始まりの洞穴

「いててて……何だったんだ今のは……」

薄暗い洞穴の中で、一人の少年がそう呻いた。

金髪を持った彼の名前はカールと言う。

「あれ?あいつらはどこに行ったんだ?」

カールは痛みも忘れて身体を無理やり起こすと、友達を探しに行った。

しばらく歩いていると、友達のうちの一人を見つけた。

「おい、ルイ!無事だったか?」

ルイ、と呼ばれた黒髪の少年はその声に振り返った。

「カール!君も元気そうで良かったよ!」

二人は再会を喜び、抱き合った。誤解を生まないように念の為補足しておくが、別に彼らがゲイだとかそのへんの類であるわけではない。単純に文化の違いなのだ。

「さて、あとはあのポンコツ魔女だけだな。さてどこにいるのやら……」

「誰がポンコツですって?」

上からおしとやかかつ恐ろしげな声が降り掛かってきた。

「エミー!おめーも迷子になったか?」

「まったく……迷子はここにいる人全員でしょ……」

エミー、と呼ばれた天井に空いている穴から顔を出している少女は彼の軽口を軽くあしらっていた。この緑ローブの魔女もどきと金髪イケメンの仲はいつもだいたいこんな感じだ。

「わかったわかった。ったく、冗談が通じねえなぁ。」

「こんなところで冗談なんて言い合ってる場合ですか!今はそれよりもここからどうやって帰るかのほうが重要でしょう!だいたいあなたときたら……」

……この少女は少しでも怒ると自分のことが見えなくなるタイプのようだ。

「で、脱出する方法は考えてんのか?」

ルイのその問いかけに、二人はようやく言い合うのをやめて真面目な顔に戻った。

「さあなー。いっそこいつの爆発魔法で壁掘って進むか?」

「爆発で生じた瓦礫に埋まりたいならやってあげますけど?」

「仕方ねぇな。そんじゃ、こっちの道から行きますか。」

三人が出てきた場所とはまた違う方向に、三人が進もうとした時だった……いや、正確にはか。

「あのー、降ろしてくれます?」

そう、上の穴から覗いていたエミーは普通に高すぎて降りられなくなっていたのだ。

「何してんだおめー。さっさと飛び降りろよ。」

「私の身体能力の低さ知ってて行ってますか!?」

結局、ルイに無理矢理引きずり降ろされた所をカールに受け止められる事になったエミーであった。その後一応15歳に届いている二人がどのような口論に陥ることになったかは……読者の皆さんの想像におまかせしよう。書いたところで誰も読まないだろうし、ついでに作者が「書くのめんどい」と言い放っているし。


あまり凹凸の激しくない洞穴の道なき道を、三人はてくてくと歩いていた。

「なあ、ところであの鏡、何だったんだ?」

「わかりません。ひょっとしたら呪いの類かも……」

「そうなの?まったく、呪いつけたやつ見つけたらただじゃすまさねーぞ。」

「あの鏡ちゃんと見てました?」

「へ?」

「あの鏡、どう考えても2000年代に作られたものですよ。その頃にまず呪いの類が存在しませんし、存在したとしても人間が生存できる限界を超えていますよ。」

ちなみに余談だが、人間が魔法を使えるようになったことにより、人間の寿命は正確に測ることが可能となった。この世界の人間の寿命は、次の公式で成り立っている。

79(年)+被験者の絶対魔力量(その人の魔力の上限値を指す)÷人類の平均絶対魔力量×1年=その人の寿命。

つまり、凡人は80年、絶対魔力量が平均値の十倍の人は89年生きることが可能ということだ。

「ほぇー、よく知ってんなあそんなこと。」

「あなたが歴史の授業中居眠りばっかしてるからです。」

「……つーかさ、ルイはあれ何してんの?」

二人が愚にもつかない(訳:しょうもない)会話をしている間、ルイはひたすら持っていたナイフの鞘を洞穴の壁面にコツコツぶつけていた。

「音の反響具合で、壁の向こう側に空間がないか確認してんだよ。よくある話だろ?」

「そもそもそれがわかればの話ですけどね……」

「いやいや、そんなチート技ファンタジー限定だろ。」

「あれ?この物語ってジャンル《異世界ファンタジー》じゃなかったっけ?」

おいこら。余計なことを言うんじゃない。いちいちこうやってツッコミをいれるのってけっこう面倒なんだぞ。

「それはそうだけど、その技ってだいたいこう《無自覚に無双する》とかそういうタイプのやつがだす小ネタじゃねえの?」

それはお前の偏見だ、カール。一旦黙ってろ。

今度は俗に言う《メタ発言》としか言いようのない会話(と作者のツッコミによるコントもどき)をやっている間に、鞘の放つ音が高くなった。音程にして半音ぐらい。

「お、変わったな。」

「つまりこの壁崩せばなんかあるってことか。エミー、頼んだぞー。」

「ルイさん。こいつ壁面に縛り付けてから爆発魔法放ちましょう。」

「やめろバカ!俺が死ぬじゃねえか」

そうぼやくと、カールがさっきまで立っていた位置から数歩下がり、助走をつけた。

「いっくぜー!『スーパータックル』!」

……補足説明。この世界にも武術における技と、強い技を放つ時に技の名前を言う謎文化は存在するが、いまの彼のはただのタックルだ。

洞窟の壁は轟音と共に崩れた!

「さっすが戦士。脳みそのスペースまで筋肉に回してるだけありますねぇ。」

「それ脳筋って意味だよな?その言い回しなんか傷つくんだけど。」

「もっと精神を強く持つことをおすすめするぞ、カール。僕ならそれの数倍は皮肉めいたバージョンで言える。」

「何に使うんだよそのスキル……」

「相手を挑発して動きを単純にしてからボコる。安静にしてなきゃいけない相手を間接的に煽って殺す。あとは……」

「……もういい。」

壁を崩した先には……鬱蒼とした森林が広がっていた。ちなみに出口がちょっと高い場所にあって遠くまで見渡せるとかはなく、むしろすでに森の中で木のせいで全然周りがみえないような状況なので、どれほどの広さかは不明だ。

そんでもって、今は「どこかもわからない森林に迷い込んだ」ことより、たった今周囲の植物を見てわかった「自分が今どのような状況にいるのか」のほうが問題となった。

「ちょっとまって。この葉っぱ……」

エミーの手には一枚の木の葉がつままれていた。形状的にはヤツデなどに近いのだが、不思議なことに色は見慣れた緑ではなく青色、生物にはめったに見ない色で、ましてや植物の花以外でなんて見たこともない色だった。余談だがエミーはあじさいが好きである。そのため青色も好きだが、流石に青色の葉っぱには引いたようだ。

「おめー、絵の具なんて持ってたんだ?」

「わざわざそんなことしてなんの意味があるんですか。ふざけないでください」

「いや多分こいつガチだぞ」

「え、マジで?じゃあ……」

「ちょっと黙っててください。」

葉っぱを受け取って観察するルイの傍らでエミーに軽々とあしらわれ、殴り飛ばされたカールであった。ここまでくると可哀想になってくる気がする。

「ああ、魔界に自生してるって言われてる“アオヤツデ”だな。」

「じゃあ、ここって……」

だいたい想像はつくだろうが、《魔界》とは魔物たちの張った『結界』の内側の、魔物たちの住んでいる世界を言う。“アオヤツデ”という安直ネーミングは見逃していただきたい。

「そだね、俺らどういうことかはしらんけど《魔界》に迷い込んだっぽいな。」

「なんであなたが締めくくってるんですか……」

いつのまにか復活していたカールも含め、実感しにくい三人の冒険の始まりであった。

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