悪神魔王の最愛家族

石坂あきと

第一章 残酷姫~6番目~

第1話

 出世とか名誉とか、そういうものに関心はなく、執着もない。

 あるとするなら、お給金は上がるのか。休みは日数を確保できるのだろうかとか、そういった所に注目しがちな私ではあるが、こうもあからさまに、辺境僻地への赴任(左遷)を告げられると、気持ちがなんとう言うか、死んだ。

 原因は何なのだろうと、入隊直後から今日の朝までを高速で振り返ってみるも、そんなに良いことはしていないが、そんなに悪いこともしていない。

 断言できるわけではないが。


「理解できません。この人事は不当です。断固拒否いたします」


 と、私はない胸を張り……おい、いまなんつった。胸がないだとふざけるな。

 ではなく、ええっとなんだったか。そうだ私は物申したのだ。この辞令についてどうにかならないものか、無効になるようかけあってもらえないか。どうかどうかと直属の上司に向かい、床に頭をこすりつけ懇願した。

 この度の人事を要約するなら、無期限の出張である。

 そして、向かう先そこは辺境、そう言ってしまうと現地にお住まいの方々に対して大変失礼ではある。が、だってしょうがないじゃないか。帝都からどれだけ離れているとううのだ。そんなのは知っている。雲まで届くかという山を二つ超え、濁流うなる川を遡上し、滝を登り、灼熱の砂漠を超えたその先だ。

 道中で精神的死を3回はきっと感じるだろう。いや10回は固い。と言うか道中で物理的死ぬまでありそうだ。

 調べれば電気ガス水道とかそういった生活に必要な何かしらが圧倒的に足りていないらしい。24時間開いている便利なお店とかももちろんない。

 私は貧乏ではあるが帝都育ちなのだ。生まれてこの方贅沢をした経験こそないが、生活の不便を感じた瞬間などない。

 いや生活に不便を被るぐらいなら、努力でそれは解決できるだろう。

 火がないなら熾せばいいし。電気がないなら発電すればよい。

 だがだがだが、おびただしい羽虫やら地面をかさかさとはい回る黒き昆虫とお近づきになるなど勘弁してくれ。やだやだ、まじ勘弁。

 そういう気持ちを言葉に、いや床にこすりつけ、上司にさらす後頭部に乗せて訴えかけた。

 だがこの抗議、訴えは口にする前からから徒労に終わることは知っていた。なぜなら私が勤めているここは一般的な会社、組織とは異なる超絶やばい縦社会。

 いわゆる軍属である。

 ならなぜ言うのか。

 言わずにはいられないからだ。

 そういう瞬間、誰にだってあるだろう。

 ああまったく、飛び抜けた美貌というものが私にあれば何かしらの恩恵を受け取ることもできただろうか。わからない。そんな人生を妄想する。

「……どうですか?」

 床すれすれから上司を覗き見るように見上げ、確認する。 

「すでに決定事項。あきらめなさい」

 短い答えた。もっと文字数をかけてほしい。時間をかけてほしい。二日ぐらいは欲しい。そしてごめんね、がんばったけどだめだったんだ。そう言ってほしい。

 ああもうほんと、舐めんな知っていた。

 意見を求められない。私心を挟ませない。答えは諾、それをしないのならば去らねばならない。去るしかない。なら去ればいい。そう思い切れない事情が、私にはあった。

 早い話が銭である。

 士官学校というものがある。ここをでると世間一般では大学を卒業程度の扱いを受けることができ、かつ入学と同時に学びながら給料も支給され、学費も免除という大変お得な特典付き。入校するための難易度もそれなりに高く、そこをまぁそれなりの成績で卒業した私なので、底辺超貧乏貴族である我が家、当主の父も喜んだ。

 で、卒業したら軍属確定。強制士官。いやけして強制ではない、国のために働かないと決め、その意思を行使した翌月の初めにこれまで費やしたおよそ五年分の血税を一括で払わないといけないだけだ。卒業資格こそそのままだが、これまでの学費もろもろすべてを一括で納めなければならななくなる。額にして1000万ゼノ(大卒後のおよそ年収5年分)、無理である。

 そしてそれは、卒業から3年がたった今も、有効ときている。最低でもあと2年は軍にいなければならない。だから、今は辞められない。断れない。

 そもそも私が働くのやめてしまったら、可愛い妹と弟が路頭に迷う。

「軍属ってのはまったく……いやこの論法で行くとダメなのは我が家か」

「少尉何か言ったかな?」

「いえ、何も。少佐殿、つかぬことを質問よろしいでしょうか」

「許可する」

「準備の猶予はいかほどで」

「5日もあれば事足りるだろう」

「……は?」と、ついはしたない言葉が出る。

「なにか?」

「いえ何でもありません。歯が痛く、つい」 

 ああ、いやだ。ほんといやだ。

 五日ってどういうことよ。つまり私はこの快適な環境との決別をあとたった5日間で未練なく断ち切れと、そうこの上司は言っているのか。おいおい、おいおいおい、勘弁してください。

「それで、返答はいかに」

 と、上官が最後の言葉をなげかける。

「名誉ある神聖国防衛騎士団第11隊20席ルーナ・デルソラフ少尉、この度の辞令、謹んで拝命いたします」

 そう言うしかない。

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