詭弁の花々

小松 加籟 official

翳された林檎

 流石に、隔てた。

 「破けたパンティー、要る?」

 ――、(片腹痛てぇ)と、鵺神楽螢は、俤の灯火に、涙が、零れそうだった。

 旅立つ女神の嗜みと名附けた、髪飾りが、キラりと光りを撥水した。

 「畢竟、瞳孔に塵が入ったなんて言い訳も、藻屑染みてる。言葉は掌から溢れ落ちる砂礫の様に、突如として出て来ないんだね」

 と鷲ヶ森紅蓮が云ったら、薄暗い林立する教室の極光は、虚構とも化すとでも云いたかったのだろうか。

 ……何の話をしていたんだっけ。

 と、鵺神楽は、茫洋として思案した。

 暴風雨の木洩れ日に、おおよそ時給千円を懸けてもいい。 

 それにしても麩の付箋も符合しない。

 「生命感の泥を支払うなら、此方にも考えが在る

。……あ、電話だ」

 と、鵺神楽は云ってから、電話を取った。 

 「もし。嗚呼、俺だけど。え……何やねん。雨? 降ってないよ。うん。もうそろそろ、帰るから。ハァ、実に素晴らしい大賢者様は深海にお帰り下さいませ(笑) なに。はいはい。じゃ、後でな。ハ~イ」 

 「なんて?」……、と鷲ヶ森は訊ねた。

 「何でもない。奇麗な未亡人と不倫したいとさ」

 二人は、場所を、淋しい教室内から、音楽館に繋がる渡り廊下へ移した。

 飲料自動販売機や木造りのテーブルが在る。

 鷲ヶ森の絶対霊感(人間には、肉体と霊体とが存する)が、右腕に漲り、何が欲しいか、人差し指と中指との指尖に、合図が存するのだけれども、

 「喉乾いてる?」

 と彼女が尋ねると、人懐っこい渋い童顔をほんのりと淡く歪ませ、鵺神楽は、立ち淀んだ儘、

 「少し丈――、喉乾いたな」 

 と、反ってぶっきらぼうに肯いた。人間性が、ヒューヒュー云ってる間に、切なそうにココアを淹れる。飲料自動販売機はマグカップ(紙製)を出して、温かいココアを、機械的に提供した。

 (ブレンド珈琲にしよっか――それとも、柑橘系にしよっかな? もしくはチャイミルクティーにする?)と、念じたら、鷲ヶ森の人差し指の指尖が、霊感的にクッと、折れた。

 柚子ライムの紙パックを鵺神楽に奢り、チャイを飲みながら、端末デバイスの液晶画面に、食い入るように凝っと、見詰める。

 バイオレンスなアニメーションが再生される。其の主人公は、「毒扇巡り」と、云う霊的存在の殺人鬼めいた(いや、換言すれば、頸飾りの勾玉がちらりと微動する、無作為に恋人達を絶命させる鳥籠持ちの)別格の美貌を誇る黒髪の女だった。

 「このアニメ、鳥籠の鸚哥の科白を視聴者が吹き替えっぽく、上書き編集出来るんだけど、面白いよね」

 「鰯を噛むあいだ、簡易的なテレパスが使える、って、知ってる?」

 と、鵺神楽が云ったけれども、彼女は物憂げに、テーブルに肘を附いて居た。

 「じゃ、ねぇんで。邪念ねぇんで……」、「其処儚となくダリィ」、「何その流れ怖い。とでも思ったか。この掌が詠めたかよ? シャキ~ン(笑) フン。韵を踏めば、韻文も善いよな、禅だよねぇ。クソみたいに屍体を晒してる場合かよ、ダミー野郎。チャフで脳髄ジャムってんなら、素手で来なァ」

