第二話 リバース・ロック・ジャム 

 車上生活7日目―――スライムのアニタと亜人ミュータントのモナは相変わらずの旅をしていた。二人ともいい加減飽きてきた荒野の風景にうんざりしていた。しばらく風呂にも入ってないので、アニタは砂まみれの泥スライムになってしまったし、モナは毛がごわごわだ。休憩がてらに車を停めては、物資の減りをたしかめて落ち込み、空を見上げてつぶやいた―――「なんもねえ」

 物資はつきかけていた。「トランクのクマちゃん人形テディがすべて食べてしまったのだ」アニタの冗談は腹の足しにもならないと、モナがため息をついたのが数時間前。とにかく町を探さないとならなかった。ラジオ電波が入るということは近くに集落があるはずだ。そろそろ虫や変異動物を狩って食いつなぐのも限界だった。


 「空が青いぜ……」アニタが眉を八の字にしながら窓の外を眺めている。


 「アニちゃん顔色わるいで。」


 「生まれつきだっての。」


 どこまでも荒野がつづいている、その中には岩山や台地、青すぎる空、美味しそうな雲、車の列……


 「車!」「車や!」


 遥か前方に砂塵を巻き上げながら横切る車列が見えた。大小さまざまな車が6台ほどで隊列を組み、まっすぐ走っている。先頭の大きなバギーには白い旗がささっていた。


 「レイダーか?」モナは期待をおさえきれない声色で言った。いまや窓から身を乗り出し車列を目で追っている。


 「だったら終わりだね。とりあえずこっちも旗出してみようよ。」


 モナがダッシュボードを蹴り開けると、足先でその中から旗を取り出し、車上に掲げた。プランジャーを改造したもので、ぼろ布を縫い合わせた下地に黄色いペンキでスマイルマークが描かれている。

 同時にアニタは車載無線の周波数をオープンチャンネルに合わせて、連絡を試みた。


 「あー、こちら正義の無法者、聞こえる?」


 「……」無線は沈黙している。


 車列にも動きはない。距離は近づいていたが、まだ銃撃戦にもならなそうな間合いだ。


 「この辺は周波数違うんとちゃう?」箱乗りしたモナが顔をのぞかせた。


 「どうだろ。」しばらくたってから、アニタがもう一度呼びかけようとした時―――


 「聞こえるか?こちら正義のレンジャー、目的を言え。」


 「キタで!」


 車内に戻ってきたモナと顔を見合わせて二人で笑顔になる。アニタは交渉を試みることにした。外交スキルの見せ所だ。

 彼女は車列を後方から追いかけるように"カビー"を合流させた。と、最後尾で銃を持った男たちがトラックの荷台から銃を向け始めた。


 「おー怖。」モナがダッシュボードから拳銃を取り出し、車列からは見えないように構えた。


 「撃たないでくれてありがと、女二人だよ。町を探してる。もう物資がない。」


 沈黙。少しの間。


 「女?今確かめる。車を一台近づけるから撃つな。」


 無線がそう言うと、最後尾のピックアップトラックが一台列を離れ"カビー"に近づいてきた。その車がぴったり隣に並び、中の男がこちらの車内を確認するそぶりをしたあと無線で会話を始めた。


 「随分いかつい連中だね。」アニタがぷるぷるとからだを震わせた。


 「ほんまやで、兵士やろ多分。」


 彼らは服装の色を緑で統一した集団だった。無線のスムーズなやり取りもそうだが車列の動きもかなり統率がとれている。と、無線がはいった―――


 「本当に女二人のようだな。」


 「そうだよ、見たことない?」


 「冗談はよせ、その赤獣人レッドバックの女はなんだ?」


 アニタとモナは顔を見合わせた。アイコンタクトで無線を替わる。


 「かわりまして"赤獣人レッドバック"の女や。なんや聞きたいことがあるんか?」モナは持ち前の明るさを崩さず、いたって平静だった。


 「"群れ"はどうした?」


 「はぐれてもうてな。今はうちら二人だけや。」モナの声色はいつも通りだったが、逆にそれがアニタには不自然なものに聞こえた。


 そしてまた沈黙。今度のは長かった。二人は顔を見合わせて手を尽くしたことを知ると無線を待つだけのやきもきとした時間を過ごした。タイヤが地面を蹴る音と、エンジンと唸りだけが聞こえる。


 「だめかな?」


 「どうやろ。」


 無線の受信を示す緑色のランプが点灯した。そして喋り出す。


 「ついてこい、案内する。馬鹿な真似はするなよ。」


 アニタは思わず笑顔がこぼれた。モナは白いギザ歯を見せて満面の笑みだ。つまりシャワー、食事、ベッドが手に入る!

