第26話 果断なる響

     26 果断なる響


 全ては――白い人の予想通りに進んだ。


 どうも彼女は、私が一人で来る事さえ予期していた様だ。

 確かに流石達をこの件に巻き込みたくなかった私は、一人で行動するしかなかった。


 私の性格を既に把握している白い人は、当然の様に、この状況を受け入れる。


 いや、彼女はこの時、初めて眉を顰めた。


「いえ、一寸待って。

 もしかして響ちゃん、和服を着た子と会った?」


「………」


 本当にこの人、何でも分かるな。

 私は自覚していないが、それでも例の件で私は憔悴していたのだろう。


 その変化を敏感に感じ取った白い人は、見事に今までの経緯を言い当てる。

 私は正直に、頷くしかない。


「ええ。

 和服の人に会った私は、様々な事を知ったわ。

 アナタがどんな存在なのか、人がどれほど酷い生き物なのか、そういう事を学習した。

 ……お蔭で、この様よ」


「………」


 私が愚痴ると、白い人は真顔で応じる。


「成る程。

 だからこそ、今の響ちゃんは騒ぎもしない訳だね。

 人の死を見過ぎたきみは、今更誰かが死んでいても、余り気にする事は無い。

 私はてっきり、きみは私を殺す気満々で会いに来ると思ったけど、その気さえ無い訳だ」


「………」


 本当に、この人って便利だな。

 正確に私の思いを、代弁してくれる。


 成尾響は、やはり首肯するしかない。


「ええ。

 私は、アナタが正しいのでは、とさえ感じている。

 あれだけ残虐な真似をする生き物は、効率よく駆除されるべきだとさえ、思ってしまった。

 そういう意味では、私はもう普通の人ではない。

 自分では気づかないけど、私はもう心のどこかが狂っているのかも。

 アナタが言う通り、その死体を見ても殆ど動じないのは、きっとその所為よ」


「………」


 もう一度、黙然とする、白い人。

 やはり彼女は、私が言いたい事を、代りに言ってくれる。


「要するに、きみは自分達人間に不信感を抱いている訳か。

 人間は、なぜ存在するのか? 

 ここまで醜悪な生き物が、存在を許される理由は何? 

 仮に神が実在するなら、とっくに天罰が下っていてもおかしくはないのでは? 

 そう言った疑問で、響ちゃんの頭の中は一杯なんだ」


「……そう、よ。

 私が知りたいのは、その一点だけ。

 他の事とか、もうどうでもいい。

 なぜ人間は、存在しているの? 

 私達の存在価値って、何……? 

 アナタならそれさえも知っていると期待して、私はアナタを追ってきた。

 人の価値を知る事さえ出来れば、私は、少しは安心できると思ったから。

 ……ええ。認めましょう。

 私は敵であるアナタに、救いを求めている。

 人間と言う絶望から、私を救済してほしい。

 それが、今の、成尾響の真実」


「………」


 私が己の願望を語ると、白い人は目を細める。

 今度は彼女の方が、愚痴っていた。


「随分余計な事をしてくれたよ、あの子は。

 お蔭で私の計画は、大分狂った。

 響ちゃんまで厨二病みたいな事を言い始めたら、いよいよ収集がつかなくなるじゃない。

 でも、ま、いいでしょう。

 人の存在理由だっけ? 

 知りたいなら教えてもいいけど、つまらない話だよ? 

 これって、よそで散々してきた話だし」


「は、い?」


 よそとは、どういう事だ? 

 今のはメタ的な発言みたいだと、私は感じた。


「いえ。

 話しを戻そうか。

 響ちゃんが期待している通り、人間には明確な存在理由がある。

 人間の悪意は、その目的を遂げる為に必要不可欠だったの」


「……悪意が、必要不可欠?」


 あのおぞましい感情が、必要不可欠? 

 それは、一体、どういう意味だ?


