第34話 祈り

「……どうか、安らかに」



 それから、およそ一ヶ月経た八月中旬。

 茜に染まる空の下、石畳の上に跪き心からの祈りを口にする。……どうか、ゆっくり休んでほしい。どうか、安らかに。


 そんな僕がいるのは、山中の中腹ほどに位置する共同墓地。そして、僕の眼前には一基の墓石。そこには――



船原ふなばら 友希哉ゆきや



 そう、深く刻み込まれた五文字。二つ歳下の、かつての僕の部下――そして、僕のせいでその尊い生涯に幕を下ろしたかけがえのない友人で。





 ――それから、数日経て。



「……そう言えば、今日だっけ」


 黄昏色の空の下――買い物を終え家路を歩く最中、ふとそんな呟きが洩れる。そんな僕の耳に届くは、高らかに鳴り響く太鼓の音。……そう言えば、今日だっけ。お祭りの日。この音を聞くと、どうしてかふと懐かしさが込み上げじんわりと胸が暖まる。


 ところで、去年はなずな先輩と一緒に行ったんだけど……でも、流石に今年はね。当然ながらお誘いとかなかったし、これまた当然ながら僕から誘う資格なんてあるはずもなく。


 ……だけど、資格どうこう以前に……僕は今、本当に先輩と行きたいのかな? もちろん、行きたくないわけじゃない。ない、けど……それでも、最も一緒に行きたい人かと問われたら、きっと――



 ――トゥルルルル。


「……わっ!!」


 卒然、ポケットから鳴り響く電子音。……いや、別に驚くことでもないんだけど。ともあれ、発信源たるスマホを取り出し画面を確認。そして、応答ボタンへそっと指を添え――



『――ご無沙汰です、由良ゆら先生。ご機嫌いかがですか?』



 そう、柔らかに耳をくすぐる声。既に名前は確認してたけど、確認そうせずともその声だけで分からないはずもなく――



「……うん、久しぶり……蒔野まきのさん。うん、お陰さまで。蒔野さんは?」

『ふふっ、何ともテンプレートな返答ですね。はい、私もお陰さまで』


 そう答えると、少し可笑しそうな声で返答こたえが届く。あの後、お母さまの申し出を断ったという蒔野さん。だけど、それでも夏休みくらいは一緒に過ごさないかとお誘いを受けたようで。一緒に暮らすという最初の申し出を断った申し訳なさ、そして久しぶりにお母さまと過ごしたいという気持ちもあり、夏休みだけならと承諾し、ここ一ヶ月ほど北海道にいるわけで。


 ともあれ、およそ一ヶ月ぶりの蒔野さんの声……うん、ほんとに久し――


『……ところで、由良先生。この一ヶ月、よほどお忙しかったようですね?』

「……ん? いや、別にそれほど……あっ」


 すると、ふと届いた彼女の言葉に疑問を抱きつつ答えるも自身で留める。と言うのも……何処か不満の窺える彼女の声音からも、何を言わんとしているか流石に分かったから。


 ……うん、僕も思ったよ? どうしようかなって。でも、然るべき理由もないのに生徒に連絡するのは流石に教師という立場として……いや、今更どの口が言ってるんだと自分でも思うけども、それはともあれ――



「……ごめんね、蒔野さん。それから、声を聞けて本当に嬉しい。……正直、寂しかったから」

『…………やっぱり、ずるいですよ、先生』


 そう伝えると、ややあって微かに届いた言葉。……ずるい、か。これでも、全部本音なんだけどね。



 その後も、彼女との楽しいやり取りは暫し続いて。お母さまとの他愛もないやり取りや、来て初めて分かった北海道の魅力など話題は尽きないようで。次は是非ご一緒に、と言ってくれたけど……うん、それは流石にちょっと返答こたえに困ったり。










 



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