俳句 大寒
よひら
大寒や碧眼こする脱走兵
「アリョーシャ、何かあったのか?」
塹壕の奥から他の兵士が声を掛けた。声をかけられたのは若い兵士だ。まだ制服が似合わないような急ごしらえの兵士。最前線の塹壕には珍しく、少数民族ではなく白系ロシア人のようだ。
声をかけられたアリョーシャは少し目をこすりながら立ち上がった。
「いや、ちょっと用を足してくる」そう言ってアリョーシャは持ち場を離れた。
「こんなはずじゃなかった、こんなはずじゃ。」アリョーシャはブツブツと呟きながら奥まで進むと、周りに人の気配の無いことを確認し、霧の中を敵軍の方向に向けて歩き始めた。「訓練と聞かされてきた、まさか実戦とは、、、。こんなところで犬死するわけにはいかない。」
彼は泥濘の地面と上空にドローンがいないかどうかを確かめると夕暮れの闇に消えた。
数分後、アリョーシャは塹壕に戻ると、前から脱走を持ちかけられたイワンに耳打した。
「この前の話だが、、、」
イワンは察しが良い、それだけでアリョーシャが乗り気であることを悟った。だが、あくまでこの男には俺の身代わりになってもらうのが目的だ、そのようにイワンが思っていることをもちろんアリョーシャは知る由もない。
その夜、降り積もってた雪の中に狼の目が月の光を反射して煌めく中、イワンとアリョーシャは息を殺して塹壕を抜け出た。見張りの兵士は居眠りをしていたのは確認済みだ。匍匐前進でそろそろ進む。雪の冷たさで全身凍りつくが、そんなことにはお構い無しだ、ひたすら意思の力で雪をかいていく。
2人は別方向に進む、少しでも目張りの目を撹乱するためだ。
森の闇の中で、その狼は月明かりの下で動く黒い影を見つめた、それは匍匐前進する男だ。その男の背中にレーザーの赤い点が張り付いているのも狼は見逃さなかった。
匍匐前進の男が止まって目をこすっていたとき、彼の動きが少しの間静止した。同時に赤い点もピタリと止まったが、その瞬間、鈍い音とともに微かに男の背中が震え、男はそのまま雪の中に突っ伏した。ま白い雪面が真っ赤に染まった。
狼は、ゆっくりとその動かなくなった男に近づいた。
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