 "カビー"は本格的に車列に合流し、しばらくのドライブをする。今までとは違って目的のあるドライブだ。二人にはこころなしかエンジンの音が高く、早く聞こえるのだった。

 運転すること30分ほどだろうか、ついに町へと到着した。

 絶壁のふもとにあるかなり大きな町だった。アンテナタワーを中心にした放射状に延びる道路が特徴だった。外縁にはトレーラーハウスや、貨物コンテナを改造した集合住宅、牧場に農場、スクラップヤードなどがあった。内側にいくにつれて商業施設や病院などがあるようだ。

 町の入り口で二人は車から降りると、同じく先頭の車から降りた男が近づいてくる。緑の防弾ジャケットを着た筋肉質の男で、手には電動銃を持っている。男は深いしわの刻まれた顔を二人に向けるとゆっくりと口を開いた。


 「変わった二人組だな。俺はハルトマン、この町のレンジャーだ。」険のあるが低い、安定した声。


 「あたしはスライムのアニタ、無法者だけど悪いスライムじゃないよ。」


 「ウチはモナや、ご存じ赤獣人レッドバック。好物は人間、三度の飯より内臓が好き。」モナは皮肉っぽく言った。


 「話はあとでゆっくり聞かせてもらう。まっすぐ行けば宿が見える、質素だが飯もある。それと武器と車は没収だ、この町には秩序がある。」


 そう言うとハルトマンは車両部隊を率いてどこかへと行った。二人も言われた通りにするため、車から荷物をとると宿に向かうことにした。

 二人が道路を歩いているとさまざまなものが目に留まった。まず特筆すべきは電線や水道管が張り巡らされていたことだ。それはほとんどの建物から伸びて、特定の方向へと向かっていた。さらには病院、シアター(これはネオンの看板にそう書いてあった)、"SLYMAN.CO"のオイルステーション、修理屋、とても充実した町だった。それらは廃材と金属材、レンガを組み合わせて作られていたがかなり見た目に気を使ったことがわかるほどにきれいな外観だ。目の前のラジオタワーは電源ハブを兼ねているようで、そこから無数の電線が伸び、それが蜘蛛の巣のように見えた。

 "リバースロックINN"の看板を見つけ二人はその建物に入った。廃材の扉をくぐると、誰もいない廊下だった。一番奥には階段が見える。内装はシンプルで無駄のない、というより味気のないものだった。全体的に美観より機能美を優先した、宿泊のためだけの施設といった趣だ。

 二人はさまよったあと適当な部屋のドアにかけてあったルームボードをひっくり返して"It,s in"にすると、おそるおそる中に入った。

 質素な部屋だった。汚くもなく、キレイでもないといった印象だったが、すくなくとも虫が出そうな感じではない。そこで荷解きをしているとノックがあり、女中とは思えないような油まみれの女が飯の用意があると伝えてきたので、それについていくことになった。

 そして、少し離れたところにある酒場へ案内されたのが数分前―――今現在、中は大変なことになっていた。


 「ほんま見つかってよかったで。あのままじゃウチは飢え死にやったわ。」テーブルについたモナが頭上に飛んできた爆弾のようなパンをキャッチして言った。


 「だね。しかもこんな平和そうな町。」アニタは言葉とは裏腹に、眉尻を下げて何事かを思案するような顔つきだ。


 「どしたん。なんか考えごとか―――」


 モナは食べ辛そうに爆弾パンをかじった。その間にも飛んできたビールジョッキをノールックでつかむとその中身を確かめることもなく口に入れた。そして吐いた。


 「なんやこれ小便か?!」


 「なんか嫌な予感がする。」


 「こんなもん投げてよこすなやアホ!!」


 酒場では先ほどから乱闘が起きていた。大勢の男が入り乱れ、食器を投げたり、料理をぶちまけたり、大変なありさまだ。殴り合いも行われていて、すでに床に倒れている人間もいる―――と思ったらただの酔っぱらいだった。


