第11話
ヒグマやうさぎと過ごした日々が終わり、再び一人きりになったタヌキは、いつものように早起きをして畑へ向かった。そこでは野菜や薬草を育て、それらが実れば家に持ち帰り、薬の調合をするのが日課だ。
「リスさん親子にこの薬と……あ、どんぐりも届けてあげよう」
タヌキは、病気のお母さんリスのために薬と食べ物を準備していた。
その時——
「タヌキさん、タヌキさん、今いる?」
普段は甘い声で話すキツネが、少し困ったような声色で玄関のドアをノックした。
また来た——。
いつもなら、警戒もせずにすぐに玄関を開けるのに、ふと目に入ったのはうさぎから貰った笛。タヌキはなぜか玄関の取っ手を握ったまま、開けることができなかった。
「キツネさんだ……でも、うさぎさんに“相手をよく見ろ”って言われたんだった……どうしよう。でも困ってるみたいだし……」
タヌキは家の中でオロオロと落ち着かない。キツネの声は、確かに困っているようにも聞こえる。しかも、前にも来てくれたのに帰ってしまった。どうすればいいのか、迷いに迷う。
「タヌキさん? いない?」
再び、困ったような優しい声がドアの向こうから響く。
「本当に困ってるのかな……でも、ちゃんと見極めないと、他の動物さんたちが困ってしまうし……」
タヌキが意を決して玄関を開けようとしたその時——。
「こんにちは、キツネさん。タヌキさんにご用かな? 先ほど森でお会いしましたよ。何かご用があるなら、僕が伝えておきますが?」
どこからともなく、聞き覚えのある静かな声がした。
ドアの向こう、タヌキの家の前に立っていたのは、うさぎだった。彼はいつもの穏やかな笑みを浮かべながらも、どこか隙のない佇まいで、キツネを牽制するように立っている。
「あ、いや……森に出かけたんですね。また来ますよ。ありがとう」
キツネは、うさぎの隙のない仕草に気圧されたのか、一瞬ためらった後、優しい笑顔を作って去っていった。
「油断も隙もないな……キツネか……調べたほうがよさそうだ」
うさぎは、キツネの様子がどこかおかしいことに気づき、小さく呟く。彼が完全に去ったのを見届けると、玄関のそばにある小さな切り株に腰掛け、ようやく安堵の息をついた。
そして、優しい笑顔のまま、タヌキの家のドアをノックする。
「タヌキさん、こんにちは。今日はこの前助けてもらったお礼を、もう一度ちゃんと伝えたくて」
うさぎは、タヌキが家の中にいることを気配で察していた。落ち着いた声でそう語りかける。
「うさぎさん! 怪我、大丈夫? 痛いところとかない?」
玄関が勢いよく開くと、飛び出してきたタヌキが、元気そうなうさぎの姿に安堵し、ぱっと笑顔になった。そして、そのまま彼に抱きつく。
「君のおかげですっかり元気だよ。本当にありがとう、感謝している」
うさぎはここへ来るまで、不機嫌さを隠しきれなかったはずなのに、タヌキの無邪気な笑顔を見ていると、いつの間にか気持ちが落ち着いていた。彼はそっとタヌキの頭を撫でる。
「本当によかった」
タヌキは安心すると、ようやく抱きついていた手を離し、うさぎを部屋へと招き入れた。
「お茶でいい? あ、でも少しだけ待っててもらえるかな? リスさん親子に薬とご飯を届けないといけないんだ」
そう言って、タヌキはうさぎをソファへと案内し、彼が座ったのを確認してからキッチンへ向かう。そして、グラスにお茶を注ぎ、戻ってきて手渡した。
(またこの子はお人好しだな……)
心の中で苦笑いしつつ、うさぎはグラスを受け取り、一気に飲み干す。
「僕も手伝うよ。たくさん持って転んだら危ないからね」
そう言って、空になったグラスをタヌキに返し、ゆっくりとソファから立ち上がった。
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