第9話 Water horse
ピロン♪
そのLINEメッセージは唐突だった。
『次のライブっていつなの?』
「わー! 朝陽サンからLINE来たッス!」
「うわっ。何? ちょちょっとどこ行くの!?」
澪が私の手を取ってスパーンと教室の扉を開けて廊下を走る。教師に見つかればすぐに咎められるだろうが、バレなければ問題ないのだ。
「漆池さん、灯火さん! 廊下は走らない!」
バレたので問題である。止まって欲しい。私は引き摺られるまま空を見た。
給食を食べ終わった昼休み、私こと灯火秋はいつも通り同じクラスで同じバンドメンバーの漆池澪と何を話すでもなく机を挟んで各々好きな時間を過ごしていたのだが、いきなり朝陽さんからLINEが来たと叫んで私を無理やり連れ出した。そのまま中庭まで行って、そこにいた3人組の中心に突っ込む。
「うわっ! はっはー!」
「ちょっと、作詞中だよ」
「なんだお前いきなり......」
そこに居たのは坪坨地坂、倥空鵼、風嵐楓の3人。私達Water horseは仲のいいバンド(というか仲の悪いインディーズ学生ガールズバンドは居ないと思う)なんだが、同じ学校同じバンドメンバーと言えどいつでも一緒に居るわけじゃない。地坂と鵼、楓はクラスが一緒だが、私と澪だけ別クラスなのだ。1年は2クラスしかないので確率的に分散するのは仕方ないのだが......ちなみに私達5人は中学時代からの友達である。
「ねーねー朝陽サンが「次のライブいつ?」だって!」
「朝陽さん?」
「松風朝陽サンッスよ!」
「あぁ松風さんね」
「私話した事ないや。先月ライブ来てくれたんだっけ」
楓が牛乳を飲みながら先月のライブを思い出して、鵼はそもそも会ってないので分からないらしい。
「ねーねー鵼次ライブいつ?」
「まだ決まってないわね。ライブハウスも空き出てないし......」
「ぶー」
「てか澪、リーダーなんだから日程くらい決めてくれよ」
「私はリーダー名乗ったつもりないっスよ〜。まぁ悪い気はしないスけど......」
そう、こんなだがWater horseのリーダーは漆池澪なのだ。バンド名を決めたのも彼女だし、なんなら私達を集めバンドを結成したのも彼女だ。最初から目指していたのか、行き当たりばったりなのかは分からないが、私達5人が集まるまでWater horseというバンド名は付けられなかった。
「それよりほら! 昼休み終わっちゃうよ! 次も音楽の授業だし、話はバイトか練習の時! 行こ行こ!」
ボーカル兼リードギター兼元気担当の地坂がいつも通り元気な様子で立ち上がり、ノートパソコンで作詞をしながら話に混ざっていた鵼の脇に手を入れて持ち上げる。バンド一番の低身長の鵼とバンド一番の高身長の地坂で一気に持ち上げられる。
「うわっ! わかった! わかったから下ろせ!」
地坂はその言葉通りに鵼を下ろし、鵼は仕方ないと言わんばかりにノートパソコンを閉じる。
電子キーボード担当(学校ではピアノを専攻しているが)の倥空鵼は「ド」が付く程の音楽バカだ。恐らくここ東京音楽大学附属高等学校の中でも1,2を争う程の。鵼は澪と同じく特別給費入学奨学金の対象者だが、全額支給の澪とは違って半額支給になっている。本人曰く「天才には努力で勝てない」との事。ちなみにWater horse作詞担当でもある。
過密な授業スケジュールを終え、学校終わり。今日はバンド練習の日なので懇意にしてるライブハウス「池袋know」に来た。ここで1度私達Water horseについて説明しておこう。
ベース担当のWater horseリーダー兼結成者の漆池澪。
ギター兼ライブMC担当の私こと灯火秋。
電子キーボード兼作詞担当の倥空鵼。
ボーカル兼リードギター担当の坪坨地坂。
ドラム兼作曲担当の風嵐楓。
以上の5人でWater horseは結成された。出会った時期はバラバラだが、結成したのは中学3年生の夏休み。最後のメンバーである地坂を迎え入れるのと同時に澪が「結成ッスー!」と勝手に盛り上がっていた。正式に活動し始めたのは私達全員が東京音楽大学附属高等学校に入学が決まって、再集結した4月だ。とは言っても無名の学生ガールズバンドがライブ出来るライブハウスを見付けるのは苦労した。これだけは澪も含め全員でライブハウスを総当りし、今の活動場所「池袋know」に行き着いた。見付けて不定期とはいえ対バンライブに出させて貰っているのは偶然と必然が重なり合った結果だ。偶然見付けたのは鵼。話している内に「あ、東音の附属高校の子なんだ。しかも全員!」となり、鵼の熱量もあって初ライブを去年の6月に行った。それからちょくちょく出して貰って、4回目を行った去年11月のライブではチケットノルマ1500円×25枚を達成した。機材のレンタル代は基本アンプくらいで、それ以外の機材は全員自分のをライブハウスの倉庫に置いている。
「ねーねー」
一旦練習に休憩を挟んだ19時頃。澪が口を開く。
「あ? なんだよ」
「楓怖いッスよ〜。昼話したじゃないッスか。朝陽サンの事スよ!」
「ま、またァ?」
「私はちょっと気になるな〜」
「私は別に」
楓と鵼は興味が無いスタンスを貫いているが、地坂は気になるらしい。私は......き、気にはなるけど。それは決して邪な気持ちではなくて......ていうか、私達の年齢で年上高身長......イ、イケメンな男性が気にならない訳が無い!
