第30話 いたずらっ子

「10!」


「9!」


「8!」


「7!」


「6!」


「5!」


「4!」


「3!」


「2!」


「1!」


「0!」がカウントされようとしたときだった。


ついさっきボスの眼差しをパスした男が飛び蹴りを放った。


ボスは床に尻餅をついた。

なぜ自分が尻餅をついたのか理解できなかった。

しかし、そばに立っている彼を見て、これ以上はないくらいに目を見開いた。


「まさか、お前が…!?」


「違うんだボス」


「正真正銘のいたずらっ子だったのか…」


「ボス、誤解だ」


「あんなに可愛がってやったのに裏切りやがって…ちきしょう!お仕置きだ!」


ボスは銃を潜入に向けた。

引き金を引くが早いか、潜入はその腕に蹴りを入れた。

銃口がそれた。


パンッ!


ギャーッ!


銃声、悲鳴、誰かが倒れた。


「このいたずらっ子め!」


ボスは再び銃を構えた。

潜入は素早くその腕をつかみ、ねじりあげた。

銃が床に落ちた。

潜入はそれを遠くに蹴った。

拾ったのは銭湯「尼子湯」の番台に座るバアさんだった。

潜入はボスの腕を掴んだまま背後にまわった。空いている方の手をボスの首に回し、身動きを取れなくした。


「バアさん! こいつを撃て!」


潜入が叫んだ。


「撃てったって、あたしゃ銃の撃ち方なんてわかりゃせんよ」


バアさんは横に立っていたソープランドの店員に銃を渡した。


「あんたにやるよ」


「撃て!」


潜入が今度は店員に叫んだ。


「ラズベリー! 何をぼうっと見てる! 早くこいつを始末しろ!」


「すみません! ボスの愛人を撃ってはまずいかと」


「愛人じゃねえ、裏切り者だ! さっさと殺せ!」


ボスは、おりゃあ!と気合いを入れて潜入に背負い投げを見舞った。


潜入は床に仰向けに倒れた。

油断した。

ボスにこれほどのことができるとは思っていなかった。


「早くこいつを撃て!」


「はっ!」


ラズベリーが潜入に走り寄ろうとしたとき、銃弾が彼の額を貫いた。


ラズベリーは頭部に熱を感じた。

彼は自分が撃たれたのだと始めは理解できなかった。

撃たれるべきはチェリーであり、自分は撃つべき者だった。

であるならば、なぜ銃弾が己を貫いたのか。

間違えて自分で自分を撃ったのか。

そんなはずはない。

誰かが彼を撃ったのだ。

じゃあ誰が…


ラズベリーは膝をついた。


俺を…


上体が前に傾き、うつ伏せに倒れた。


撃ったのか…


永遠の疑問を抱えたままラズベリーは事切れた。

額から流れる血が溜まりとなって広がっていった。


その場にいた全員が、銃弾の出所を振り返った。

ドアのところにグレープが立っていた。

笑みを浮かべ、立ちのぼる銃口の煙を吹き消した。


「おっと、撃つのが早すぎたかな。お前が始末されてから撃てばよかったんだ」


グレープは人差し指を軸に銃を回転させた。


「じゃあ、なぜ助けたのかって? 助けたんじゃない。死ぬのが少し遅れただけだ。 お前をヤルのは殺し屋グレープ様だ。この前のケリをつけに来たぜ」


「グレープ!」


ボスが声を上げた。

込み上げる怒りで、見開かれた目から眼球がこぼれ落ちそうだった。食いしばる奥歯は砕けんばかりだった。


組織に歯向かい、ベリー兄弟2人を手にかけた。

グレープはここで一気にケリをつけようとしていた。


彼は声を上げて笑った。


殺家ーサッカーもおしまいだな。」


そう言って銃口をボスに向けた。


「あんたから消えてもらうぜ」


銃声が上がった。

しかし、潜入がボスをかばったのが先だった。

彼はいつの間にか立ち上がりボスに覆い被さった。二人もろとも倒れて銃弾を避けた。


「さすがだな」


グレープはつぶやき、ニヤリと笑った。

銃弾をかわされたのが、うれしくて仕方がないようだった。


グレープ「俺の銃弾をかわしたのはお前が初めてだ」


ボス「チェリー、お前は一体何者なんだ? 警察の犬なのか? それとも俺の誤解なのか?」


覆い被さるチェリー=潜入は答えなかった。


ボス「ああ、クソッ。もう何が何だか分からん!」


グレープ「ボス、俺は最強最悪の殺し屋だがこれから死ぬ奴、つまりアンタに嘘はつかねえよ。サツの犬はそいつだ」


グレープはボスに銃を向けた。


「というわけでボス、以上だ。あばよ」


グレープが引き金に指をかけたときだった。


「警察だ! 手を挙げろ!」


声が上がり、ドアから続々と警官が入り込んできた。

全員がヘルメットをかぶり、透明な盾と銃を手にしていた。

横一例に整列すると、グレープに向けて銃を構えた。 


間もなく、横隊の中央から敷島が姿を見せた。



(つづく)

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