第32話 エルフの森で

「アル!貴方、ここ100年の平和な生活を満喫し過ぎたわね。甘いのよ判断が。」

 結局、部長と呼ばれていたあの人物は、メレルの分析によって完全に魔物化していると判断が下され、ルキヤ達が救護室から全員出て行った後にメレルの超高度魔法によって、完全に消滅させられた。

 さっきまで、ルキヤ達に2000年史を読んでくれていたあの人が、もう居ない。

 メレルと何やら因縁?があった様だったけど、それを知る者はこの世に存在しなくなったのだ。

「オレ、何か悲しいよ。」

 ルキヤがポツリと勇者に言った。

「ごめん、ルキヤ。本当にごめん。魔物化した人間は、徹底的に滅しないとまた復活して、今度は更に凶暴化かつ強力になってしまうんだ、これを防ぐにはメレルの、超高度な攻撃魔法くらい強力な魔法じゃないと出来ないんだ・・・」

 そう言って、ルキヤの頭を少しワシャ~っとした。

 ヨルとアキラも、意気消沈していた。

 セイルは、救護室のお姉さんと係長を応接コーナーで介抱している。エルフの回復魔法で2人は少し元気になっていた。

「貴方達!そろそろ現実を見なさい!これが、魔物と戦うって言う事なのよ。」

 メレルが、歴戦の魔導士がルキヤ達を叱責する。

「知ってる人全員を助けられる事はまれよ!親しい仲間が危険な状態に遭っていても、自分を優先しなさい。それが戦場なの。」

 メレルの言葉は、正しい。ただ、まだ実戦に慣れていないルキヤ達の心に、とても重く響いた。

「これからどうする?オイラ達の大好きだった時の神殿には、怖くなった神官が居るから、もう行けないし。」

 アキラが途方に暮れながら、ルキヤの顔を見た。

「確かに。オレ達の拠点みたいな所だったしな・・・かと言って、アルル村には戻りたくないし。」

「そうだね。もしかするとボク達、既にゲルドリスに狙われている可能性があるからね。アルル村に行ったら、村の誰かがさっきの部長さんみたいに魔物化されて、襲い掛かって来るかも知れないよね。」

 ヨルが、また今回の様な事がアルル村で起きるかも知れないと仮定すると、

「貴方!鋭いわよ!大体合ってるかしら。だから、拠点は新しく作りなさい?そうね、例えば・・・・」

「ユリサルート王城!」

 勇者とメレルは、同時に同じ言葉を発した。

「そうね!あそこなら、ゲルドリスを迎え撃つのにうってつけだわ!」

 メレルはかなり納得した様子で、その場でピョンピョン飛び跳ねた。

「そうしてると、メレルは本当に10歳の少女に見えるんだけどな・・・」

 勇者が、メレルに対する密かな願望を口にした。


 とは言っても、ルキヤ達には高速で別の場所に行く魔法は持ち合わせていない。

 時の神殿やヴァイラーナムの教会にある、設定している場所なら一瞬ともいえる時間で別の場所に移動出来る扉の間の様な、都合の良い場所は他には知らなかった。

 ユリサルート王城までの長距離移動を、どうするか?と思い悩んでいると、

「もしかするとやっぱりエルフの森が一番早いかと・・・」

 セイルがこっそり提案する。

 それを聞いたメレルが、

「そうよ!貴方大正解!流石はエルフよね。私の長距離移動魔法って言う手もあったんだけど、あの魔法で運べるのは私も合わせて約3人までなの。だから、エルフの森の時空間を通って王城に行くのは、至極理にかなっているの!」

 メレルは、セイルの提案がかなり気に入った様で、まだ王城に着いても居ないのに既に着いたような機嫌になっている。

「でもよー、ココからエルフの森って遠くね?」

 アキラが、あの時の記憶を頼りにエルフの森までの距離を思い出しながらセイルに訴える。すると、

「アキラ、エルフの森ってさ、実はそこいら中にあるんだよ。」

 セイルは、ちょっと苦笑いしながらエルフの森の真実の一つを打ち明けた。

「そこいら中に?!」

「そうです。」

「マジか。」

「そうなんです。」

 セイルは、何で今までその森を使わなかったんだ?的な視線の圧力に屈しそうになりながら、平謝りした。

「エルフの森ってさ、基本的にエルフしか通れないような仕様になっていてね。なので、特別な石・・・例えば純度の高い星の石を携帯していないと駄目!とかの縛りがある訳。今回も多分、そんな感じの縛りがあると思うんだけど、それでも通るよね。」

