第7話 金剛石の散る終幕

 夜という水晶の砂時計の上の空間から、ダイアモンドが絶え間なく降り注ぐような時間でした。1秒1秒が完璧に整った、甘美で荒淫で煽情的せんじょうてきな輝きを内包し、煌めきの雨に打たれているような不思議な夜だったのです。

 

 部屋に入って冷徹な目に射抜かれて激しく唇を塞がれると、すぐに両手を縛られ頭の後ろで固定されました。その姿勢でワイシャツの胸を乱暴に晒され、両の乳首を強く捻じられるとあっという間に固く屹立きつりつします。肥育ひいくさせられた乳頭の隆起に冷ややかなクリップを装着されると期待感でさらに胸筋が躍りました。両手を上げた姿勢が最も乳首への刺激が高まるのです。散々焦らしてから私が吐息とよだれを漏らし始めると、ようやく胸への低周波刺激が始まりました。初めはゆっくりとうねるような波動で電気刺激が敏感な突起を責め立てます。行為の最初の5分でもう我慢できないほどの恍惚感こうこつかんが見えると言うのに、そこからの長い淫儀いんぎの間中、性器は旺盛な血液で常に張り裂けそうに高潮こうちょうし続けました。余るほど生成された精子液ザーメンがずっしりと充満じゅうまんした精巣、その重みでゆらゆらと跳ねる陰嚢いんのう、濃い精液は膀胱の奥の精囊せいのうまで溢れてきて射精管しゃせいかんの手前で待機させられ、前立腺のうずきが海綿体の固いくきを勢いよく下腹部に打ち付けるその度に、ねっとりとした糸が臍毛へそげに絡みつくばかりです。

 勃起組織自体が意識を持っているように、制御不能になるのも、もはや毎回のことでしたが、この日は不思議な感覚がありました。皮膚に流れる汗でさえ性感になるほど触覚が非常に敏感で鮮明なのに、カラダ全体の印象はもやがかかったみたいにぼんやりしていて、夢の中の行為のようなのです。セックスドラッグによる幻覚はこんな感じかもしれません。


 いよいよ満潮みちしおの時刻が近づき、その日私の尿道に押し込まれたのは金剛石ダイアモンドでした。多面体の円錐えんすい状に輝く石は、手のひらの上でも特異な光を帯びて幽玄ゆうげんでさえありました。以前黒岩さんから聞いたことのある、石の最高の輝きを引き出す「ラウンド・ブリリアントカット」でしょうか。1粒は指先で隠れるくらいのサイズ、うっすらと青みを帯びた貴石が10粒、四角い布張りの皿に鎮座していました。花珠はなだまと呼ばれる最高級品質真珠の滑らかな触感とは違い、石たちはゆっくり角を当てながら私に入って来ました。その大きさや形状を感じ取ると言うよりは、あの形状の宝石が体内に挿入されている行為そのものが尋常ではない興奮をもたらして、錯乱さくらんするほどの淫悶いんもんです。


 両手の自由を奪われたまま、口にはその日穿かされた下着を詰め込まれ、生殖器はダイアモンドを飲み込んだまま激しく上下に跳ね返ってしずくの糸を振り撒きます。電気刺激で赤く熱を帯びた乳首を強く吸われ、身をよじるたびに亀頭から石が飛び出しそうになり、男の太い指で押し戻されました。秘門ひもんにはエネマグラと呼ばれる前立腺刺激性具が装着され、穴という穴に刺激を与えられていました。


 唇、舌、耳、尿道、肛門の粘膜を弄られていると、人間の体そのものが大きな筒なのだと感じていました。口から入ったものが食道、胃腸を通過し、肛門から出ることを考えれば、一本の筒状の管の周りに肉体がついているだけの蚯蚓みみずと変わりはありません。その管を通過するものを養分として肉体に取り込み、私たちは生命を維持している。男女の営みで言えば、男の精子を取り入れ、女が新しい生命をはらむことも管の役割なのです。ならば、私たちの男と男の性行為は果てしなく徒労であるにも関わらず、なぜ人生の全てと言えるほどの瞬間の高揚感を与えるのでしょうか。


