第52話 想い
「――すみません、お待たせしました」
「ううん、私も今来たとこだから……なんて、なんだか久しぶりのやり取りだね。まあ、ほぼ立場は逆だった気がするけど」
それから、一時間ほど経て。
すっかり夜の帷が下りた頃、さながらデートのようなやり取りを交わす僕ら。尤も、デートの待ち合わせにはあまり似つかわぬ場所――とあるマンションの広い屋上ではあるのだけど。
ともあれ、じっと目を見つめ尋ねる。例の発信相手たる、鮮やかな茶髪を纏う優美な女性へと。
「……それで、どういったご用でしょう……
『――ごめんね、
30分ほど前のこと。
そう告げると、穏やかに微笑み頷いてくれる蒔野さん。連れてきた先は、病院――もちろん、お父さまのいるあの総合病院で。理由は、彼女を独りにしないため。……まあ、今日は大丈夫だと思うけど念には念を。それに、お父さまのことも心配だし。
そういうわけで、僕は今一人で薺先輩と対峙している。そして、彼女は薄く微笑みゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……もう、分かってるくせに。これが、最終通告だよ
彼女の言葉に、口を真一文字に結ぶ僕。思い上がっていたつもりはないけど……まあ、おおかた予想通りの内容で。
……思えば、違和感はあった。蒔野さんが例の気配を感じたのは、およそ二週間前――お父さまが突如倒れ入院し、暫く一人で暮らすことになった頃。だから、どういう経緯か犯人がそれを知り付け狙うようになったとすれば、タイミングとしてはそれほど疑問はない。
だけど……だったら、あまりに慎重すぎないか? 一週間あって、気配だけ見せて何ら行動を起こさないというのは。長引けばその分警戒もされるし、警察だって動き出すかもしれない。それに、往来の少ない夜道とは言え人に見られる可能性も……何にしても、ほぼリスクしかないように思えて。事実、こうして僕に話す猶予を与えてしまい、その日から蒔野さんの傍にはほぼ常に僕がいる状態に――
そして、それこそが先輩の狙いだった。そして、それはあの感覚――あの悍ましき気配が、恐らくは彼女以上に僕に向けられているであろうあの感覚からほぼ確信出来て。
つまり、蒔野さんを最初に標的にしたのは他ならぬ僕へのメッセージ――蒔野さんとの件で、僕に話があるという薺先輩からのメッセージで。
……ただ、それでも――
「……ですが、薺先輩。それでも、どうしてこのような方法を? 必ずしも、蒔野さんが僕に相談するとは限りませんし、したとしてもその前に通報している可能性もあったはず……流石に、リターンに比べリスクが大きすぎのでは?」
そう、率直な疑問を口にする。そもそも、この計画は彼女が僕に相談しなければ成立しない。その前に警察に連絡してしまえば台無しだし、普通はそうすると考えるのが妥当で――
「……ああ、その心配はなかったわ。もちろん、あの子のことはさほど知らないけど……それでも、不思議と確信があったの。あの子なら、警察じゃなく恭ちゃんに頼ると。父親が家にいない今、貴方と二人きりになる絶好の機会なわけだし」
「…………」
すると、何処か不敵に微笑み告げる薺先輩。確かに不思議ではあるけど、実際そうなったのだし本当に確信があったのだろう。それに……やっぱり知ってたんだ、お父さまのこと。まあ、担任ではなくとも自身の学校の生徒――そのご家族の情報であれば、外部の人間に比べれば入手しやすいのかもしれない。……ただ、それはともあれ――
「……もしも、お断りしたら?」
そう、じっと見つめ尋ねる。すると、不敵な笑みのままゆっくりと口を開いて――
「……そうだね、その場合は仕方ないから――死んでもらうことになっちゃうね、恭ちゃんに」
そう、真っ直ぐに告げる薺先輩。一方、僕はホッと安堵を覚える。まあ、ほぼ分かってはいたけど……良かった、蒔野さんじゃなくて。
「ふふっ、恭ちゃんらしい反応だね。まあ、あの子に死んでもらってもあんまり意味ないしね。あの子だろうとなかろうと、貴方が私を選んでくれないなら同じこと。だったら……いっそ、貴方にはいなくなってもらうよ」
「……先輩」
「それで、もう一度言うけど――私のところに戻ってきてよ、恭ちゃん。戻ってきてくれたら、恭ちゃんの罪も無かったことにしてあげるし……私も、自分の罪を心から謝る。それで、ちゃんとやり直そ?」
そう、手を差し出し告げる。僕の良く知る、太陽のような笑顔で。
ここで、僕が取るべき選択は一つ。彼女との――蒔野さんとの約束を思えば、ここで断るという選択はあり得ない。きっと、僕が死んだら本当に彼女は……だから、取るべき選択はただ一つ。ここで、薺先輩の手を取ること。……なのに――
「……すみません、先輩」
「…………え?」
そう、ポツリと零す。そして、唖然とする先輩の
「……それでも、好きなんです。僕は……誰よりも、蒔野
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