「何故なら人が文明を効率よく発展させるには、悪意が必要だったから。

 他人を支配したい。

 他国を蹂躙したい。

 栄華を極めたい。

 そう言った感情は明らかに他人に対する悪意でしょう。

 特に生産性が低い時代においては、世の中は椅子取りゲームの最中にあった。

 豊かな国を力尽くで奪い取り、その恩恵に与かる。

 その為には、他国より優れていなければならない。

 この構図を成立する為に、人は人を効率よく殺傷できる武器をつくり出した。

 他国より優れた武器をつくり、それを使って他国を征服する。

 ならば、文明の発展とは、悪意から生じる物でしかない。

 人の底知れぬ悪意が――今の世を形成したと言っても過言ではないの」


「………」


 それは、道理に適っている気がする。

 人の歴史は戦争の歴史だと、誰かも言っていた。


 つまりそれだけの悪意が、世の中を支配していたという事。

 その悪意が原動力となって様々な武器を形成したのだ。


「そうだね。

 人は確かに、バカな生き物だよ。

 でも、そのバカが存在しなければ、人の繁栄はなかったの。

 中世においては人が空を飛ぶ事も、遠くから人を殺す事もバカゲタ話だった。

 でもある人物のバカな発想が、何時の間にか常識になっていたんだ。

 誰もが嘲笑っていたそのバカゲタ発想が、常人達の現実を駆逐した。

 誰かがバカだったからこそ、人の進化は止まらなかったの。

 私はね、響ちゃん、そんな人の世をもう五億年くらいみてきたんだ」


「……五億年、ですって?」


 これには、流石に耳を疑った。

 正直、今でも白い人が言っている事は、よく分からない。


 けれど、それは全て事実であると、私は確信する。


「うん。

 私は様々な星を巡って、知性体を観察してきた。

 初めから終わりまでみたケースもあれば、終わりだけ確認したケースもある。

 でも、その何れも結果は同じだったんだ。

 人類は己の悪意によって生じさせた、ある発明に滅ぼされる。

 一つの例外もなく、人類の結末は同じだった。

 それは、私の母星も変わらない。

 人の遺産によって母星を追われた人類は、宇宙に逃げるしかなかった。

 私の母星の人々は滅びこそしなかったけど、母なる星を失ったの。

 更に言うなら、それは他の星々も同じだった。

 面白い様に似た様な歴史を辿った彼等は、やっぱり自分達の文明の力で滅びるの。

 人は悪意と言うバカゲタ要素がある限り――この宿命からは決して逃れられない」


「………」


 文明の力によって、人の世は、何れ滅びる。

 そう謳う彼女を前にして、私は言葉を失った。


「というか、この世に神様とか居ないから。

 あるのは、運命と言う要素だけ。

 人にも明確な役割があって、それを的確に熟しているだけなの。

 でも、私はその人の結末を少し長く見過ぎた。

 何か別の結末もあるのではないかと、期待してしまったんだ。

 その為にはどうしても、人間から悪意という要素を切り離す必要があった。

 その時点で、人間は人間とは言えない別の生き物になる。

 仮にこの試みが成功したなら、人間の繁栄は永遠に続くかも。

 そう考えた私は〝悪意ある迷惑行為〟を禁じたの。

 人の悪意を封じて、人を人とは言えない物に変え様としたわけ。

 嘗ての響ちゃんはその事に反発していたけど、今のきみは違っている。

 悪意が人を進化させた要素で、その悪意が人を滅ぼすときみは知ってしまった。

 人の存在理由は悪にあると理解したきみは、人間という物に嫌気がさしている。

 仮に人の悪意が人を滅ぼすなら、このままの状態がベストなのではとさえ考えているのでしょ? 

 でも、その時点で、きみはこの物語の主人公失格になる。

 私を倒すという目的意識を持たなくなれば、今まで死んでいった人の無念はどうなるのかな? 

 きみはその少数の人達の為に――私を倒そうとするべきなんじゃない?」


「………」


 正直言えば、私は様々な事を一度に教えられ、混乱している。

 何が正しいのか、私にも分からない。


 私が護ろうとした物の正体とは、ただの化物だった。

 白い人はその化物から悪い部分を取り除いて、人が永遠に繁栄するよう目論んでいる。


 今まで死んでいった誰かに対する同情が無い今の私には、それこそいい事の様に思える。

 私の意識は、既にそんな所まで狂い始めていた。


「……もう一つだけ、訊かせて。

 アナタは、私を対等の人間だと思っている?」


「その答えは、イエスだよ。

 私は響ちゃんを、このゲームの重要な要素だと認識している。

 私は響ちゃんを見下した事は、一度もない。

 ま、今のきみはどうか分からないけど」


「………」


 私は、白い人と対等。

 だったら、私がするべき事は、決まっていた。


「なら、私も――人を殺さないと。

 アナタが死刑囚を処罰したと言うなら私もアナタと同じ事が出来る様にならないといけない。

 だって、そこまでしないと――私とアナタは対等とは言えないから」


「ほう?」


 私は、自分の発言に、驚いている。

 けれど白い人は、特に驚愕した様子はない。


 まるでこうなる事は、分かっていたと言わんばかりの表情だ。


 確かに私は〝白い人が誰かを処刑したなら、私も同じ事をするべきだ〟と思っていた。

 彼女と同じ領域に踏み込まなければ、彼女には太刀打ちできないだろう。


 あの白い世界に行って、実際に死刑囚を追い詰め、その人物を殺害する。

 その工程を実体験しなければ、私は経験値の差で、白い人に負ける。


 そう考えた私は、胡乱な意識のまま、この部屋を後にした。


 何の為に? 

 そんな事は、決まっている。


 矯正監からもらった資料を参考にして――私はその部屋を訪ねたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る