第2話 モテ期の副作用

「え? あれ、荒木くん?」

「なんか、格好良くない? え、めっちゃアリなんですけど」

「確かに、ちょっとぼさぼさな感じだった髪が整ってる!」

「それに、袖口から見えてるあれ、ブレスレットかな? 意外~でもいい感じだね」

「私、狙っちゃおうかな~」

「ちょっとあんた、そんなんだから男癖悪いって言われるのよ!」


 登校して教室に入るといつも通りの賑やかな話し声が耳に入ってくる。

 俺は陰キャだが、別に賑やかなのは嫌いじゃない。


「お、鋼。おはよ――う?」


 俺が席に着くと、手元のスマホを見たまま友人が挨拶をしてきた。


「おう! おはよ、正宗。昨日のイベフェス引いたか? 俺めっちゃ爆死したよ……」


 正宗のスマホを覗き込むと俺もやっているソシャゲをプレイ中だった。


「いや、いやいやいや! そうじゃないだろ! いや、俺達ならその話が当たり前かもだけど、さすがにその変わりようはスルーできねぇよ!?」


 ?

 どうしたんだ正宗。

 いつもおかしいけど、今日はさらにおかしい気がする。


「なんだよ正宗。そんな化け物でも見たような顔しやがって。あ、もしかして歯に海苔ついてる? 今日の朝は髪のセットに時間かかると思ったから、洗顔の時に一緒に磨いて飯食ったまま出てきちゃったんだよ」


 恥ずかしい恥ずかしい。

 急いでスマホの内カメラを起動して確認する。


「いや、違えって! なんか全体的に明るくなってないか? お前」


「ん? ああ、なんか昨日矢峰さんに色々連れ回されて、こうなった」


「……はあぁ!? なんだよそのリア充イベント!」


「ん? ああ、確かにいい経験になったよ。矢峰さんには感謝しなきゃだな」


「なんだぁこいつ。リアル鈍感主人公でも気取ってんのか?」


 正宗の言っていることはよくわからないけど、まあいいや。

 コイツがよくわからないのはいつものことだし。


「なあ、正宗。今日なんかやけに視線を感じないか?」


「は? そりゃあお前……」


 正宗が何かを言いかけて止まった。


「荒木くんおはよー! 髪切ったんだ! いいね! 似合ってるよ」

「うんうん。ひなたの言う通り、よく似合ってる」


「え、ありがとう?それにおはよう光井さんに明地さん」


 これまた珍しい人たちに話しかけられてしまった。

 昨日の矢峰さんと同じレベルでクラスカースト最上位に位置する人気の二人だ。


「どうして急にイメチェンしたの?」

「あ、それ私も気になってた!」


 ああ、なるほどな。

 道理で視線を感じると思ったが、この髪型のせいか。

 確かに、陰キャをここまで変えてしまう美容院の情報は女子なら誰でも欲しいよな。


「ああ、昨日矢峰さんに大通りの美容室に連れて行ってもらってさ。ほらあそこだよ、あの一番目立つところにある……」


「え? 円香ちゃん?」


 ん? 思っていた反応と違うぞ?

 美容院の情報に反応されるかと思ったけど矢峰さんの方か。


「ああ、そうなんだよ。なんか突然連れていかれてさ。あはは! 矢峰さんも面白いことを考えるよね」


「……ねぇひなた。これって」

「そうだね絵理奈。でも……」

 

「「黙ってた方が面白そう!」」


 ? よくわからないけど二人が楽しそうだし、いいか。

 いやぁ、朝から眼福だなぁ~。


 そんなことを考えていると光井さんと明地さんの友人らしき女子がさらに2人3人と集まってきて、いつの間にか俺は女子に囲まれてしまっていた。

 正宗の奴は気が付いたらいなくなっていた。


 ◇◇


「ああ、これってそう言うことなんだ。前から思ってたけど荒木くんって勉強できるよね」

「それな~、テスト順位もいつも上の方にいるイメージあるわ~」

 