 この煽り文句には公式コメントが附いており、「中々のジャマーで邪魔者がお陀仏ですね」

 と、投稿者(――投稿者名は、碁盤菩薩と云う)がコメントしているけれども、この投稿者の正体は、実は二人の知り合いだと云うのは、知る由もないのだけれども……

 鵺神楽は、端末デバイスの着信音、人魚の歌姫が先月末にリリースした、「透明な深海グラスを傾けたヘヴィースモーカー」と云う楽曲が鳴り、一寸低い声と会話ののち、

 「ちぃとばかし、野暮用が出来た。もう行くよ」

 と、彼はいった。


 鷲ヶ森は、難攻不落の独り暮らしのアパートの一室の裡で、脱ぎ捨てた衣服のポケット内に入った端末デバイスが、鳴って居る。

 鷲ヶ森は、其れに、気附かない。寧ろ、少し赤みがかった浴室の中で、BGMみたいにジャズが鳴りやまない最中、ただ茫漠としていた。

 少し、精神が、煤けたからって、何だって云うのだろう。

 濡れた肉体をタオルで拭き、下着を穿いて、幸運の白蛇の脱け殻みたいなブラジャーを、無造作に身に附けた。

 その上に、デニムに下着がチラりと見える灰いろのパーカー姿で、机上のおにぎりをむしゃむしゃ食べて、烏龍茶で喉を潤し、

 「五月蝿いな……」、と、独り言を云ってから、観葉植物が露台に在るのを見遣り、浅くもたれて椅子に座った。

 携帯デバイスの繊細な液晶画面を静かにタップする。

 宛てもなくインターネットの海を曖昧な意識で彷徨い、クソ面白くもない音楽配信サービスを視聴した後、欠伸を噛み殺してから、幾瞬か、大ぶ嗤って、友人の櫛鳴舵葉に、電話を掛けた。

 「もしもし。アタシ、もう彼氏とは終わりにしたいんだ。ねぇ、さよならなんて云われてから、お気軽に肉体の温め方に殺意を抱くまでもないんだよね……? 鼻梁をバタ臭くするまでもなく、別れたらいいじゃん、アタシ……涙味の枕を売っちゃうなんてことになる前に、枕営業の金銭を……ふふふ。こないだ、チャラい兄さんがさぁ、云ったの。『火葬炉から、姉ちゃんの白骨がさらっと出てきてから、其の後宴会で、ボソッと、揉んどきゃよかったな』……ってね」

 「いきなり恋愛相談なんて霊的振動が、重苦しすぎる上に下品。まったく、凍死ネタは寝てからにしてくんない?」

 ――、(ん? ケンカ売ってんのか……。この、櫛鳴乃姫君)

 鷲ヶ森は、意識内の撥水性の宿りが発火したかと、反して、俯伏す相貌の面妖な、鬼の面が――、絵画的な大海の洋上に浮かぶ幾匹の蝶も、家族に会った感動の裡に、羽を休める鑢は在ったか……。

 櫛鳴との対話は中途ながらも、

 「一寸、コンビニエンスストアでアイス買って来るから」

 と、鷲ヶ森は、通話を切った。

 

 トカゲの尻尾切りの上場企業の正社員風の男性と、ぽっちゃりした、濡れ羽色の梟見たいなドレス姿の鳶色の瞳の女(――、曰く安寧と云う、霊能力で手淫して居る)が、ルードと名附けられた(蔦の廃墟の天使は、妖精めいた美少女だった、個人的に忘れられぬ)黒曜色の魔界の船漕ぎはルードに命令した。

 「お前の尻尾が灼かれる前に女を護れ」

 と、船漕ぎは、云った。 

 「お姉ちゃん、遊ぼうや。3万でどないやねん」

 「嘘……、此の私が、其迄の安物な理由無いよね」 

 「遊べるよなァ? 金銭が足らん云うなら、もう少し出そうか」

 「此の私と、遊びたいのでしょうか」

 女の守護霊が、ナイフの切っ先みたいな声で、言った。

 「厭に素直じゃないか……俺ん家の茶筒が、怒りに慄えてなければ好いがなぁ」

 「私が相手に成りますよ」

 と、横槍を容れた鷲ヶ森が、太い腰に掌を当てて居る。

 「可愛いじゃねぇか」

 宗海無垢は、凄味の在る微笑みを浮べた。

 路上、浮浪者風と、暴力団めいた風体の漢二人の片方が、

 「寒みぃ……。小説や舞台劇なんて、人物のオーラテラピーじゃねぇか」

 すると、今一人が、

 「すっかり観客気分だな。ほら、少し珈琲でも呑んで、喉を潤したらどうだよ、お前」

 鷲ケ森は、この二人の片方に、近附き、

 「あの、酔ってるんですか」

 と、可愛い唇をひらいた。

 

 机の上の水晶やら観葉植物やらが、微塵も動かない窓の開いていない狭い室の裡で、灯りが点って居る。

 さらさらと、陶芸品のアロマポットから、芳しい幾許かの芳香が、水蒸気として、漂う。トップノートは、柑橘類だった。

 鵺神楽は、キッチンで、創りかけの蜜蝋クリームが、固まるのを、待っている。

「アレ、破けたパンティー貰ってないじゃん……!」と、独言を夜の底から云ってからノートPCの液晶ディスプレイ上の女は、アクス型の本性を曝すこともなく、瞳の濡れた冷めたい薄ら寒い笑みを相変らず浮べて居る。

 

 

 

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