父の思惑
コービンがまだ若く父の商会で働かせてもらっていた時代。その頃のヘツラウェル商会は今ほど大きくなく国内でも中堅程度であった。
コービンの父でありヘツラウェル商会の会長、ユーノン・ヘツラウェルは息子に時に厳しく時に優しく接していた。
ユーノンはコービンが小さい頃から自分が持つ商売の心得の全てを息子に教えてきた。コービンは真面目で父の話を真剣に聞きそれを学んだ。
ゆくゆくは会長の座をコービンに譲る事を考えていたのだ。その父の期待にコービンは応え成長していった。
ユーノンは商売をするなら現場で働く事を大切だと考えており、例えそれが会長の息子でも同じであった。
そして勉強の一環としてコービンを商会が持つ店の店頭で働かせた。その期間実に一年を予定していた。
商売とはどこまで行っても人と人とのやり取りだ。それは客であれ部下であれ取引先であっても同じだ。ユーノンはそれをコービンに知ってもらいたかった。
ある時ユーノンがコービンの修行先の店の売り上げを見た時少し目を止めた。
先月より売り上げが少し上がっていたのだ。
別に売り上げが増えるのはおかしな事でもなく、商売人としては嬉しい事だ。この店の売り上げに注目したのもコービンが働いているからであって特別贔屓にしているわけではない。
――まあ、たまたまか。もしかしたらコービンが頑張っているのかもな
ユーノンはそんな事を思いつつ別の店の売り上げを見ていった。
翌月、修行先の店の売り上げはまた上がっていた。それも先月より多く。
修行先の店は商会が持つ店の中でも大通りから外れた比較的客が少ない店である。少しでも落ち着いた環境で勉強してもらう為の親心であった。
他の資料を見てみると来客数は普段とあまり変わらない。客層も変わらない。だが売り上げだけが伸びていた。
これは客がいつもより多く買っているのだ。
――なんだ?会長の息子の立場を利用して店員に買わせているのか?だが部下からの報告では真面目に働いていると聞いている……それも私に気を遣ってか?ううむ……だが数字だけを見たらまだ許容範囲だ。おかしい点はない……
ユーノンは少し悩んだがここは保留する事にした。あまり自分が口を出すのも良くないと考えていた。それに自分の息子がそんな事をしない人間だと思いたかった。
そして今月、修行先の売り上げは更に上がり無視できない数字になっていた。
――これはいくら何でもおかしい!何でこんな事に!
そして他の資料を見てみるとこの店だけのおかしな点があった。
購入率が他店舗と比べて突出して高かった。つまり店に来た客の殆どが商品を購入した事になる。
物を売る以上冷やかしや他店と比較する為に店を訪れる客は必ず存在する。購入を迷う客もいて買うつもりであったがその場で悩んだ末に思い止まる事もある。
しかしこの店にはそんな客が異常に少ないのだ。来た客全てが満足して商品を購入して行く。そんな異常事態だ。
もしやコービンが店で不正や脅迫まがいの事をしているかもしれない。そう思ったらユーノンは居ても立っても居られなくなった。
ユーノンはその真実を確かめるべくお忍びで修行先の店に向かった。
まずは店の外でショーウィンドウ越しに店内を見た。そこには真面目に歩き回り仕事をしている自慢の息子がいた。
――何だ真面目にやってるじゃないか
父は安心し息子の不正を疑っていた事を恥じた。
客が来ると自ら進んで接客する姿を見て息子の成長に感動した。
ユーノンは瞳に溜まる涙拭き改めて成長した息子を見るとコービンはやたらと腰を低くして接客していた。
「腰……低くないか?」
それはユーノンが思わず呟いてしまうほど腰が低かった。
そうしてしばらくコービンと客がやり取りした後、レジに向かい客は商品を購入して店を出た。
店を出る時コービンが扉を開けて外まで付いてきて店先で頭を下げて客を送り出した。
そうして新たな客が店に入ろうとすると自ら扉を開けて店の中まで案内した。実に丁寧な接客であった。
ユーノンは店に入った。一応変装はしてきたのでいきなりバレる事はないだろうと腹を括った。
「いらっしゃいませ、ヘツラウェル商会にようこそ」
入店と同時にコービンが話しかけてきた。自分で店に入ったのにユーノンは言葉に詰まった。
「ああ」
「失礼ながらお客様はこちら初めてですか?私お見かけした記憶がないものでして」
「ああ、うむ」
ユーノンは覚悟を決めて入店したのはいいがその後の事は何も考えていなかった。
「そうでしたか、ヘツラウェル商会は食品から薬、宝石などあらゆる物を取り扱っております。この店舗では主に日用品や衣服などを取り扱っております。この店舗に置いていない商品でも商品目録をお持ちしますのでご注文できます。何かあればいつでも私共にお声がけください。それではごゆっくりお買い物をお楽しみ下さいませ」