「ふーんだ。じゃあ楓と鵼には教えてあげないッス〜。地坂! 来るッス!」
「は〜い!」
「秋はどうするッスか? 素直になるッスよ!」
「わ、私は〜......」
「なら除外ッス」
「待って待って分かった私も見る!」
「なら来るッス!」
気になるもんは気になる! 楓と鵼がおかしいんだ!!
「おうおう勝手にやってろ」
「休憩終わりまでに終わらせなさいよ」
「「「はーい」」」
私達3人はそれぞれの楽器を置いて、ベースを肩にかけたままの澪の元に集まる。澪がLINEを開いて「朝陽サン」とコテハン付けられたトーク画面を開きメッセージを送る。
朝陽サン『次のライブいつなの?』既読
Waterちゃん『まだ決まってないらしいッス!』既読
朝陽サン『そっかぁ。ワンマンってやるの?』既読
Waterちゃん『ワンマンはまだやった事ないスけど、いつかはやりたいッスね! ウチのライブハウスMAX300人なんでノルマもキツめなんスよ〜。いつになるかわかんないッス』既読
「次送るッスね」
「え今!?」
Waterちゃん『朝陽サンはいつ来るんスか?』
「ガッツついてるって思われないかなぁ?」
「だぁいじょうぶッスよぉ〜。朝陽サンはそんな人じゃないッス」
「アンタねぇ......松風さんとは1日2日の付き合いじゃないの? なんでそんな事言えるの?」
「1日2日の付き合いじゃないッスよ! ほら見てくださいッス」
ズラーっと今までのLINEトークのやり取りを見せられる。トークの始まりは先月のライブの日から今日までずっと送られている。たまに松風さんからの返信が無い日があるが、基本的に当日内に返信が来ている。
「既にガッツついてんじゃん」
「日頃の愚痴から......音楽の事まで聞いてるの?」
「朝陽サン結構知識あるッスよ。演奏技術はないっぽいッスけど」
「ふ〜ん......」
松風さん音楽好きなんだ......どんな曲が好きなんだろう。やっぱりロック系かな。男性だからアイドル系よりかはロック系の方が好きかなと思うんだけど......って別に連絡先も交換してない相手に私は何を考えて......!?
「おっ! 朝陽サンから返信来たッスよ!」
朝陽サン『そうだな。澪さんはなんかオススメのバンドある?』
「アンタ、もう下の名前で呼ばれてんのね」
「羨ましいッスか〜? 羨ましいッスよねぇ〜?」
「ほら、秋に構ってないで返信返信」
「ひ、酷くない!?」
Waterちゃん『色々あるッスけど......XNICLE(クロニクル)っていうバンドオススメッスよ!』
朝陽サン『あぁ、XNICLEね......』
「なんか反応芳しくないッスね」
「これ、フツーにオススメのバンド教えるんじゃなくて、うちのライブハウスの出演バンド教えて欲しかったんじゃない?」
朝陽サン『インディーズのバンドでいい子達居ないかな。出来れば池袋か湘南辺りで......もちろんこの前の池袋knowでもいいよ』
「ほら」
「失敗したッス......!」
Waterちゃん『なら「飽くる日も」ってバンドオススメッス!』
その後、いくつかメッセージのやり取りをしていたら後ろから澪の頭にチョップが振り下ろされる。
「痛ぁ!?」
「おら、休憩終わってんぞ」
「にしても私だけチョップって酷くないッスか〜!?」
「うるせ」
地坂と私はそそくさとバンド練習に戻る。
ピロン♪
朝陽サン『次のライブ決まったら教えてね。見に行くよ』
というLINEを確認したのはバンド練習を終えた20時過ぎだった。
貞操逆転世界でも俺の日常は変わらない。 只人 唯 @yuuki811
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。貞操逆転世界でも俺の日常は変わらない。の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます