第二話 解呪の取引
「その呪いを解いてやらんでもない」
茫然とする俺に、目の前のイケメン幽霊は微笑みをたたえたままそう言い放った。
「その代わり、俺の言うことを聞いてほしい」
「つまり、俺に言うことを聞かせるために俺に呪いをかけたってことかよ」
「まぁ、そういうことになるかな」
「ふざけんなよ、どうでもいいから元に戻してくれよ!」
俺は幽霊に掴みかかった。しかし、生きていない俺であっても幽霊をまともに掴むことはできないらしい。そこで俺は目の前のイケメンを睨みつけた。すると、幽霊は眼光鋭く反論した。
「だから、俺の言うことを聞いてくれたら戻すって言ってるだろ。ちょっとしたことだから、頼むよ」
「分かった。とりあえず、話は聞くよ」
そう言って俺はひとまずその場に座り込んだ。すると、男は少し安心したような顔をした。
「あ、ありがとう。俺からお願いしたいことは、指輪を探してほしいんだ」
「指輪? 婚約者に渡そうとでもしてたのか?」
俺がからかい半分でそう聞くと、男の顔が強張って、俯いたまま黙ってしまった。図星かよ。
「いや、その、もしかして」
「あんたの想像通りだよ。俺は婚約者に指輪を渡そうして、その前に死んじまったんだ」
「そ、そっか。悪い」
反射的に謝ってしまった。
「いや、あんたが気にすることじゃない。で、指輪を見つけたら、
「いや、別にいいけどよ。俺の見た目、これだぜ。いいのかよ」
そう言って俺は骨の手をぶらぶらと振って見せた。
「そこは、フードで顔を隠すとか、なんとかしてくれ」
「なんとかって・・・」
「とにかく、俺の声が聞こえて、生きている人とも話ができるあんたにしか頼めないんだ、頼む」
そう言うとイケメンは腰を九十度曲げて、俺に頭を下げた。どうやら、彼は本気らしい。
「分かった。それで俺が元に戻れるんならやってやるよ」
俺の声を聞いて顔を上げた男の目にはうっすら涙が浮いていた。
「ありがとう」
自殺しようとして、幽霊に頼まれごとをされるなんて、人生の最期に何とも奇妙なサプライズが用意されていたもんだ。
その後、廃屋の中でフード付きのトレーナーを見つけたので、それを着ることにした。ちょっとかび臭かったが、顔が丸見えよりはましだった。骸骨になっても髪の毛はあるので、フードを深めに被って、前髪で顔を隠した。あと、軍手が見つかったので、手はこれで隠すことにした。
あと、お金もいくらか見つかった。前の住人の物か、肝試しに来た連中の落とし物かは分からないが、当面の生活に困らない程度の金だった。まぁ、そんなに長く生きているつもりはないので、数千円だけ使わせてもらうことにした。
「そう言えば、お互いに名乗ってなかったな。俺は
イケメン幽霊は少し面食らったように見えたが、表情を緩めながら名乗った。
「俺は
「そうか、海斗でいいかな。で、どこに行けばいいんだ?」
「場所はここから近いよ。丘の上の展望台だ」
この廃屋の裏手の丘の上に展望台がある。この街で一番景色がいい場所だ。多分、海斗はそこでプロポーズをするつもりだったんだろう。
「分かった」
俺はそう言って、廃屋を出ると、展望台に向かった。海斗も後ろかついてきていた。本人は幽霊だと言っているが、こうしてみると本物の人間と区別がつかない。それも俺が生きてもいない状態だからそう見えるのだろうか。
俺と海斗は黙ったまま、展望台に続く歩道を歩いた。車道側はトラックが何度か行き交っている。この道の先には高速道路の入り口があるためか、町はずれだが、トラックなどの貨物搬送をする車の行き来が多い。
「着いた」
展望台と言っても、ベンチが数脚あるだけのちょっとした広場で、ここから町を一望できる。歩道の一部が出っ張ってできたような場所で、すぐ横を車が走っている。車道との間にはガードレールなどもないので、子供がボール遊びをして飛び出したりしたら危ないなと俺は思った。
「海斗はここで・・・」
「ああ」
「どういう状況だったんだ?」
「べ、別にどうだっていいだろ。とりあえず、探すのを手伝ってくれ」
そう言って海斗は四つん這いになり、指輪を探し始めた。俺は少し引っかかたが、呪いを解くのにさほど重要ではないと思い、指輪探しを手伝うことにした。
海斗は完全な幽霊なので、草をかき分けたりはできない。そういう物理的な介入が必要な場所は俺が担当し、何もない地面や側溝などは海斗が担当した。しかし、指輪は中々見つからなかった。
「海斗、落としたときの状況を覚えてないの?」
「うーん、そういえば、指輪が転がって、それを追いかけていたんだ」
「それで?」
「あ、えっと・・・」
海斗は気恥ずかしそうにそっぽを向いた。
「だから、追いかけていって、どうしたんだよ」
海斗は黙ってしまって、何も言わない。
「それを言わないと探しようがないだろ」
「指輪が、車道の方に転がってしまって、追いかけていったらトラックにはねられた。その後のことは分からない」
そういうことかと俺は納得した。そして、これは本人に言わない方が良いが、割とダサい死に方だ。おっちょこちょいにもほどがあるだろう。
だが、それだけその指輪が大事で、恋人のことを大切に思っているのだろうという気持ちは何となく察することができた。
きっと、転がった指輪を車に踏まれてしまうと焦った海斗は慌てて車道に走っていってしまったわけだ。そして、そこに運悪くトラックが走ってきた。ここは歩行者もほとんどいないし、トラックもスピードを出していたのかもしれない。
「そういうことか。じゃあ、指輪は展望台側じゃなくて、車道を挟んだ向こう側じゃないかな」
俺はそう言って、海斗の二の舞にならないように、車が来ないのを確認してから車道を渡った。ただ、今の俺は死ねないらしいから、例えトラックが突っ込んできても死ぬことはないのかもしれないが。
海斗も俺に続いて展望台の反対側の歩道に来ると、さっきと同様に地面を穴が開くほど見つめた。俺は雑草を手でかき分けながら、指輪を探した。
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