そう言うとコービンは別の客の下へ向かった。
――今のところは普通の接客だな
しかしその後のコービンの接客は父には堪え難いものであった。
「何とお美しい。そちらの商品もお客様に買われて喜んでおります」「その品を手にするとはお目が高い。流石モーブ様!そちらの品は特産品である……」「こちらの飴は大変甘く美味しくなっております。お客様の可愛らしい頬も赤くなり更に可愛くなるに違いありません!」
コービンは来る客来る客、老若男女身分を問わず全力でゴマを擦り接客していた。
そうして調子を良くした客が商品を購入して更に勧められた商品も買っていくという流れが完璧に出来上がっていた。
そんな息子の頼もしく情けない姿を見ているとコービンがユーノンに近付いてきた。
「お客様そちらの商品気になりますか?」
ユーノンはコービン眺めるあまり商品を持ったまま固まってしまっていたのだ。それをコービンは気になっていると解釈して声を掛けたのだ。
ユーノンが持っていたのはペンである。
「えっと、そうだ。息子に買ってやりたくてな」
「何とお子さん思いのお父様なのでしょう。その優しさが雰囲気に溢れております」
「そ、そうか?」
「はい、真剣に贈り物を選ぶと言う事はそれだけ御子息様に対しても真摯に向き合っているのでしょう」
文字通りユーノンは息子と向き合っている。
「えっと、このペンは良い物なのか?」
「はい、そちらのペンは書きやすさは勿論の事、全体の装飾を職人が一つ一つ丁寧に作り上げた逸品でございます。更に名前も彫れますので贈り物にはピッタリでございます」
「それじゃあよくこのペンは売れているのか?」
ユーノンは日ごろの癖で売り上げを聞いてしまった。まずいと思ったがコービンは丁寧に返答した。
「お恥ずかしい話、良い品のではあるのですが値段が値段なだけに好調とは言い難いのです。ですが値段に見合うだけの品でございます」
ペンの値札を見てみると一般的なものより十倍は高い。買えない金額ではないがペンにこれだけのお金を掛けるのは勇気がいるものだ。
コービンは自身が持つペンをユーノンに渡した。
「こちらは私が普段使いしているペンなのですが持ち比べると分かる通り、こちらの品は軽く持ちやすくペン先も自由自在滑るように文字を書けます」
「確かに……」
ユーノンは言われるがままペンをとり試し書きをした。
「お客様の御子息様への思いは決して値段を付けられません。ですが値段にお客様の思いを込める事は可能でございます。高い品となっておりますが買って後悔させるような事は決してありません。それにペンというのは使用する時に必ず視界に入る物でございます。ペンを使う度に御子息様はお客様の事を思い出すでしょう」
その後コービンは別のペンを取り出した。
「それでも値段が引っかかるのであれば同じ職人が作ったこちらのペンもございます。こちらは装飾を外しておりますが性能は全く同じでございます。たいへん実用的であり御子息様の好みによってはこちらの方が喜ばれかもしれません」
一通りのコービンの説明を聞いたユーノンは答えを出した。
「いや、最初の品を貰おう」
ユーノンはコービンの接客に心動かされペンを買う事になってしまった。
「ありがとうございます。御子息様も必ずや喜ぶでしょう。ではこちらにお越しください」
そうしてユーノンは高い買い物をして店から出た。
「本日はお買い上げ誠にありがとうございました。またのご来店を心よりお待ちしております」
そう言いコービンは店内に入っていった。店内に入ると中年男性がコービンに照れ臭そうに声を掛けて先程のペンの説明をしてもらっていた。
一通りの説明を受けると中年男性は装飾品を外した方のペンを持ってレジに向かった。
誰かに贈るのであろう。恥ずかしそうな顔して購入している。
ユーノンはこれ以上居ては怪しまれると思い正体を知らせずにその場から去った。
ユーノンは会長室に戻り今日見た事を振り返った。
息子は誰に対しても分け隔てなく接客し、店員の誰よりも働き、客も満足そうに笑顔を帰っていった。そして店の売り上げを伸ばしてみせた。
何一つ文句の付けのようのない働きっぷりである。
そんな息子の姿を思い出してユーノンは呟いた。
「教育を間違えたかもしれん」
ユーノンは息子の異様に客を持ち上げて腰を曲げペコペコしている姿を思い出して恥ずかしく、情けなく、悲しくなって頭を抱えた。
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