第35話 転校生

「――おはよう、皆。こうして、一人も欠けることなく皆の顔が見られて本当に嬉しい。今日からまた、宜しくお願いします」



 それから、一週間ほど経て。

 壇上にて、皆の顔を見ながらそう伝える。今しがた口にしたように、教室には一人も欠けことなく全生徒が顔を見せてくれていて。ひょっとしたら、当たり前の……それでも、すごく尊いと思えるその光景に、ぐっと感慨が込み上げて。


 さて、言わずもがなかもしれないけど――本日は、待ちに待った二学期始業式の日で。……あれ、待ってない? うん、そっか……まあ、そうだよね。



「――さて、さっそくですが……今日から、僕らのクラスに新しい仲間が入ります」

「へっ? それって転校生ってこと?」

「うん、そうだね」


 その後、ややあってそう伝える。高校での転校生は馴染みがないからか、驚いた様子の生徒達。……まあ、馴染みも何も皆にとってはまだ数ヶ月なんだけども。


 でも、実際あまり多くはない場合ケースだと思う。少なくとも、僕の高校時代――そして、教師になってからも一度も見たことはない。


 ……まあ、だからと言って何がどうというわけでもない。新しく僕らの仲間となる子が、少しでも過ごしやすくなるよう努める――それが、きっと僕のすべきことなのは何ら変わりがないわけだし。

 ……ところで、これで良かったのな? 伝え方。前述の通り、高校での転校生って初めてだから適切な表現が分からなくて。



「――せんせーい、その子は男の子、女の子?」

「うん、男の子だと聞いているよ」

「……聞いてる、って……先生、知らないの?」

「……うん、実はね。僕も、今日初めて会うことになってて」


 ともあれ、ほどなくお馴染みの質問が届く。最初こそ少し騒めいていたけど、今はもうすっかり楽しそうな雰囲気に変わっている。……うん、良かった。


 ただ、それはそうと……うん、そうなんだよね。もしかすると、高校での転校生よりもこっちの方が珍しいかもだけど……うん、僕もまだ会ったことないんだよね、その子と。ともあれ、校長先生の話だとそろそろ――



 ――トントン。


 すると、控えめに届くノックの音。どうやら、その子が来たみたいだ。……えっと、ここは僕から迎えに行った方が良いのかな? それとも……なんて悩んでいる内に、ゆっくりと扉が開いていく。そして――



「…………へっ?」



 刹那、ポツリと声を零す僕。そして、教室全体の雰囲気が変わる。近くからは、ハッと息を呑む音も微かに聞こえて。


 まあ、それもそのはず。何故なら……徐に開いた扉の前には、鮮やかな金髪を纏う男の子――目を疑うほどに綺麗な男の子が、こちらをじっと見ながら佇んでいたのだから。



「…………あっ、ごめん! ぼおっとしちゃって。うん、遠慮なく入って入って!」


 ハッと我に返り、少し慌ててそう告げる僕。……しまった、ぼおっとしてた。


 すると、軽く頷きゆっくりと壇上へ近づく美少年。そして、僕の目の前に来たところで――


「……あんたは、あの時の……」

「……うん、久しぶりだね」


 そう、ポツリと呟く。僕をじっと見ていたのは、恐らくそれが理由――例え微かでも、僕に見覚えがあったからだろう。

 そして、僕の方もすぐに分かった。彼は、あの時の――四ヶ月ほど前、鴨川沿いにてぶつかってしまったあの時の少年で。


 すると、ほどなく視線を移す。そして、じっと彼を見つめる皆の方へと呟くように口にする。



「……音咲おとさき成海なるみ。よろしく」



 直後、沈黙が支配する。何処か覚えのある、この雰囲気くうき……そう、あの初日のホームルームで、蒔野まきのさんが自己紹介をした時のあの雰囲気に近いもので――


 ……いや、だからぼおっとしてる場合じゃない。ともかく、何か言わなきゃ――



「うん、宜しくね音咲くん。それで、音咲くんの席なんだけど……あそこでもいいかな?」



 そう、手で示しつつ尋ねる。まあ、嫌だと言われても今はその席しかないんだけども。

 ともあれ、特に不満な様子もなく頷き今しがた示した席――廊下側、一番後ろの席へと向かう音咲くん。そんな彼の背中を見つめながら、あの日と似たような直観が僕を脳を打つ。そして、思う――このまま、放っておいてはいけないと。




 

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