荒野のWASTED

明方明星

第一部 クズ共

第一話 荒野の旅人

 車上生活ももう三日目になる。行けども行けども見えるのは荒野だけ。岩と砂の大地をもう一生分は堪能した。


 「ふぁ~~あ、ったく、ここどこだよ。」


 「せやから言うたやろ、あそこで右やったんやて。」


 昨日のことを言われても―――スライムのアニタは心の中で思った。

 燃料メーターの警告灯が点いた。そろそろガス欠だった。ルーフキャリアに積んだポリタンクにも、もうガスはない。

 

 「ガス欠やん~、最悪や。」


 モナは強靭な肉体を持つ亜人ミュータントだったが今に限っては、その豊かな感情表現で悲しみを表現することに全力の普通の少女だった。トレードマークのツナギ服のポケットからミントグミを取り出すとそれを口に放り込み、もにゃもにゃと文句を言う。


 「ほんま聞かん坊やで方向音痴のくせになあ、もぐもぐ。」


 首から提げたゴーグルが陽光を受けきらりと光った。全身に生えた体毛と同じ赤褐色の髪がそれを撫ぜる。


 「こんななんもないと思わないじゃん。」


 「しゃーない、"パック"使お。」


 「やむなし。」


 アニタは車を停車させ、降りると、トランクを開けた。中には銃と食料、水、エナドリ、クマちゃん人形、そして目当ての物を見つけ出す―――それはずっしり重い鈍色の筒だった。名前は色々ある―――"エマージェンシーポッド"だとか、"スペシャルパック"だとか。彼女らは"パック"と呼んでいた。

 アニタはその筒の両端についたダイヤルを弄るとモナに警告した。


 「そんじゃ投げるよ。」


 それを遠くに放り投げると急いで車に戻り、発進させた。そして、少し離れたところに再度停止させる。

 モナはヤニ臭いクーラーの風を浴びながら外を見て言った。


 「しっかし、良い天気やな。」


太陽が高く昇り今にも中天に差し掛かるかという頃、 乾燥した色味の乏しい景色の中、青空と荒野の境界に―――町がみえる!


 「アニ!見てみ町や!」


 「蜃気楼でしょ。」


 「知ってた。」


 砂を含んだ寂しい風がびゅうと吹く。西部劇で見るがコロコロと転がった。車の下ではサソリか何かがカサカサとやっている。

 ここは荒野バッドランズ―――岩と砂の無法地帯。


 ―――ドンッというすさまじい衝撃音。振動にちょっと遅れて砂が巻き上がる。


 「キタ!」とアニタは車を発進させ音の方へと急ぐ。もうもうと上がる砂煙。

 

 そこに着くと、抉れた地面の中心に、ちょうど1mくらいの黒い金属の卵が斜めに刺さっていた。側面には白い字で"お買い上げありがとうございます"の文句と、小さく"SLYMAN.CO"の文字が書いてある。二人は車から降りると、その物体に近寄り、埋め込まれたレバーを力強く捻った。

 バシュッという音とともに天面が開く。広告と商品の案内をするアナウンスを無視して漁ると、中にはゲル状の緩衝材と一緒にパッケージされた固形非常食、缶詰、水のボトルとエナドリ、防水ケースに入った小型の拳銃に加え、ガソリン缶と、死亡保険の申込書類が綴じられたファイルが入っていた。


 「この缶詰パンパンや。」「うまうま。」


 彼女たちは物資を回収し終え目的を話し合った。その結果とりあえず蜃気楼の方にでも進むということに決まった。ガソリンを入れた車に乗り込み、出発する。

 色褪せた白い塗装に錆の浮いたセダンが唸りをあげ、地面を滑るように動き始めた。ディーゼルをまき散らして、おんぼろは加速する。車には名前があった―――それは"カビー"―――小さな部屋cubbyだから"カビー"。


 「気を取り直して、出発。」


 アニタはあまり見ないタイプのスライムだった。エンジンの振動でプルプルと震える肌、人間のように皮膚があるわけもない。青い粘液の身体に、眠そうな目とそれに平行の眉、だらしのない口元。そして鎖骨まであるウェーブのかかった触手を後ろに結び、余った部分を前から垂らしている。廃墟で拾ったボロボロのショートパンツに穴の開いたTシャツは荒野の不良流儀パンクスタイル、その上にほつれの目立つぶかぶかのジャンパーを着ていた。

 彼女は赤いスニーカーでアクセルを踏み込む。エンジンのトルクが上がり、角ばった車体を推し進める。ひどく揺れるがきっと新鮮なガソリンの味に喜んでいるだけだ。ミラーにぶら下げたアミュレットがチャラチャラと陽気に踊った。と、カーラジオからショパンの優しく清らかなメロディが流れてくる。