 絶頂が来た時、それまでにない異物感と共に大量の分泌液が驚くほどの力で噴出ふんしゅつしました。2回目の飛沫は顔まで到達し、唇から顎にかけて滴り、その後も首、胸へと次々に精子を撒き散らします。順番に排出されたダイアモンドが、その半濁はんだく精液スペルマ軌跡きせきに沿って転がっています。繋いだチェーンが切れて、首から解けた首飾りのようだと男が言い、射精後もしばらく勃起が収まらず、またそこから彼を求めたほどです。


 その日、黒岩さんは初めて私の中に射精しました。それまで肛門性交アナルセックスはほとんどしていなかったのに、私が望んでいたからでしょう。漠然とこう考えました。私が女なら彼の子供を宿すことが出来たのだろうか。全く馬鹿げた意味のないことだと、自分を嘲笑ちょうしょうしました。愛する男の子種は私の組織と結合することなどなく、じきに異物として自然排出され、泡立った肛門の濡れた毛の上に、嘔吐おうとされた汚物のように流れ出てくるだけなのです。

 

 その交歓が、黒岩さんと会った最後になりました。別れる時に、また3ヶ月後くらいに来ると口にし、彼も出張には来ていたのかもしれませんが、「黒岩さん来てるよ」と連絡をくれていた、オルフェの店主が急逝きゅうせいしたのです。店の中で倒れているのを訪れた客が発見し、救急車を呼んだそうですが、すでに心肺停止だったとのこと。オルフェは閉店となり、私と黒岩さんを繋いでいた連絡の糸が切れることになりました。なんとかして黒岩さんにもう一度会いたかった私には、定宿だったホテルしか頼るところがなく、散々悩んだ挙句にフロントで尋ねてみたのです。こちらに定期的に滞在している方に伝言をお願いしたいのですが、と切り出すと、はい、お客様のお名前はと返され、やはり来るべきではなかったと後悔しました。考えるまでもありません、そもそも本名も知らないのですから。


 私にとって、最初に理想の相手に出会えたということは最高の幸運であり、最大の不幸でした。この街には「オルフェ」しかSM系の店がなかったため、黒岩さんと会えなくなった後は、SM系のゲイバーやサロンを探してそこに行くことで、彼との再会を期待しました。地方都市へ出かけるたびに、ゲイ雑誌で広告を出している店を訪ねたものです。当時は東京や大阪でさえSM的な営業店は数軒しかなく、密かに愛好する客が多く出入りしていましたし、中には私を気に入り愛玩してくれた人にも出会いました。悲しいのは、新しい誰かにいじめられた時、なおさら黒岩さんとの行為が恋しくなり、心の大きな欠損を覚えることです。今だけ、今この苦しみを我慢すれば、いずれ忘れられる。いや、忘れないまでも薄れて次へ進めるはず。そう己に言い含めながらも、どこかであの男に会えることを夢見ていたのです。


 大阪にあったSM部屋の主人が、私を縛り上げ天井から吊るした時に、「一体誰に仕込まれたんや?」と聞いてきました。マスターは緩んだ太鼓腹の初老の風体でしたが、テクニックは素晴らしく、私は久しぶりに身震いする快楽を思い出しました。熟練の技巧というのでしょうか。豊富な経験に支えられた瑕疵かしのない接遇せつぐうです。 

 

 商売としてSM行為場所を提供している場合、多くはその空間に入場料を取って客を入れ、客同士でプレイを楽しんでもらうスタイルのところがほとんどです。しかしながら、パートナーとなる客がいない場合や、店主が気に入った客の場合は、マスター自らが相手になることも少なくありません。行為が終わり放心していると、私の肩や胸を触りながら「ほんま、ええ感じに仕込まれたな」と言ったので、思い切って尋ねてみたのです。

