第四話 ――魔王の力と選択の時

 夕焼けが沈むころ、僕は畑の道を歩きながら魔王の提案について考えていた。

(力を取り戻しながら共に動く……そんなことをして本当に大丈夫なのか?)

 魔王の言葉には一理あるように思えた。神父の言っていた儀式や封印の方法にはどれもリスクが高く、僕の命もどうなるかわからない。

 けれど、魔王の提案を受け入れることで、彼に主導権を握られる危険もある。それがどれほど恐ろしいことかは、言うまでもない。


(まあ、まずは手始めに試してみるのもいいのではないか?)

 魔王の声は、まるで僕の迷いを読み取ったかのように響く。

(試すって……何をする気だ?)

(ふむ。今の我は力を完全には行使できぬが、それでもいくらか魔術を使える。少しばかり貴様に教えてやろうではないか)

(えっ、魔術?)

(そうだ。貴様が今後、この世界で生き延びるためにも力は必要だろう。それに、力を得れば貴様自身も多少は強気になれるだろうよ)

(……お前の魔術なんて危険そうだけど……)


 少し戸惑いつつも、僕は魔王の提案に興味を引かれていた。農民の息子として何の才能もない僕が、もし魔術を使えるようになったら――それは、少しだけ未来に光をもたらすのではないかと思えたのだ。


「わかった……試してみるよ」

 僕が心の中で答えると、魔王は笑ったようだった。


(よろしい。では少し離れた場所に行くがいい。村人どもの目が届かぬところでな)


初めての魔術

 僕は畑から少し離れた森の中に向かった。木々に囲まれた静かな場所で、足元に落ち葉がふかふかと積もっている。鳥の鳴き声と風の音が心地よいが、今はそれどころじゃない。

(ここなら大丈夫だろう……)


 魔王の声が再び響いた。

(まず、魔力を感じることから始めるぞ。貴様の体内には、我の魔力が微弱ながら流れ込んでいる。それを意識しろ)

(魔力を……意識?)

(そうだ。目を閉じ、内側に集中しろ。我が力は貴様の中に存在している。だが貴様の意思が弱ければ、それを引き出すことはできぬ)


 言われるままに目を閉じ、意識を内側に集中させる。すると、確かに自分の体の中に、微かな流れを感じた。それは温かくも冷たくもない、不思議な感覚だった。


(それだ。感じ取った魔力を手のひらに集めろ。最初は小さくてよい。火のようなものを想像し、集中するのだ)


 手のひらをゆっくりと前に出し、魔力を集めるイメージを浮かべる。すると、手のひらにほんの小さな黒い光が現れた。

「こ、これが……魔術?」

(フン、まだまだ小さな火花程度だがな。それでも初めてにしては悪くない。次はその力を操る訓練だ)


 魔王は僕にさらなる指示を出した。光を大きくしたり、形を変えたりする訓練だ。最初は難しかったが、何度か試しているうちに、少しずつ扱えるようになってきた。


(思ったよりも飲み込みが早いではないか。やはり我の力が優秀ということだな)

(いや、それは……僕のおかげでもあるでしょ)

(クク、勘違いするな、小僧。我が力がなければ貴様はただの無能だ)


 魔王の嘲笑に少しイラッとしたが、確かに彼の力がなければ、僕がこんなことをできるはずもなかった。


魔王の目的と不安

 その夜、家に戻りながら僕は考え込んでいた。魔術を使えるようになったことで少し自信がついた反面、魔王が僕を利用している感覚は拭えなかった。

(なあ、アルナール。お前の目的って、結局なんなんだ?)

(目的? 決まっておろう。我の力を取り戻し、この世界を再び支配することだ)

(やっぱり……)

(だが安心しろ。貴様が今すぐ命を落とすような真似はせぬ。我と共に動けば、貴様にも利益があるはずだ。少なくとも、今よりはな)


 魔王の言葉には本当のところ、どれだけの真実があるのだろうか。彼が僕を本当に支配する瞬間が来たら――そのとき、僕は抗えるのだろうか?


「はぁ……」

 深いため息をつきながら、僕は家の扉を開けた。日常の中で何とか前に進もうとするものの、心の奥底に漂う不安が消えることはなかった。


 そしてその翌日、僕はさらに大きな問題と向き合うことになる。村の外れで、新たな異変が起こったのだ――。


――続く――















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