって申し訳ない。早速だが規則に基づき、投票ボットを始める―――」


 彼がそう言い終わる前から住民たちは、おのおのがカラフルな銃を取り出し、それを空に掲げたり、あるいは抜き身で手に持ったままぶらぶらさせていた。

 

「われわれの暮らしを脅かす、無法者の集団を討伐するにあたり―――」と、ハルトマンはそこでセリフをいったん区切り、自らも腰に差していた銃を抜いた―――赤白のストライプ、無数の星、夜空のように暗い紺。


「明日の出兵と、協力者の派遣に賛成の者は、銃を掲げよ。」 


 彼が言い終わると同時に高く掲げられた腕とカラフルな銃が、突然広場から生えてきた植物のように、一帯の風景となった。ほとんどの者が賛意を示し、口々に激を飛ばす。「民主主義万歳!」、「無法者を殺せ!」、「裏切り者共に死を!」―――それらのコールとともに群衆のなかで熱気が生まれ、その勢いに圧されてか、アニタとモナ達四人は寄り集まるように集団を作った。そして、熱気が自然と冷めるに任せてその勢いが衰えたころに、ハルトマンが続けた。


 「ありがとう諸君、これで投票ボットを終える、仕事に戻ってくれ。」


 群衆は解散を始めた。先ほどの熱気が嘘だったかのように、平静のままそれぞれが目的のあるように歩き始めた。

 四人が呆然としていると、タワーのふもとで警備をしていたらしい男が、彼らの方へと近づいてきた。それは、生き生きと目を輝かせた興奮冷めやらぬジョシュだった。


「よう、あんたら!この町は最高だろ!みんな一つだ!」

「すごい熱気やな、これしょっちゅうあるんか?」


 「大事な時だけだよ、今日みたいなね、今日は食い物も無料さ。と、あとで宿に通達が行くと思うけど、作戦は明日深夜に決行だから、休んどいたほうがいいよ。」


 そう言うと、彼は階段から降りてきたハルトマンと一緒にレンジャー宿舎の方へと歩いて行った。

 四人はその場で少し話したあと、言われたとおりに宿へ行き、明日の作戦まで待機することにした。

 


 すっかり日が落ちたあと、宿の部屋にてアニタとモナが会話をしている。


 「ずいぶん慌ただしいなあ、切羽詰まっとるんやろか。」モナは湯上りの下着にタンクトップ姿でベッドに座る。赤褐色の体毛がまだ湿っていた。


 「客人を食わせる余裕はないんだろうね。」アニタはTシャツ一枚でベッドに大の字に寝転ぶ。粗末なベッドだったが、カーシートよりは上等だった。室内は質素だ。


 と、ドアをノックする音が聞こえた。そしてカチューシャの声―――


 「夜分遅くに申し訳ありません、すこしお話できないでしょうか。」


 二人は顔を見合わせたあと、モナがベッドから飛び降り、ドアを開けた。


 「ありが―――まあ!すごい恰好……」


 昼間と同じボロボロのドレス姿のカチューシャがドアの外に立っていた。レザーのジャケットは着ておらず、髪は櫛を通したのか、後ろに縛ってあり、寝入りの準備をしていた最中のようだった。真っ白の陶磁のような肌が、電灯の光を受けて白く輝やく。


「まあ入りや。」

「失礼しますわ。」


 そしてアニタとモナがベッドに、カチューシャが丸椅子に腰かけ、会話が始まった。


 「明日の戦いのことなのですけど、これを見て下さいまし。」カチューシャがおもむろに手をまっすぐ伸ばすと、その肘から指先までにかけて亀裂が入ったかと思うと、空気の漏れるような音と共に肌が開放し、内側の機械構造をさらけ出した。それは開放している間ずっと、空気を吸い込んでいるようで、部屋の中に風の流れを生み出している。


「うわー涼しい。」「なんや?!」

「ご覧の通り、わたくしは人形ですの、半分ですけど。」


 彼女はさらに指の先の同じように開放された部分から、強風を生み出した。それは湯上りのモナにはちょうどいいくらいの強さだった。


 「気持ちええ~~」

 「もし明日、戦闘が始まったらわたくしには近づかないでほしいのですわ。これはちょっと、その、コントロールが効きづらくて、ですわ。」

 「すごいね。」「すごいやん!初めて見たでそんなの。」

 「ありがとうございます。あともう一つあるのですが―――」

 「なになに?!作戦会議かい?僕も入れてくれよ!」と、ドアの外からデランの声が聞こえた。不自然なほどに明るい、いつもの声だ。


 「……あいつは無視や、ええな?」


 三人は頷いた。

 しばらくすると、デランは諦めたのか、だんだんと遠ざかる足音を残して去っていった。


「で、なんやったっけ?」

「……いえ、お構いなく、わたくし、お二人のお話を聞きたいですわ。」

「ほなええで、なに話そか?」モナはベッドに肘をつき、リラックスする。

「モナの"盛り"の話は?」アニタがスライムらしいニタッとした笑いを浮かべた。

「まあ!」口に手をあて驚くカチューシャ。

「ぶっ飛ばすで。」


 三人は話し込んだ。明日は厳しい一日になるだろうが、彼女たちはお構いなしに話に花を咲かせ、親交を深めるのだった―――デランを除いて。


 


 

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