第37話 ほんとに冗談?

「それで、由良ゆら先生。手応えのほどはいかがですか?」

「……うーん、そうだね。少しずつ……本当に少しずつだけど、距離は縮まってると思う。だけど……」

「まあ、そう簡単にはいきませんよね。きっと、私ほどチョロくはないでしょうし」

「……いや、君もチョロくなかったんだけど」



 その後、久方ぶりに昼食を共にしつつそんなやり取りを交わす僕ら。……いや、君もチョロくなかったよ。全然チョロくなかったよ。これでも、君を助けるのに文字通り命かけてたからね? 僕。



「……それで、蒔野まきのさん。いつも頼って申し訳ないんだけど、なにかアドバイスとかあれば頂けたらなと……」

「ふふっ、申し訳なく思う必要などありませんよ。むしろ、歳下――それも、教え子に対し素直に意見を求められるその度量、とても素敵だと思います」

「……蒔野さん……うん、ありがと」


 そう伝えると、少し可笑しそうな――それでいて暖かな微笑で答えてくれる蒔野さん。うん、なんだかくすぐったいけど……でも、ありがとう蒔野さん。


「……さて、私からの意見ですが……答えになっているかは分かりませんが、由良先生の思うように接してあげれば良いかと。それこそ、私の時と同じように」

「……蒔野さん」


 それからほどなく、暖かな微笑のままそう告げてくれる蒔野さん。真っ直ぐに僕を見るその瞳から、僕に対する疑いようもないほどの深い信頼が伝わって。


「……ううん、ちゃんと答えになってる。ありがとう、蒔野さ――」

「――ところで、由良先生」


 すると、僕の言葉に被せる形でそう前置きをする蒔野さん。さっきとは違い、何やら悪戯っぽい笑顔で。……うん、なんだか嫌な予か――



「――私、久谷くたにさん……そして、今回は音咲おとさきくん……全く、先生ったら美男美女のためなら張り切るんですから」

「誤解にもほどがあるよ!!」




「さて、冗談はさておき――」

「うん、ほんとに冗談だよね?」


 その後、そんな彼女の前置きに思わず被せてしまう僕。……うん、ごめんね? でも、つい。


 ……まあ、もちろん美男美女そのてんに関し全く否定はないんだけども……でも、偶然だよ? ええ、もちろん偶然ですとも。まだまだ不束な身ではあるものの、決してそのような差別は――



「……その、覚えていますか? 以前、お弁当を作ると申し上げたのを」

「……あ……うん、もちろんだよ蒔野さん!」

「……お忘れでしたね?」

「……あ、えっと……はい、ごめんなさい」


 すると、僕の――我ながら白々しい僕の返答に白い目で尋ねる蒔野さん。うん、その……はい、ごめんなさい。



「……まあ、仕方のないことではありますけどね。久谷さん、そして音咲くん――先生にとって、心を砕く日々がずっと続いていますし」

「……いや、そんなことは……」


 すると、ほどなく柔らかな微笑でそう告げてくれる蒔野さん。そんなことはない、と言えば二人に失礼かなとも思うけど……それでも、お弁当の件を忘れていた言い訳にはならない。


「……その、ごめん蒔野さん。君さえ差し支えなければ、僕はいつで――」

「――ですが、暫くは構いません」

「……へっ?」

「……今、先生は音咲くんのことで手一杯……そのような状況だと、味などほとんど分からないかもしれません。なので、ひとまずは今件が解決して以降で構いません。と言うより、是非そのようにさせてください」

「……蒔野さん」


 そう、優しく告げる蒔野さん。……本当に、気を遣わせてばかりだな、僕は。でも、だからこそ――



「……ありがとう、蒔野さん。この件は、必ず解決する。だから、その時は――」

「あっ、ちなみになるべく早くしないと消費期限が切れちゃうかもですよ?」

「先に作っちゃうの!?」









 




 

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