第5章:海戦の序曲
穏やかな海面に、朝日が煌めいていた。
試作艦「フェニクス」は、その優美な姿を初めて海に浮かべようとしていた。船体は従来の三段櫂船より洗練された形状を持ち、舷側の装飾も最小限に抑えられている。
「準備はいいか?」
船長のアミルカルが、乗組員たちに声をかける。熟練の水兵たちが、新しい船に戸惑いの表情を浮かべていた。
「出航!」
号令と共に、オールが水を掻き始めた。
最初の数分は、慎重に操船が行われた。しかし、徐々に船の性能が明らかになってくる。
「これは……すごい」
アミルカルの声に、驚きが混じっていた。
予想を上回る機動性。適度な安定性。そして何より、少ない労力で高い推進力が得られる。
「ハンノ、お前の設計は正しかったようだな」
メルカルトが、誇らしげに言った。
しかし、これは始まりに過ぎなかった。次の課題は、この新型艦に適した戦術の開発だった。
「風向きを利用した機動戦を提案したい」
崇平は、軍事会議の場で説明を始めた。現代の帆走の知識を基に、新しい戦術を提案する。
「従来の衝角戦法は維持しつつ、風を味方につけることで、より効果的な展開が可能になります」
提案は、慎重に検討された。そして、実戦での採用が決定された。
その頃から、崇平は更に詳細な記録を取り始めた。単なる技術的な記録だけでなく、フェニキア人の航海術全般について、体系的な文書化を進めた。
それは、危機感からだった。カルタゴの海事技術は、あまりにも貴重だ。たとえ、この文明が滅びることになったとしても、その知恵は後世に残されるべきだと考えた。
しかし、その作業は慎重に行わなければならなかった。不用意に記録が発見されれば、スパイの嫌疑をかけられかねない。
そんな中、エリッサとの関係も深まっていった。
「ハンノさん、この設計図を見せていただけませんか?」
彼女の知的好奇心は、ますます高まっていた。そして、崇平自身も、その純粋な探究心に心を動かされていった。
しかし、平和な日々は長く続かなかった。
ローマ艦隊との大規模な海戦が、迫っていたのだ。
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