 ラジオ「~♪」


 「あ、ラジオ来た。」


 「眠くなるで。」


アニタとモナはあてのない旅をしていた。

 

 「ところで、ガソリンもつと思う?」


 「どうやろな。"パック"ももうないし。」


 「はあ、なんでこんなことになったんだか。」


 「人生山あり谷あり荒野あり。死ぬときは一緒や。」


 「気が早いよ~」


 「あれ?なんやお客さんか?」


 モナがサイドミラーに映る車の存在に気付いた。それは砂塵を巻き上げながら猛スピードで近づいてくる。重く、低いエンジン音も聞こえてきた。


 「やばそうな連中。」アニタも気づく。


 その車はあっという間に"カビー"の横につけると、挑発的なクラクションを鳴らす。ごついバギートラックだ―――荷台には"いかにも"な感じの銃をもった男が奇声を上げて騒いでいる。その男はカラーコーンをメガホン代わりにして言った。


 「ヒャッハ―!とまれ!蜂の巣にするぞ!」


 バギーの窓がおりて、中の男も銃を突き出した。荷台に一人、車内に二人。


 「らしいで?」モナの表情は拍子抜けするくらいのあきれ顔だ。きっと親が死んでもこの顔をする。 


 「ふーん。」

 

 「同業者やな」 


 「同業者?あたしらなんか仕事してたっけ?」


 「無法者。」

 

 彼らは顔に黒い塗料でウォーペイントをしていた。

 二台の車が荒野を並んで走る。前方にはただ空間があるだけで、あくまで仮定の話ではあるが、ここでカーレースを行ったとしてもなんの障害もないことは明白だ。

 それまでクラッシックを流していたカーラジオが、キャスターの声に変り、曲の変更を告げた。「夜想曲第一番でした。つづきましてはおなじくショパンで―――」


 「おい!きこえねえのか?!マジに撃つぞ!」レイダーは語気を強めた。カラーコーンに書いてあるのは"危険"の二文字。


 「たんまりガソリン持ってそう。」アニタは口だけで笑い、車のギアを上げた。エンジンの音が高くなる。そしてカーラジオは混線した「―――"Killing on Wasteland"」


 「そんなら」モナが大きく伸びをして後部座席に手を伸ばしたと思うと―――


 「―――いただきや!」


 狂ったネズミがゴミ箱の中で踊りまわるようなギターリフとサブマシンガンの破裂音が同時に響いた。200BPMの速さで襲い掛かる鉛玉、暴れるドラム。 

 ダダダダダダッという音ともに男は血しぶきを上げ、車から落ちたあと、地面を転がっていく。地面の上を何度も跳ねたあと、すぐに見えなくなった。


 「クソが!殺せ!」運転席の男が散弾をばらまきながら叫ぶ。


 アニタが"カビー"を急減速させたことによってその弾丸は誰も傷つけなかった。

 モナはダッシュボードを開け、中の自動式拳銃をアニタに投げる―――規格化された小口径弾12発を腹の中に入れた黒光りする可愛いやつ。


 「久しぶりや!血がみれるで!」


 「後ろにつける。」


  "カビー"は急加速した。さらに飛んできた敵の散弾がフロントガラスに当たるが傷一つつかない。それはいつだったかに二人の全財産をはたいて買った、商人曰くミリタリーグレードの一品だった。予算の都合で正面だけだが。


 「はっはー!死にさらせ!」モナが窓から銃を突き出し、弾をばらまく。それは助手席の敵を狙ったが当たらない

 アニタも同じく運転手を狙ったが当たらない。


 二台の車が荒野を爆走する。車体が段差を踏み越すたびに、生き物のように飛び跳ねた。お互いが車を止めるためにタイヤや動力部を狙うが、車体に対してはダメージを与えることができない。

 敵が急ブレーキで体当たりを仕掛ける。が、アニタはつかず離れずでそれをいなす。そして銃撃戦が続いた。


 「あいつまじでいい車だよ。」アニタは発砲をやめ窓から顔をひっこめた。


 「ぺっぺっ、埒あかんな、隣につけてや。」モナは車内に砂を吐き、首に提げていたゴーグルを着けた。


 「まかせ―――ちょ?!」右に急ハンドルを切り、車体が大きく揺れた。あやうく横転するところだったのをかろうじてバランスする。


 「なんや?!」モナは助手席のドアに叩きつけられた。


 前方の車の助手席から大きく長い筒状のものがぬっとでてくる―――ケーブルに覆われた銃身の後部に赤い燐光を放つ金属球―――バスターキャノンだ。


 「うわわ!」「右!もっと右や!」


 銃口が赤く光るとそれが長い一筋のビームとなって"カビー"の左後方をかすめる―――ギュン!一瞬おいて轟音とともに目に悪そうな赤い光の爆発が一帯を照らした。直撃していたら粉々になっていただろう。ドロドロに溶けた岩が飛び散り、地面にマーブル模様を描く。パンの上にいちごジャムをぶちまけたみたいだ。