 実は私にSMを教えてくれた人と会えなくなり、それ以来何をしても満足できませんでした。今日もその人がいるかもと期待してここに来ました。と告げたところ、どんな男か、いつ頃の話かなどと詮索され、少ない情報を話したところ、「はぁ、きっとシロウやな。胸毛の濃い色男やったろ?昔ウチにも出張とかで定期的に来よった。東北の方の出身やったかな、でもここんところはさっぱり来とらんな。」と、それらしい男の情報に辿り着きました。店主の話をまとめると、シロウと名乗る男は自分の好みの男がいないとプレイはせず、帰ることがあったが、経験の少ない好みの男がいる時は、たいそう熱を入れて教え込んでいた。だがSMの店というのはその場限りのプレイが基本で、出張などの旅人にとっては、軽く虐めてあげる程度で終わるのは仕方ないことで、そこがS役の難しいところだ、という内容でした。黒岩さんがシロウなる人物と同じだとして時期を計算してみると、私と出会った頃からこの店には来なくなったようでした。


 店主はこうも言いました。「SMは信頼関係がないと深い行為はできん。自分のしたいことだけをするSは本当のSやない。SはサービスのS、相手がして欲しいことを理解して、思う存分与えて、それでMが泣いて喜ぶことがSにとって最高の快感やから。またMも完全な受け身はあかん。どうされたら官能が開くのか、行為を通じてSをコントロールできるのが上等の目安。だからMはマネージメントのM。おまえさんはSが喜ぶことを本能で分かっとるやろ。」


 黒岩さんとの交歓こうかんふけっていた頃、何時間も尻穴アナルに電動ディルドを入れさせらていました。外へ食事に出かける時も直腸に太い張型はりがたを感じながら歩きます。椅子に座りオーダーが始まると黒岩さんが目で指図し、私は自らのケツにぶち込まれた男根性具ヴァイブレーターをうねうねさせるスイッチを入れなければならないのです。恥ずかしさと快楽の波が立ち始め、ヴィーンと低い振動音が響きます。注文をとっている店員に聞こえることもあり、一瞬何の音?というウエイターの素振りを見て、黒岩さんは満足そうに微笑むのでした。無理やり押し広げられた肛門括約筋こうもんかつやくきんの周囲から股間の奥の方が、長時間の振動で熱を帯び始め、激しく波立つようなディルドのさえずりで陰茎ペニスの根元あたりがジンジンと痺れてきます。長時間正座して足の感覚が麻痺した経験はありますか?あの痺れもある程度進むとふっと楽になる状態、無感覚というのでしょうか、痺れた部分を触ってもまるで他人の身体のようになります。そしてそこからさらに進行していくと、指で触れられただけでも耐え難い痙攣けいれんが襲ってきます。苦痛だけではなく、くすぐったいような、悶絶もんぜつの電磁波が後から後から打ち寄せてくるのですよ。水の入ったグラスを持ったまま、我慢できず「ああぁ」と声を漏らしたことも一度や二度ではありません。


 そうやって大量の脂汗を流して食事から戻り、透けるほど濡れたシャツの乳首を捩られながら、お願いします、ディルド外してください。もう我慢できません。と懇願し最大振動で慟哭どうこくさせられた後、やっと抜かれた時の感覚ってどんなだと思いますか?そこにはもうないはずの男根だんこんの形状を雄穴おすあなが覚えていて、身体の一部が欠損したような感覚になるのです。そしてぽっかり空いたそこに、男の熱が欲しくて欲しくてたまらなくなり、苛烈かれつなむず痒さに翻弄ほんろうされるのです。そんな風になるよう私を仕込んだ男を失って、私は性の飢餓を知りました。太く獰猛どうもう雄竿おすざおとその根元を隠すような猛々たけだけしい陰毛を慕いながら、一人の寝台ベッドの上で転げ回り、大きなバイブレーターを喉奥に咥え込んだまま、ちんぽ欲しいと口走る時の絶望感。血が滲むほど擦り上げても満足する射精フィニッシュは得られないのです。

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