第2話 陽キャ幽霊
シルベアは自身憑きの幽霊である彼に契約書を渡した。一族の規範に則って。
「名前と内容に承知の旨を書き記して頂戴」
「釣れないなぁ」
余程容姿に自信があるのか知らないが隙あらばシルベアの部屋の窓をチラ見している。
「書いたよ」
「確かに。それと、貴方は肉体が必要な方かしら? もしそうならば用意するけれど」
「必要ないよ。随時製作するからね」
瞬く間に目の前に青年の身体が現れた。彼は口調に似合わず、技術者だ。
「ところで何と呼びましょうか。ここに書いてある通りにへティスで良いかしら?」
「仰せのままに。俺はそのまま呼ぶよ」
「どうぞ、好きになさって。明日も学校はあるので早く寝るわね、おやすみ」
「おやすみ、シルベア」
シルベアは人並みに面白いことは好きな
彼女が眠ると、へティスはにこにこと笑って寝顔を眺める。幽霊歴の長い彼が現世に降りるのは何百年ぶりだろう。
「隣、失礼しまぁす」
ベッドに潜り込んだ。
────翌朝。屋敷に爆音が轟いた。
「お嬢様!? どうかなさいましたか?」
「えぇ、大丈夫よ……。ベッドに虫がついていて驚いてしまっただけなの」
「良かったです。後で干しておきますね」
侍女のアシメナは私より3つ年上。母の侍女であるレイベルの娘で幼い時はよく遊んでもらったものだ。
アシメナが部屋から出ていくとシルベアは振り返ってにこりと微笑んだ。
「へティス、これはどういうことかしら? 未婚の令嬢のベッドに潜り込むなんて。冥界に送り返すわよ」
彼らは女神イーコールによって現世に降ろされている。だが、あくまで主導権を握っているのはこちらだ。
「そんなに言わなくても大丈夫さ。冥王ハーデスと同じで俺たちには生殖能力がないから万が一も起こらないよ!」
「そういう問題ではないでしょう」
「でも真逆ベッドに潜り込んだからといってベッドごと爆破しようとするとは思わなかったよ。面白いね、シルベア!」
「誰の
「魔力の込め過ぎだ。特にヴァンブルクは半世紀に一度くらいは無尽蔵の魔力持ちが生まれるからね。今迄にもあったんじゃない?」
「まぁ、何回かは。その無尽蔵だからって無理矢理王家と婚約した上、あっちは恋人まで囲ってるのよ」
「王家は何時の時代も暴君だなぁ」
「あら、やっぱり?」
「まぁね、そんなものでしょ? 権力者なんて」
「それを言ったら私も一応権力者なのよ」
2人で笑っていたら学園に遅刻しそうな時間になってしまって。アシメナが髪を結うため、ついでに朝食を持ってきてくれた。
「アシメナ、ありがとう」
「いえ、大したことじゃないですよ。それより髪型にご希望はありますか?」
「邪魔にならないように後ろで三つ編みにして」
「ヴァンブルク公爵令嬢にしては地味過ぎますね、それだと」
「じゃあガーネットの飾りがついたバレッタをつけるのはどう?」
「そうですね。細工が凝っていますし、ガーネットがなによりお嬢様によく似合います」
喋りながらも手早く髪を結っている。
「いつもありがとう、アシメナ」
「今日は魔法の実技がありますでしょう? どうぞ、全力で」
「王太子の件を知ってから容赦ないわね……」
「婚約者なのにセオドア様でなく、王太子と呼ぶお嬢様もですよ」
私はアシメナの言葉に元気づけられた。そして全力を出すことを誓った。
まず学園に着いてへティスが驚いたのは本当にシルベアが疎まれていることだった。
「いやぁ、疑ってた訳じゃないけど次期王妃がここまで嫌われているのも珍しいね」
「同感よ」
「しかも陰口まで……公爵家というものを知らないのかい、最近の若者は」
「へティスも見た目は十分若いわ」
「見た目だけじゃないんだけどね」
へティスと廊下を歩いていればまた独り言を言っていると思われる。
「ねぇ、へティス。貴方学園にいる時は人間でいてくれる?」
「仰せのままに。姫」
「姫だなんて次期王妃には可愛らしすぎない?」
「そんなことはないと思うけど」
廊下でいきなり人型になってはまずいので、学園の庭園で肉体を作って教室へ行くと何時にもまして騒がしい。
「ついに学園にも"食事"を持ってきやがった」
「亜麻色の髪の男性、見目麗しい方ね」
それを聞いてシルベアは必死に笑いを堪えてへティスに話しかける。
「貴方、食事ですって」
「こんなに美しい女性ならそれも良いかもしれないね」
「あら、本気?」
そう言うと彼の柔和な金木犀の瞳が細められ、シルベアを捉えた。
「にしても、俺が喰べられるの?」
「えぇ、勿論」
応戦するようにして、真紅の瞳が細められる。同時に辺りの空気はパチ、パチ、と弾け出す。
「シルベア、魔力操作が甘いよ」
「気が抜けていたみたい」
「魔法は教師に教わるの? 最近は」
「私はきちんと国家魔術師に教わったわよ」
「そうだとしても、もう一度俺が教えた方が良さそうだね」
「そこに関しては一流みたいだから頼むわよ、へティス」
2人でどちらからともなく笑い出す。そこが教室だということも忘れて。
「あー、シルベア。周りが」
「そんなのどうでもいいわ。確かもうすぐで実技の授業が始まるの。だから中庭に出ましょう?」
「急いで先に行って結界を張らないとね」
楽しげに歩いていく2人を見て、置いていかれたクラスメイトたちはそのままの言葉を口にした。
「シルベア嬢が、笑った……」
「私たち、そろそろ一族郎党潰されるんじゃないかしら?」
「シルベアが男と楽しそうにしていた、だと?」
ある者は恐怖を、ある者は驚きを。そしてまたある者は怒りを。三者三様に言葉にした。
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