 「おい俺のパンどこ行った?!」赤い顔の男がテーブルの上で叫ぶ。


 「あの女がもってますわ。」


 「なんやこれか?ほな返したるわ!」


 モナは持っていた爆パンをテーブルの男へと投げた。それはまっすぐ飛び、彼をノックアウトしたあと、大変にお汚れになった床の上へと転がりになられたのですわ。


 「なんてことしやがる?!あいつはまだローンが残ってるんだぞ?!」


 「なんやこいつら……"秩序"が聞いてあきれるで……」


 ひどい騒ぎだった。きっとまともに冷静だったのはアニタだけだった。彼女は配膳されてきた薄い色のスープをひたすら食べるだけで、何事かを考えているようだった。


 「赤獣人レッドバック!」


 突然呼ばれたその声にモナが振り向くと、背の高い、髪を半分剃り上げた男がすぐ後ろで仁王立ちしていた。彼は刺青の入った腕に力を入れを作ると彼女に言った。


 「どうしてこの町にいる?ここは人間の町だぜ!」男はつぎつぎにポーズをとると、筋肉を見せびらかしたことに満足したのか腕を組んだまま彼女を凝視した。


 「そんなん勝手やろ?あったから入ったんや、邪魔するで~ってな。」モナは鋭く男を睨んだ。


 「なるほどな!なら飯をかけて俺と勝負しようぜ!!!!」


 「……はあ?」


 「カロリーが足りなくてね!量が少ないとこいつが嫌がるんだよ!」パンパンっと腕をたたく男。


 「よそでやりや、住民をボコしたら追い出されてまうやろ?」モナはニヤリと笑った。


 「その心配はいらないぜ。腕相撲だし、俺は客人だからな。それに見な。」


 男が指をさした方をみると食器が山になったテーブルが目についた。

 そして、彼の言った「客人」という言葉にアニタは振り返った。


 「はあ~、この騒ぎの原因はお前やな。」と、モナ。


 「その通り、俺は強いからな!あとはあんたらだけさ。」


 「おもろいやん、ウチは喧嘩でもええで。」


 「平気さおチビさん、俺は女子供ともヤるけど、飯が食えなくなるのは可哀そうだしな。」


 「病院の場所知ってるか?ウチが教えたる。」モナはオレンジのツナギ服を上半身だけ脱ぐと、それを腰のあたりで縛り、タンクトップ姿になった。その傷だらけの肌と赤褐色の体毛を見て、男は口笛を吹くと自らもレザージャケットを脱いでピチピチのタンクトップ姿になった。


 突如としてタンクトップ達の喧嘩が始まった。酒場にいたほとんどの人々は熱狂してモナを応援し始めた。アニタもスープを飲みながらそれを観戦することにした。

 かなりの体格差がある勝負だ。男は2mはありそうなのに比べてモナは150㎝ほどだろうか。しかし、そんなもの関係ないと言わんばかりにお互いが全力で殴りかかっているように見える。モナが小ささを生かして付近のベンチやテーブルの上を飛び回るのに対して男はすべてを力ずくで吹き飛ばし、直線的な動きでモナを追い詰めている。男の投げる椅子が壁にぶつかって大きな金属音をたてる。モナはそれにひるむことなく壁を蹴って飛び掛かり、鋭い蹴りを喰らわす。それは男の顔を直撃したが、鼻血を出す程度のダメージだったようだ。

 一方のアニタは飛んでくる食器をスライムボディで受け止めると、壊れないようにそっとテーブルに置いた。そしてそれについていたソースを指でとって舐めると顔に笑顔を浮かべ同じ動作を繰り返した。そのあとふと、自分と同じく皿についたソースを味わっているもう一人の人物に気付いた。それは女性だった―――レザーのジャケットを着て、ウェーブのかかった銀色の長い髪を赤いカチューシャでまとめている。彼女はこの騒ぎには距離をおいて、冷ややかな目を向けているだけだった。

 突然、アニタのテーブルの上へモナが横っ飛びに吹き飛んできた。彼女は顔にあざができている。


 「大丈夫?」アニタは眉一つ動かさない。


 「あいつごっつ強いわ。手えださんといてや。」


 モナを押し出すようにして立たせる―――と、突然酒場に銃声が響き渡った。

 入り口に先ほどみた車列の集団と、ハルトマンが立っていた。そして彼は張りのある大声で言った。


 「デラン、カチューシャ、それとアニタ、モナはついてこい!クソの処理はしなくていいぞ!清掃員が喜ぶからな!」


 アニタはテーブルの上にぶちまけられたスープを手で吸い上げて味わった。それは油と豆と錆の味がした。


 


 第二話 リバース・ロック・ジャム 続く

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