 「なんてもん持ってんだ!」「物盗りとちゃうんか?!」


* 


―――「Fooooo!すげえ!戦争ができるぜ!」バギートラックの助手席に乗っている男が言った。


 「チャズ!車ごと吹っ飛ばしてどうする?!荷物をいただくんだろ?!」運転席の男は苛立った。


 「わかってるって、だろ?」チャズはへらへらしながら再び窓からからだを乗り出す。銃の後部の排熱フィンから蒸気が立ち上っているが、あと一発は撃てそうだ。


 「チャズ!」


 バンッという音。


 「ああ?―――ッッ?!」


 チャズが音の方を見るとバギーのルーフに亜人ミュータントの女がいた。高速で走る車の上であるのに、二本足で立っていた。


 「なんだてめえ?!」チャズはその女に照準するが―――


 「あぶな!」女が蹴る。


 その蹴りはバスターキャノンを一撃で高級スクラップにしたあと、車のはるか後ろへと吹っ飛ばした。そして赤い閃光と轟音。いとも簡単に爆発した。

 さらに女は体毛の生えた太い腕でチャズの胸倉をつかむと車の外へと投げ捨てた。


 「チャズ?!」運転席の男は困惑した。サイドミラーには右後方の白いセダンが映っている。そこから跳んでくるにはかなりの距離があった。


 助手席の窓からネコ科の動物を思わせるようなしなやかな動きで亜人ミュータントの女が侵入してきた。首と腕には赤褐色の体毛が背中側を覆うように生えている。


 「赤獣人レッドバック?!」


 「せやで~、車停めんと、食うたるで。」


 *


 「いやー勝った勝った、これで物資も潤う。」アニタはうきうきで停車させたバギーからガソリンを抜き取り、さらに車内にあった銃弾のカートンとビスケット缶、水を奪った。


 「こいつどないしよ。やっぱひき肉か?」モナはベルトで縛られた男を指さした。


 座らされた男は無言でうつむいたまま地面を見ていた。顔を真っ黒に塗ってジーンズにライダースジャケットを着ている。顔のペイントさえなければ、どんな町にもいそうな青年だった。


 「あんたはなんで襲ってきたの?」アニタは、ばつが悪そうに聞いた。


 「……殺せ。」うつむいたままで男は絞り出すように言った。


 「どうせ女が乗ってるとみて~とかそんなんちゃうん?」モナは頭の後ろで手を組みながら男を見下ろしていた。


 「生活のため?」


 男は沈黙を貫く。


 その場の誰もが喋らず、しばしの静寂が訪れる。荒野を吹き流れる風の音だけが聞こえた。

 と、アニタはパンツに挟んでいた拳銃を引き抜き男の眉間へめがけて撃った。乾いた音が三回響き、ただの人間の命を奪うにはそれで事足りた。人形の糸が切れるように力なく崩れる肉袋。


 「ちょ、殺すならなんで聞いたんや、そこは助けるんとちゃうんか?」モナはびっくりした様子だ。


 「う~ん、まあ、物資奪っといて追放もちょっとあれかなって。」アニタは拳銃をしまうとその男の死体を漁り始めた。


 「そらそうやけど…まあ野垂れ死ぬくらいなら銃弾で死んだほうがましか。」


 「そうそう。」アニタは男のジャケットから写真を見つけたが、対して気に留めるでもなくそれをぽいと放り投げる。それは風に乗ってどこかへと飛んで行った。


 「ほんま優しいで、うちら。」


 二人は漁り終えると車を点検し、問題がないことを確認したので出発した。

 目的地はない。だがラジオ電波が入ったということは近くに集落があるはずだ。

 アニタはハンドルを握りながらバックミラーに映る死体を見ていたが、すぐにそれをやめると、窓の外を流れていく景色を眺め始めた。青い空の中を一筋の細い雲が浮かんでいる。モナもダッシュボードに足を投げ出して同じものを見ていた。

 死体には早くも動物が群がってきた。大きな鳥、奇怪な犬、ネズミのような肉塊―――獣たちは餌を求めて争い、それは夜まで続いた。


 


 

第一話 荒野の旅人 終わり

 


  


 


 

 

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