 セイルは、半ばあきらめた様子で、ため息をつく。

「そうよ!諦めなさい?でもって、サッサと森を開きなさい!この私が久しぶりにエルフの森を通るのよ?普通に何事も無く通れる可能性しか見えないわ!」

 一体、この地震はどこから来るのだろうか?とセイルは思ったが、これ位の人が一人は居た方が、旅のメリハリがあって良いのかも知れないとも考えた。

「では、行きますよ!」

 セイルが、すぐ近くにある森の端の林に近づくと、エルフの森を呼び寄せた。

「発現せよ!我が名はセイル・ジャン・フォレス!我の棲みし翡翠の森よ、我の名の元に具現せよ!!」

 セイルが、近くの林?に向かって詠唱すると、小さな林だと思っていた木々が徐々に大きくなっていき、木の生えている幅も広がって、いつしか巨大な森が形成されていた。

「じゃ、皆。一応聞くけど星の石とか持ってる?」

「持ってるぅ!」

「はい、持ってる。」

「オレも、ほら。」

 ルキヤ達は、各々が身に着けている腕輪を重ね合わせてセイルに見せる。勇者は、

「俺は・・・・あれ?持ってない。」

 事に気付いてがっかりすると、

「はいどうぞ!これはアタシが趣味で、たくさん買っておいたコレクションの一つなので。あげます。」

 セイルの、超絶星のファンの買い物魂がさく裂のあの日に買った、星の石で作ったペンダントだった。これなら、簡単に無くしたりはしなそうだったので。

 一方メレルは?と言うと、

「私は大丈夫でしてよ。このロッドの先に付いている青い石。これは昔わたくし自身が採掘した星の石でしてよ。」

 そう言って、ルキヤ達に見せびらかした。

「なら、大丈夫か。では!皆様!これよりエルフの森の一つ、翡翠の森にご案内~!」

 セイルが右腕を森の方に向かって上げると、うっそうと茂っていた木々の枝がまるで、玄関の扉の様に開いたのを確認すると、セイルは迷わず森の中に入って行った。

「急ごう!」

 ルキヤ達も続く。

「俺達も行こう!」

 勇者とメレルは、一番最後に森の中に足を踏み入れた。


 森に入ると、周囲から鳥や動物たちの鳴き声と共に、誰かがヒソヒソ噂話をするような声も聞こえてくる。

 ただそのヒソヒソ声の言語がルキヤ達の話している言葉と全く違うので、何を言っているのかが全く分からないのが救いだった。

 ただ、一人セイルだけはこのヒソヒソの内容が丸分かりだった様で、森の中を進みながら笑ったり・・・泣きそうになったり。また笑ったりと、かなり顔が忙しそうではあった。

「何だかセイル、森の中では生きづらそうだね?」

 ヨルが、セイルの核心の様な部分に対して意見を言う。するとセイルは、

「ははは・・・実はそうなんだよね。アタシ、外の人間が暮らしている世界が好きで、小さい頃からよく森を抜け出して遊んでたんだよね。小さい頃は自分の行動に責任が持てないから出て行くな!って怒られまくりだったんだけど、120歳を過ぎた頃からは特に何も言われなくなったんだ。あの頃から、セイラムナムの森から結構出歩いたよ。」

 てへへ・・・と笑って頭をかきながら、セイルはヨルの質問に答えた。

 周囲の木々はいつも笑っているみたいな風をセイルに吹きかけていたし、降り注ぐ陽の光は、肌を焼かない様にしていた。

「私、エルフの森って結構好きでしてよ。森に入ると、エルミナの事を思い出しますわ・・・」

 メレルは、昔に会えなくなって久しい戦友の名を口にした。





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