【18:ゴーレムのコツ】
イズラフェルに『愛の魔法』を習ってから、リュシーは毎日術式を組んでは消してを繰り返した。
『もしあなたが本当に、心から愛している方に何かあったなら、迷わずその術を使いなさい』
『リュシー』と呼んでくれるようになってから、少し距離が縮んだと思っていたが、そう感じていたのはリュシーだけだったらしい。イズラフェルの心には壁がある。大きくて厚くて硬い、決して他人と打ち解けることはない、冷たい壁だ。
――わたしたち、夫婦なのに。
先日、姉シャーロットが第三子を身籠った。彼女は『次はあなたの番よ。この子とあなたの子が、きょうだいみたいに遊べるといいわね』と言われ、リュシーは『そうですね』としか答えられなかった。
――わたしは領主の娘。これはお父様がお決めになったこと。だから正しいの。これで領地が安定して、領民が幸せになるのなら、それでいい。それでいいの。
リュシーは机に突っ伏した。そして片手だけで『愛の魔法』を組み上げて、すぐに握り潰して消してしまう。
――イズラフェル様、この魔法は『故郷に伝わる秘術だ』って言ってたわ。そんな秘術、簡単に外部の人間に教えてしまってもいいのかしら?
そもそも彼の『故郷』はどこにあり、どんな環境で育ったのだろう。どんな経緯で王立軍に入り、そこでどれほどの功績を上げ、竜を殺した英雄にまで成り上がったのだろうか。それに叙勲された後、しばらく行方不明だった間は何をしていたのだろう。
そして、
――今更だけど、イズラフェル様って、どうして目が不自由なのかしら?
原因はおそらく魔力の使い過ぎだ。だが分かるのはそれくらい。歴戦の魔術師の失明はそこまで珍しいことではない。短い間に一気に魔力を使い過ぎると、目の奥が焼け付いてしまうらしい。
食事の時も散歩の時も、話しているのはいつもリュシーばかりだ。イズラフェルは多分、リュシーのことをたくさん知っている。だがリュシーはイズラフェルのことを何も知らない。
本当に何も、何も知らないのだ。
※
九月中旬。短い夏は終わりかけている。首元から入ってくる風が思っていたより冷たくて、リュシーはローブのボタンを上まで止めた。
今度は野外での訓練だ。いつもがらんとした訓練場には、どこから運んできたかも分からない大量の石材やレンガ、鉄鉱石などが散乱していた。
今日の講師は久しぶりに長兄エリオットだった。イズラフェルはやはり人前で話すのは得意ではないらしい。並ぶ生徒たちの後方で『今日は前で話さなくて済む』と言いたげに、ホッと穏やかな顔をしていた。
エリオットは首から上を小刻みにガタガタ揺らし、
「今日はゴーレムの組み立てについて教えよう」
不遜な表情でローブを翻し、近くにあった大きな石材に触れ、
「王立軍ではよく『魔術師の実力はゴーレムに現れる』と言われている。リュシー、なぜだか分かるか?」
突然名指しされて、リュシーはうろたえる。そしてゆっくり、本で読んだ文言を思い出し、
「えーっと……。適した材質の選び方、組み上げるためのバランス感覚、あとコントロールするための繊細な技術……。それと、服従、使役させるための力量……。ゴーレムとて、魔物であることに変わりはありませんから」
リュシーの完璧な解答に、エリオットの貧乏ゆすりが止まる。
「左様、その通りだ。よく勉強しているな。さすが毎回サボらずに出席しているだけのことはある。だが頭に入っているのと、実際できるのは別問題だ。では諸君。早速やってみよう。やり方は前回、座学でやったはずだからな」
「うーん……」
リュシーは親指の爪を噛みながら、大きく杖を振る。九芒星の魔法陣が浮かび上がり、手近な石材がガタガタと動く。やがて石材は人の形になり、小さいながらにもゴーレムが出来上がる。だが少し腕を動かしただけで、石の体はあっという間に崩れてしまう。
――難しいわ。やっぱりわたし、ダメなのかしら。
眉根を寄せると、近くにいたモニカは勝ち誇ったように笑う。
「あら、リュシー。ちょっとはうまくなったのかと思えば、相変わらず下手くそじゃない。あんた才能ないんだから、もう魔術師辞めたらいいのに」
モニカの魔法陣の上には、少し
「……」
リュシーは俯く。そして聞き覚えのある足音と杖の音を聞いて、ハッと顔を上げる。
「モニカさん。この講義で他人を傷つけるのは禁止ですよ。守れないのであれば退席を」
イズラフェルは見えない目で、スッとまっすぐモニカを見つめていた。モニカは「チッ」と舌打ちし「はいはい分かりましたぁ」と言いながら杖を降り、ゴーレムを崩した。
イズラフェルはリュシーのすぐそばまで近寄り、
「どうです? リュシー。うまくできましたか?」
「……いいえ、全然です」
リュシーはもう一度、魔法陣を生み出した。石材はまたゴーレムの形になり、ガタガタ揺れた後、すぐに壊れてしまう。
ガラガラと石が崩れる音を聞きながら、イズラフェルは苦笑する。
「まあ、ゴーレムの組み立てには慣れが必要ですから。地道な努力を続ければ、すぐにうまくなりますよ」
「そうでしょうか?」
「そうですよ。魔物の召喚だって、最近ちゃんとできるようになったじゃないですか。リュシーは頑張り屋さんですからね。いつかきっと、いいゴーレムが造れるようになりますよ」
それから訓練が終わるまで、リュシーはずっとイズラフェルを見ていた。だが他の人――特に女性に対し、あんなにすぐ近くに寄り、話しかけてかけている様子はなかった。しかし教えを請われれば近づき、質問には快く答え、そして黄色い声援には謙虚に手と首を振る。
彼は誰に対しても優しい。だからだろうか。自分以外の女性たちと話している時、リュシーは不安になり、胸が苦しくなってくる。
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