第1話 深夜の初対面

 視線……?


 結婚してまだ一ヶ月。

 静かな屋敷の奥まった寝室で眠っていた、ノイエンドルフ子爵家の新婦リーゼロッテは、何者かの視線を感じて薄く目を開いた。

 確かに誰かに見られている……

 リーゼロッテは目だけで辺りを確認すると、ゆっくりとそちらに首を向けた。

 ベッド脇の椅子に、見知らぬ男が座っている。


 部屋の明かりは彼女が眠りについた時より少し明るく調整されて、その照明に照らされて男の姿が見えた。

 くっきりとした目鼻立ち、切長きれながのその瞳は、どこか猛獣の目を思わせる金色に近い黄色だった。短い青灰色の髪からは雫が垂れている。男の形の良い薄い唇が動いて、言葉を発した。


「おや、起きたのかな。ちょうどいい……」

 男はこちらを見つめながら、低い声で言った。

 リーゼロッテは恐怖にすくむ心を押し殺して、冷静を保とうと心を決めた。


「……こんな格好で申し訳ありません。お初にお目にかかります、旦那様」

 彼女はベッドに半身を起こすと、男を見て言った。

 

「……俺が夫ということはわかるんだな?」

「ええ、ここは夫婦の寝室、だそうですから」

「侵入者かもしれないだろう?」


「侵入者が夫婦の寝室で風呂を浴びて、バスローブ姿で現れたということですか?」

 確かに男は風呂上がりのようで、真っ白なバスローブを着て髪から雫をしたたらせていたのだ。

「はは、俺の妻は想像していたより面白い女のようだ」

 そう呟いた男は、酷薄こくはくな口角をほんの少し上げた。


 マイヤーハイム伯爵家令嬢リーゼロッテは、大枚たいまい支度金したくきんを積まれ、商売を営む裕福な子爵家に嫁がされた。

 実家の伯爵家が領地で起こった問題に対処するため、多額の借金を抱えてしまったのだ。

 そこへ救世主のように現れたのが、エアハルト・ノイエンドルフ子爵だった。

 

 だが、さすがに深夜、ベッドの上での初対面となれば、少しはひるんでしまうのも仕方のないことではないだろうか。

 貴族同士の結婚など、はなから夢なぞいだいていないが、『悪徳商人の元へ無理やり金で嫁がされる伯爵令嬢』の気持ちはよくわかった。

 あとは『白馬に乗った騎士が令嬢を助ける』という展開が欲しいが、それは物語の中だけのことだ。現実にはあり得ない。


 夫と告げた男は、さらに言葉を続けた。

「それでは妻よ。今着ているものを全部脱いでくれ」


「……は?」

「全部脱いで、裸になるということだ」

「……あの……一応、初対面ですよね?」

 

「ああ、だが俺の妻だろう? たった今、俺を夫と認めたのではないか」

「そうですが……」

「お前には、大枚を払ったのだ。その俺を拒否することはできないだろう?」

 まるで、『お前は金で買ったのだから、俺の言うことを聞け』と言っているようなものだ。現実にそうなのだろう。私に拒否権などない。

 

『私は1金貨たりとも受け取っていません。受け取ったのは伯爵家です!』と言いたかったが、ぐっ、と言葉を飲み込んだ。そんなことを言ってもどうにもならないということもわかっている。


「お前は俺がどんな商売をしているか分かって、嫁に来たんだろう?」

「……武器商人、とお聞きしました」


「それなら話が早い。俺は商売上、常に命を狙われる立場にある。どこへ行っても必ず初めて会う相手には、ボディーチェックをしている。それは妻とて例外ではない。それとも、俺のボディーガードを呼んでチェックさせるか? その場合、少々手荒になるかもしれないが……」


「……わ、わかりました……」

 リーゼロッテは恥ずかしさで頭のてっぺんまで真っ赤になりながら、おずおずと着ていた薄いモスリンの寝着ねまきを脱いだ。

 

「あの……し、下着もですか?」

 おそるおそる尋ねると、夫がうなずいて言った。

「裸、とはそういうことだ」

 下着を取って掛け布で隠そうとすると、またもや夫の声が追い打ちをかける。


「こっちに向かって、足を開いて」


「……い、いやです……」

「言う通りにした方が身のためだ」

「何故……そんなことをしなければいけないんですか?」


 夫は少し考えたようだったが、こう答えた。

「過去にいたんだ。体の中に麻痺薬まひやくを隠していた女が……それから用心しているのだ」

「か、体の中に麻痺薬ですか……?」

「無論、返り討ちにしたが、用心に越したことはない」


 あまりの衝撃的しょうげきてきな返答に、リーゼロッテは言い返すこともできず、掛け布をはずすと恥辱ちじょくを全身でこらえながら、そっと足を開いて見せた。


 夫が近づいて来る。彼はリーゼロッテのひざつかむと、グッと左右に開いた。怖くて目をつむりたくなったが、いいや、ここはしっかり見届けなければと思い、恥辱ちじょくで血がのぼった頭を叱責しっせきする。

 夫はリーゼロッテの股の間をのぞき込んでいる。

 その金色の瞳は、先ほどよりも熱を帯びている気がする……

 彼の指が、今まで誰も触れたことのないリーゼロッテの中にし込まれた。中を探るように差し込まれたと思うと、ぐるりとえぐって、引き抜かれた。


「はぁっ……」

 思わず声がれてしまった。


「感じやすい体だな。さっそく俺が欲しいのか?」

「な、何を!」

 真っ赤な顔のまま抵抗してみるが、大きな体にのしかかられて逃げることができない。

「長いこと待たせたな。早速、初夜とやらを済ませるか」

「そんな急に……」

「おっと、忘れていた。口を開けてくれ」

「なんで……」

 と言い掛けたが、無理やり口の中に指が数本入って来て、口の中を探られる。

「口の中も、いろいろ隠すことができるからな……よし」


 有無を言わせず人を言いなりにさせるその手腕は、感心すらしてしまう。

 『よし』って何のことだといきどおってみたが、その時にはもう夫の唇で口付けられていた。

 夫の女慣れした手が全身をなぶり、そこからは恥辱の熱が内側から湧き出す熱情に変わってゆく。


 リーゼロッテにとってのその初めての行為は、最初は苦しく痛みもあったが、やがて徐々にからだひらかれていく甘美なうずきに変わっていった。体に与えられるめくるめく刺激に翻弄ほんろうされて、まったく自身で制御できないことに混乱する。


 夜明け近くまで夫のいいようにされ、リーゼロッテは気を失うように眠りについた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る