 女子に囲まれた俺は一限の授業の課題を解説していた。


「勉強は面倒だけど、分からないよりは分かる方がいいかなって思って続けるようにしたらできるようになってたよ」


「うへぇ、すごいね。私は全然だめだ~」

「確かにひなたのテストはいつも散々だよね」

「ちょ、ちょっとー! そう言うことは言わない約束でしょ?」

「言わなくてもみんな知ってるって!」


 あはははは! と賑やかな笑い声に包まれる。

 なんか俺、青春してるわ。

 よくわかんないけど、ありがとう! 矢峰さん!


 そんな風に心の内で矢峰さんに感謝を伝えていると、突然教室の温度が下がるような感覚を覚えた。

 まるで空気が凍り付いてしまったかのような静寂が訪れる。


 静寂の中、バンっとすごい音を立てて、入口の扉が閉じられる。

 教室中の視線は入口へ集まった。


「あ、あちゃ~。これはちょっとまずいかも?」

「何言ってんのひなた! ここからでしょ!」


 やらかしたという顔の光井さんとなぜか楽しげな明地さん。

 なんだなんだと俺も入口の方を見ると、そこには矢峰さんが立っていた。

 それも怒り心頭と言ったご様子で……。


 矢峰さんは俺の周りの女子を一瞥すると、まっすぐ俺に向かって歩いてくる。


「おはよう、荒木。朝からいいご身分ね?」


 その声には、冷たさとどこか感情を抑え込んだ震えが混ざっている。

 

「え? ああ、おはよう。矢峰さんのおかげでね。ありがとう!」


 どうしたんだろう? でも、お礼なら言われて気分の悪い物じゃないよな!


「うわぁぁぁ絵理奈、あれ見てよ」

「ふふふ、面白くなってきたね!」

 

「あ、矢峰さんそれ」


 理由は不明だが、どう見ても不機嫌な矢峰さんとニヤニヤする女子たちを不思議に思いながらも、矢峰さんの髪に見覚えのある飾りがついているのが目に留まった。


「つけてくれてるんだ。別に俺が選んだわけじゃないけど嬉しいよ!」


「なっ……はぁ!? そ、そんな……ばっ、ばっかじゃないの!」


 そう言うとゆでだこのように顔を真っ赤にした矢峰さんが、もう授業5分前だというのに教室を出て行ってしまった。


「……荒木ってすごいね」

「鈍感系主人公とついついツンツンしちゃう系美人ヒロインのラブだね! ああ!さいっこう!!」

「ちょっと、絵理奈抑えて抑えて! 素が出ちゃってるよ!」


 ? 明地さん、なんか息が上がってるけどどうしたんだろう?


 ◇◇◇


 教室を飛び出した私は、さっきと同じように扉を閉めたあと授業前で誰もいない廊下で独り言ちる。

 

「はあ……はあ……私が変えたのに……何よっ! チヤホヤされちゃって。それにあいつも満更でもなさそうに……!」


 でも――


「……気づいてくれたのは、ちょっと嬉しかったかも」


 さりげなく付けた髪留めに手を触れる。

 あいつが、荒木が買ってくれた髪留め。

 なんだか暖かく感じる。


 そうよ、矢峰円香。ちょっと荒木がモテ始めたからって何?

 あいつをああしたのは私。

 だから大丈夫、こうなる事だって想定のうちだし。


 一度深呼吸をする。

 朝の冷たく澄んだ空気が胸いっぱいに広がって、さっきまでのイライラが嘘みたいに無くなった。


「大丈夫、大丈夫」


 自分に言い聞かせるように繰り返す。


「でも、もし……」


 授業開始のチャイムが鳴る。


「おーい矢峰! 授業始めるぞ〜教室に入れ〜」


「は、はい! すみません!」

 

 一限の数学担当の教師に呼ばれ、私は教室に戻った。

 

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