第1話 『ミッドウェー』

 昭和十七年六月六日(1942/6/6)23:30(現地時間 1942/6/6/02:30)ミッドウェー海域


 第二航空戦隊司令官である山口多聞は、飛龍の艦橋で静かに立っていた。炎と煙が艦を包み、爆発音が断続的に響く中でも、彼の表情は穏やかだった。


「加来艦長」


 と山口が呼びかけると、加来止男艦長が振り返る。


「はい、司令官」


「我々の役目はここまでだ。乗組員たちに退艦を命じよう」


「承知いたしました」


 加来は深くうなずいた。


 山口は艦内放送で全員を飛行甲板に集合させると、集まった乗組員全員を前に最後の言葉をかける。


「諸君、我々は最後まで戦い抜いた。飛龍は帝国海軍の誇りだ。敵と差し違えても空母を撃滅したかったが、力およばず無念である。しかし、今この艦と共に沈むのは我々だけで十分だ。諸君は生き延びて、この戦いを語り継いでほしい」


 加来も続く。


「皆、本当によく頑張ってくれた。艦長として誇りに思う。今こそ別れの時だ」


 乗組員たちの中から泣き声が聞こえた。ある者は拳を握りしめ、ある者は頭を垂れた。


「最後に、皆で万歳をしよう」


 山口がそう言って全員で天皇陛下万歳を三唱すると、加来が最後の命令を出した。


「総員退艦!」


 乗組員たちは一人一人、山口と加来に敬礼して去っていった。


 最後に残ったのは副長の鹿江隆大佐である。鹿江は2人に近づいて言う。


「司令官、艦長。どうか私にも……」


 山口が首を振った。


「駄目だ。君は生き延びて、この戦いの真実を伝えなければならない」


 鹿江は涙を流しながら敬礼し、最後の脱出艇に乗り込んだ。艦橋に残された山口と加来は、沈みゆく飛龍を見つめている。


「加来君」


「はい」


「良い艦だったな」


「はい。最高の艦でした」


 2人はほほえみを交わし、静かに艦と運命を共にする覚悟を決めた。


 飛龍は、その勇敢な指揮官たちと共に、静かに海の底へと沈んでいく。





 ……はずであった。


 どおん! があん! ごおおおお!


 艦尾方向からの誘爆とも思える轟音ごうおんが鳴り響いたかと思うと、そうではなかった。ちょうど山口と賀来が最後の杯を酌み交わしていたときである。


「何事だ! 誘爆か? いまさらではあるが……」


「司令官、違います! あれを!」


 激しい戦闘とは反対に空は晴れ、雲はあるものの穏やかな天気だったはずである。山口と加来が艦橋から前方を見ると、驚くべき光景が広がっていた。


 いつのまにか巨大な雷雲が空を覆い、海面は荒れ狂っていたのだ。


「これは……一体何が」


 山口がつぶやいた瞬間、激しい雷鳴がとどろき、まばゆいばかりの稲妻が飛龍の周囲を包み込んだ。突如船体が大きく揺れ始め、通常の波浪とは明らかに異なる、不自然な現象が発生したのである。


「司令官! 船が……沈んでいく!」


 加来が叫んだ。


 しかし、それは単なる沈没ではなかった。飛龍の周囲の海面が渦を巻き始め、その渦はまたたく間に巨大化していった。艦は徐々にその渦に引き込まれていく。


「これは……なんだ? いったい、何が起きているのだ?」


 山口がつぶやいた。


 激しい雨が横殴りに降り注ぐ中、飛龍は渦の中心へと引き寄せられていく。艦橋の窓ガラスは雨と風圧できしんでいた。


「加来君、我々はどこへ向かうのだろうか」


「わかりません。ですが、どこへ行くにしても、最後まで飛龍と共にいられることを光栄に思います」


 2人は固く握手を交わすが、飛龍は完全に渦に飲み込まれ、時空の彼方へと消えていった。


 



 轟音と閃光せんこうが収まると、そこにはもう飛龍の姿はない。


 ただ穏やかな海面が広がっているだけだった。1942年6月6日の夜、ミッドウェー海域で起きた、、誰も目撃しなかった不可思議な出来事である。





 ■2025/1/20(令和7年1月20日) 太平洋 ミッドウェー海域


「司令、何事もなく日本へ帰れますね」


「ああ、まったくそのとおりだ。見たまえ、真っ青に晴れ渡った良い天気だ」


 護衛艦いずもの艦長である一等海佐の石川貴之が、隊司令の小松祐介一佐と会話している。艦橋には操舵員と当直士官、見張りほか数名の隊員がいるだけである。


 通常航海で艦長と司令が艦橋にいるのは珍しいが、この司令と艦長は同期である。2人とも性格的にじっとしているのが好きではない。そのため定期的に艦内を見てまわったり、艦橋に上がったりしている。


 ほかの隊員にしてみれば良い迷惑である。


 別にサボるとかそういうわけではない。幹部(士官)が、とくに艦長や司令がいるとなると妙に緊張するものなのだ。


「さて、艦長、昼飯にでもいこうか」


「そうですね」


 立場上、とくに自衛隊という組織では階級が絶対である。そのため公式には絶対にタメ口では2人は話さない。





「艦橋-見張り! 前方に台風、もとい竜巻のようなもの!」


「なに? どういうことだ?」


 艦長の石川は、見張りからの報告を受けた当直士官からの知らせに驚きを隠せない。


「なんだ、どうした?」


 隊司令の小松は立ち止まって聞いた。


「前方に台風、というか竜巻のようなものが見えるようです」


「なに?」


 小松は石川と共に艦橋前部の椅子に座り、双眼鏡で見る。すると確かに竜巻のようなものが確認できた。


「なんだあれは? 艦長、なにやら竜巻の周りに人のようなものも見えるが、見えるかね?」


「はい、見えます。どうやら遭難しているようです」


 石川も同意して、前方の海面を凝視する。


「では人命救助がいるではないか! 当直士官、見張りに詳しく知らせるように伝えろ!」


「はっ! 見張り-艦橋! 詳しくしらせ」


「艦橋-見張り! 間違いありません! 竜巻付近に漂流者らしきもの多数! 数は……多数! 数えられません! 多数!」





「右前方に遭難者多数! 遭難救助用意!」


 



 小松の指令のもと全艦が救助活動をするべく前方の海域へ向かったのだが、不思議な事に、なぜか救助に向かう前に竜巻は消えていた。


 海上には遭難しているボートと多数の遭難者がいただけであった。





 次回予告 第2話 『昭和17年・飛龍からの来訪者』

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